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1・魔の森にて
しおりを挟むこの日、俺は、新しい国に入る所だった。
特に目的があってその国を目指していたわけではない。ただ、いくつかの依頼をこなしていたら、近くまで来たものだから、行ったことのない国だし、一度入国して見て回るのもいいかもしれない、そんな風に思っただけで。
特に急ぐわけでも無い旅程。今日中に国境まで着きそうだな、なんて思っていた時だった。
小さい子供の泣き声がした。
急に、突然、だ。まるで今まさにそこへと子供が突然、湧き出しでもしたかのように。
いや、単純に泣き始めたってだけかもしれないが、それにしても、こんな森の中で小さい子供の泣き声だなんて。
何かがあったのだろうとしか思えず、俺は眉を寄せ、泣き声目指して駆け始めた。
何故なら、子供だけではなく、同じ方向から、違う気配を感じたからだ。
人間じゃない。おそらく魔獣。
急がないと、小さい子供なんて、すぐにでもどうにかなってしまうかもしれない。
俺は別に正義感にあふれているだとか、人がいいだとか、そういうわけではない。
ただ、目の前で死にそうになっている誰かがいても、それを無視できるような嫌な人間にはなりたくなかったし、当たり前の罪悪感ぐらい持ち合わせているから、こういう時には走らざるを得なかった。
人には親切にしなければいけない、なんて当たり前の話だろう?
少なくとも、もうおぼろげになってきてしまっている両親から、小さい時にそんな風に言われたことはあったはずだ。
だから俺は走った。
小さい子供の泣き声めがけて。果たして、辿り着いた場所で俺が目にしたのは、今にも魔獣に飛び掛かられようとしている小さな泣いている子供。
俺は咄嗟に剣を抜いて、魔獣の首を跳ね飛ばした。
ぐぎゃぁとか何とか叫び声をあげて、魔獣が一瞬で立ち消える。
否、一応、黒く染まった魔石と、多分元は犬? と思わしき死体は残っていた。
俺はそれが完全にこと切れていることだけを、ちらと視線で確かめて、さっと周囲の気配を探る。他に、近くに魔獣はいないようなのにほっと安堵して、改めて泣き続けている子供に向き直った。
小さい。
1歳か、2歳か、まだ赤ん坊ぐらいに見えた。
そんな子供が泣いている。
周りには他に人はおらず、ここにいるのはこの子供だけ。
いったいこれはどういうことなのか。
俺は不審に思って眉をしかめた。
何故ならここは魔の森で、魔獣や魔物が闊歩している。さっきまで俺が歩いていた大きい街道が近くにあるとはいえ、その道にだって、見える範囲で、俺以外に誰かが居るような様子なんてなかった。
ましてやこんな、道から離れたところなんて。
大人だって踏み入れない。
そこに子供。
こんな場所にいる、という事実以外に、怪しいところなんてない、ただの子供にしか見えなかった。
俺は子供にそっと近づいて、一瞬迷って抱き上げた。
「ふぇ?」
子供がしゃくり上げながら俺を見る。
灰色の髪に紫の瞳。どう見ても魔力が多そうな子供だ。そりゃ魔獣にも狙われるだろうと俺は納得して、それはそれとして、俺はきょろきょろと注意深く辺りを見回した。
気配だけじゃなく、目でも確かめる。もしかしたら死体とかがあるかもしれないと思って。だが、何もないし、血の匂いもしなかった。
ますます不審だ。この子供はいったいどこから来たのか。こんな小さな子供がこんな森の中まで、一人で入って来れたとは思えない。もしよしんば、近くの村だとかから迷い込んだのだとしても、こんな場所へ来る前に、さっきのように魔獣に狙われて、生きていられたとも全く考えられなかった。
魔獣は魔力の多い者を狙って襲う傾向があるから、こんなに魔力が多そうな存在なんて、ただの餌みたいなものだろう。多分、ココにじっとしているのも危ない。
だけど。
子供は泣き続けている。
こんな小さな子供だと、自分のことさえ、満足に話せないんじゃないかと思った。だとしたら、いったいこの子のことはどうすれば。
途方に暮れ始めた俺は、すぐ傍で空気が揺れたのに気付いた。
なんだ? これまで感じたことのない違和感。
近いとしたらポータルを使用した転移だろうか。だが、こんな場所にポータルなんてあるはずがないし、ならいったい。
併せて警戒を強めた俺の前に、パッと、突然人が現れて、そして、
「トゥール!」
大きな声で誰かの名を呼んだ。
艶めいた銀の髪に、子供とよく似た紫の瞳をした青年だった。
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