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5・騎士と陛下
しおりを挟むへい、か……?
一瞬、意味が飲みこめなくて呆然とする。
「ご無事でっ……」
「ああ。どうやら国境を越えて魔の森の方まで行ってしまっていたようでね。彼が助けてくれていたんだ」
騎士のような人たちと青年の視線が、そろってこちらへ寄越される。
青年は笑顔。騎士のような人たちの眼差しは厳しいが、しかしそれは値踏みするというよりは、怪訝そうとでも言えばいいのか、単純に何の意図も含まれていない、あえて言うなら誰なのかと不思議そうにしているというか。
「この方は陛下が?」
「ああ、僕が一緒に来てもらったんだよ。助けてくれたんだもの、お礼ぐらいしないと」
一応、という風に青年に確認して、答えを聞いた騎士のような人たちは、なるほどとそれぞれが頷いた。
俺は驚く。
え、頷くの?
しかも、もっと驚くことに彼らは、
「それは確かに、お礼を言わねばなりませんね!」
などと、大変に明るく首肯して、そのままの表情でこちらへと向き直ったのである。
「殿下をお助け下さったのですね! ありがとうございます! ぜひ、私達からもお礼をさせて下さい」
それらは気持ちがいいほどに、負の感情など一切ない、何処までも真っ直ぐな感謝の言葉だった。
否、彼らの気持ちに曇りがないことが伝わってくる。
な、なんだ、ここは?!
俺は本当にわけがわからなくなる。
陛下、と言っていた。
そして王宮か宮殿にしか見えない場所。
つまりこの青年は国主、国王か何かだと思われる。
なら彼らは正しく騎士のはずだ。王宮や王、あるいは国そのものに使える騎士たち。
そんな者たちがいくら自分たちの主が連れてきたからと言って、誰かもわからない初めて会う俺のような男に、これほどまでに真っ直ぐな感謝を捧げてくることなどあり得るだろうか。
少なくとも、今までの経験上そんなことはあり得ない。
しかも、俺を此処へと連れてきた等の青年は、明らかに混乱している俺を見て、非常に楽しげに笑っているのだ。
からかわれているとしか思えない。
大がかりなどっきりか何かかとさえ思う。
だが、騎士のような彼らにも、嘘は全く見えないまま。
「え、いや、あの、俺は……」
と、いうか、あの子供、殿下なのか。確かに兄が陛下なのならそうなる。
つまり王弟殿下。
騎士たちの喜びようから見ると、むしろそれ以上にも思えてしまうが、やはりそれは俺に分かるようなことではなく。
いずれにせよ、何を言ったらいいのかもわからず、戸惑い続ける俺を見兼ねたのか、いや単純に俺の様子がおかしかったのか、青年がついに噴き出して、声を立てて笑い始めた。
「陛下?」
「あっはっは。はは。すまない。お前たち、彼が戸惑っている。彼の相手は僕がするから、誰か、トゥールを」
「でしたら私が」
騎士たちを取りなすように青年はそう言って、腕に抱いたままだった子供を適当な一人にひょいと預けた。
騎士たちがそれぞれ、俺にも頭を下げながらどこかへ去っていく。彼らの背を見送って、ようやく青年が改めて俺へと向き直った。
「色々といきなりすまないね。とりあえずは自己紹介と行こうか」
そう青年がにっこり笑って告げてきて、そこで初めて俺は、いまだ名前すら名乗っていなかったことに思い至ったのだった。
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