異世界から来た黒騎士は、大国の皇帝に望まれる

10・真っ直ぐな言葉

　アーディが笑う。声を立てて。本当におかしそうに。
　いったい何がそんなにおかしいのか。
　出会ってからこちら、そう言えば俺はこの青年の、笑顔以外をほとんど見たことがないことに気が付いた。笑い上戸なのか。とてもよく笑っている。
　自分がそんなにも人の笑いを誘えるような存在だとは思えなかった。だから、多分おかしいのは目の前のこの男の方。

「あっはっは！ 君は本当に素直な性質のようだ。それに正直で明け透けで裏表がない。そんな性格だと、今までさぞ苦労したんじゃないか？」

　まるで見てきたかのようなアーディの言葉に、俺はむっと鼻白んだ。アーディの言ったことは何も間違ってはおらず、これまでにも同じことを言われ、馬鹿にされたことが幾度もあったからだ。
　素直で正直で明け透けで裏表がない。
　それらは全て、悪いことではないはずなのに、どうして誰もかれもが、

「そんなんじゃ苦労するぞ」

　なんて、訳知り顔でバカにしてくるのだろう。今、目の前で笑っているこの男のように。だけど。同時に理解する。
　この男は、他の者とは違うのだと。何より、そうと告げた声音に、嘲笑のような色が、一ミリ足りとも含まれているようには感じられなかったのだ。
　誰もが皆、気遣うふりをして馬鹿にしていた。
　至らないものだと、俺を蔑んでいた。否、親切心も気遣いもそれぞれ誰もが本当だったのだとは思う。ただ、それだけだった者がいないだけで。
　親切心や気づかいや同情心。それらに巧妙に混ぜ込まれる侮蔑と嘲笑。

「魔力なしは大変だなぁ」

　なんて言いながら、優越感を滲ませる。
　だけど。
　先程のアーディの言葉には、そんなものが微塵も感じられなかったのだ。
　初めてだった。
　つい、ほろり、警戒が緩む。
　アーディが、不審なことに変わりはないのに。ただ、彼の言葉のどこにも、俺を蔑む気配が含まれていなかった。ただそれだけだったのに。

「あれ？ 警戒が緩んだね。今の話の何が君の心の琴線に触れたんだろう？ まぁいい。それより、お礼の話だ。なんでも言ってくれ。可能な限り叶えよう。ああ、それとは別に、今、君が何か気になっていることがあるなら、それを聞いてくれてもいいよ」

　笑いを治めたアーディが、不思議そうに首を傾げながらにこりと笑う。
　俺はどうしてかそんな彼の様子に、泣きそうな気分になって唇を噛んだ。
　この国は、否、この男は本当におかしい。俺の今までの全てが崩れる。
　お礼。その言葉にも、押しつけがましさというか、恩に着せて野郎だとかいう雰囲気が微塵もない。本当に感謝だけを告げているのが伝わってくる。
　なんなんだ、この男は。なんなんだ、この状況は。わからなかった。
　俺はただ、通りすがりに子供を助けた。ただそれだけなのに。
　お礼と言われても、何も思い浮かばない。ただ。気になることというのなら、いくつかあった。だから俺はそれを訊ねる為に。出来るだけ心を落ち着けて、ようやく口を開いたのだった。