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第1章
1-6・発端。つまり理由⑥
しおりを挟む今でもたまに夢に見る。
かつてあの場所で過ごした日々。それらは確かに幸せだった。はずなのに。
幸福はある日突然、一瞬で崩れ去った。
『誰だ、お前は』
そんな風に不審な者を見る目つきで見つめられたことを。
『お前が、俺の? あり得ないだろう』
そんな風に否定されたことを。
『どうぞこの国を、いいえ、あの方をお想いになられるのなら』
そう、やんわりと、だけど差し迫られた選択を。
『かぁたまぁ……っ!』
幼い子供の、泣き声を。
夢に見る。
何度も、何度も夢に見る。
それはこうしてこの国に。戻ると決まってからは、よりひどくなるような気がした。
「ティーシャ様」
控えめに揺り起こされて俺はようやく目を覚ました。
今日から俺の部屋となるらしい王妃の間へと案内されて。気を休めるよう促されてそのまま。どうやらいつの間にか転寝をしてしまっていたらしい。
夢見は最悪だ。
まさかこんな短時間の睡眠でも、あんな悪夢を見るだなんて。
「すまない、眠ってしまっていたようだ」
「いいえ、それは構わないのですが、うなされておいでのようでしたので」
「お疲れなのでしょう」
「今晩は晩餐なのだと聞いております。しかしながらそちらまでまだしばらく時間がございますので、そのままお休みになっていらしても問題ございませんよ」
侍女たちが口々にそう言い、更なる休息をと薦めてくる。
俺は小さく苦笑した。
「いや、起きるよ。このまま寝ても、いい夢は見れなさそうだ」
それどころかまた、悪夢にうなされることになるだろう。
「ティーシャ様」
侍女の一人がしんなりと眉尻を下げてくる。
彼女は確か、治癒魔術が得意な者だった。転じて、薬草など薬にも詳しい。
「今宵はどうなさいますか? 流石に初日ぐらいは共寝をせねばならない可能性がございますが」
いかにルスフォルが不具と言われているからと言って、たとえ何もなかったとしてもおそらく、寝所は共にせねばならないのだろう。特にこれからしばらく、初めのうちは。
それが夫婦になるということだ。
俺は小さく頷いた。
「いつもの薬を」
「でしたら、いつものように、寝る前のお茶に混ぜておきます」
頷いた彼女が請け負ってくれるので、俺はほっと息を吐いた。
これまでもどうしても悪夢が止まない時には、度々お世話になってきた薬だった。
薬と言っても、少しばかり寝付きをよくする効果がある程度の物。
そもそも魔力の多い俺に薬物はあまり効かず、どんな薬であってもおまじない程度の効果しか得られなかった。そんな中で彼女の用意する薬は他より少しばかり俺には効果があって。
それがなければ眠れないというわけではない。ただ、その薬を用いると、悪夢を見る確率が格段に減るというだけの話だった。
「いずれにせよ、お眠りになられないまでももうしばらくお体はお休めになられていた方がよろしいかと。寝台の準備も出来ておりますので」
更に促され、これには結局頷くことにする。
「わかった、そうするよ」
リモヌツ公爵家へと、無事に着いた旨連絡をしなければ、だとか、やることはいくらでもあったのだけれど。
ただ、優秀な従者たちはおそらく、俺が思いつくようなことは全て先回りして熟してくれていることだろうし、俺がこのまま休んでいても問題はないのだろうとも思う。
そしてそれは何ら間違いのない事実なのである。
侍女たちが世話を焼いてくれて、いくら回復を寛げた俺は今度は寝台へと横になった。
目を閉じて、だけど眠らず、ただ頭の中で今日の出来事を反芻する。
主に10年ぶりに出会ったルスフォルの様子を。
ルスフォルは俺の知る彼から全く変わってしまっていた。だけど同時に変わらない部分もあって。暗澹たる気持ちで溜め息を吐いた。
これから彼と夫婦としての日々が始まる。
覚悟は決めていたはずなのに。それをどうしてこれほどまでに苦しく思うのか。俺は自分のことながら、何もかも、よくわからないような気分にならざるを得ないままだった。
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