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第1章
1-5・発端。つまり理由⑤
しおりを挟む交流は控えめに。
次は夜にでもと伝えられ、ルスフォルと別れ、女官長の案内で王妃用だとされている部屋へと向かう。
そこはかつて俺が踏み入れたことのなかった、国王の私室などがある区域で、本当に何もかもが違うのだとしみじみ思った。
勿論俺は周囲を興味深くきょろきょろと見まわすなどということはせず、おとなしく女官長の後に着いていく。
それはかつて幾度も見た後ろ姿だった。
懐かしいと、そう思う。
どうしてだろうか、あの日々は、だけど確かに幸福だったのだ。
今とどれだけ違っていても。
「こちらが王妃の間となります」
当たり前だが国王の寝室とは、寝室同士が廊下に出ずとも扉一枚でつながっている。
俺は鷹揚に頷き微笑んだ。
「案内、ご苦労様でした」
軽く彼女を労っておく。
「いえ、とんでもございません。これが私共の仕事でございますれば。さぁ、どうぞ中へ」
女官長は落ち着いた様子で如才なく返事を返し、俺を更に中へと促してきた。
護衛と侍従が先に中へと入り、改めてから俺を導き入れる。
それは身分ある者を相手にする際の、当たり前の行動だった。
だが、これまで全く何の動揺も見せなかった女官長がほっと息を吐く。
「何か?」
ほとり、首を傾げて確かめると、女官長は小さく首を横に振った。
「いいえ、変われば変わるものだと感心しておりました。今の貴方を見て、平民だと侮る者など誰もおりませんでしょう」
その言葉は明確に、俺の事情を把握しているがゆえのもの。
俺は少し意外に思った。
これまでの態度からこの女官長が、そんなことを言い出すとは全く思っても見なかったのだ。
俺は微笑みを崩さずに彼女から視線を逸らす。動揺など、悟らせるはずがない。だけど。
「……10年は長い。誰にとっても。ただそれだけのことでしょう」
ただそれだけを小さく彼女へと返して見せた。
女官長も俺の言葉へと微かに頷いて。
「差し出がましいことを申しました。お許しください」
そう、あくまでもこちらへと恭順の姿勢を示してくる。
ならばこれ以上、彼女はもう何も言わないのだろうと俺は解釈し、部屋の案内の続きを促すように顔をそちらへと向けておいた。
女官長は案の定、心得た様子で、部屋の案内へと戻り、俺もそれへと穏やかに頷いていく。
だが、それらは何とも空々しいやり取りとならざるを得ないものとなった。
一通りの案内を済ますと女官長は退室し、他に侍女をつけるかと確認されたが、リセデオから伴った者がいるからと断ると、王妃の為の非常に後者な部屋の中には、気を許したリモヌツ公爵家と、ナウラティス王家から従ってきてくれた者達だけとなった。
本来、他国から輿入れした者に、自国の侍女が一人もつかないことを許されたりすることなどあり得ない。
にも拘らずそれが俺の一存一つで許容されるのは、偏に立場の違いゆえに他ならなかった。
あくまでも弱い立場であるのは、ニアディレ王家側であるためだ。後ろ盾となるために輿入れした俺の意向を退けられないのである。
どうしてこんなことになったのか。そう思わざるを得ない。
ここに着いてたった数刻。まだ初日だというのに、なんだか非常に疲れていた。
気を張って、慣れない態度で居続けた所為だろう。
「ティーシャ」
ナウラティス出身の侍従が、ニアディスレ側からの耳目が存在しないことを執拗に確認してから、俺へと気安く声をかける。
ナウラティス王家が見せた俺への気遣いの証だ。俺は以前よりそれをありがたく享受していて。
彼に対して隠さず明確に溜め息を吐いて見せた。
「ああ、悪い、少しだけ……」
ぐったりと寛ぐ為か、それとも他にも用途があるのか、部屋に設置されていたソファに深く腰掛けて目を瞑る。
以前とは何もかも違う広い部屋。王妃という立場に相応しい装飾。
気にしないように努めても、細かい差異全てが俺を疲れさせるようだった。
「構わない。少しは気を抜いた方がいい。そうでなければお前は早々に参ってしまうだろう」
主人に対するにしてはあり得ない口の利き方だが、それが逆に俺にとっては心地よかった。
ナウラティスでは爵位のある家に生まれた男だ。本来なら他国にまで侍従として着いてくるような立場にはない者だった。
にもかかわらず、こうして着いて来てくれた理由を俺は知らず、知らないままで構わないとさえ思っている。数少ない気を許せる者。
「そうですわ、ティーシャ様。どうぞ私たちの前でだけでも、お心をお休め下さいませ」
リモヌツ公爵家でも随分と世話になった侍女もまた、そう告げてくる。
俺の八年を知っている者。ここにいるのはそんな者ばかりで、他の者たちもそれぞれが頷いていて。
「差し出がましいことかと存じましたが、結界も張っておきました。どうぞ安心してお休みください」
そう、教えてくれたのは護衛として着いて来てくれたの者。
「ありがとう」
しみじみと感謝を告げて。
俺は彼らの気遣いに、ようやく息を吐いて、作り物ではない笑みを浮かべることが出来るような気がした。
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