そしてまた愛と成る

愛早さくら

文字の大きさ
7 / 136
第1章

1-5・発端。つまり理由⑤

しおりを挟む

 交流は控えめに。
 次は夜にでもと伝えられ、ルスフォルと別れ、女官長の案内で王妃用だとされている部屋へと向かう。
 そこはかつて俺が踏み入れたことのなかった、国王の私室などがある区域で、本当に何もかもが違うのだとしみじみ思った。
 勿論俺は周囲を興味深くきょろきょろと見まわすなどということはせず、おとなしく女官長の後に着いていく。
 それはかつて幾度も見た後ろ姿だった。
 懐かしいと、そう思う。
 どうしてだろうか、あの日々は、だけど確かに幸福だったのだ。
 今とどれだけ違っていても。

「こちらが王妃の間となります」

 当たり前だが国王の寝室とは、寝室同士が廊下に出ずとも扉一枚でつながっている。
 俺は鷹揚に頷き微笑んだ。

「案内、ご苦労様でした」

 軽く彼女を労っておく。

「いえ、とんでもございません。これが私共の仕事でございますれば。さぁ、どうぞ中へ」

 女官長は落ち着いた様子で如才なく返事を返し、俺を更に中へと促してきた。
 護衛と侍従が先に中へと入り、改めてから俺を導き入れる。
 それは身分ある者を相手にする際の、当たり前の行動だった。
 だが、これまで全く何の動揺も見せなかった女官長がほっと息を吐く。

「何か?」

 ほとり、首を傾げて確かめると、女官長は小さく首を横に振った。

「いいえ、変われば変わるものだと感心しておりました。今の貴方を見て、平民だと侮る者など誰もおりませんでしょう」

 その言葉は明確に、俺の事情を把握しているがゆえのもの。
 俺は少し意外に思った。
 これまでの態度からこの女官長が、そんなことを言い出すとは全く思っても見なかったのだ。
 俺は微笑みを崩さずに彼女から視線を逸らす。動揺など、悟らせるはずがない。だけど。

「……10年は長い。誰にとっても。ただそれだけのことでしょう」

 ただそれだけを小さく彼女へと返して見せた。
 女官長も俺の言葉へと微かに頷いて。

「差し出がましいことを申しました。お許しください」

 そう、あくまでもこちらへと恭順の姿勢を示してくる。
 ならばこれ以上、彼女はもう何も言わないのだろうと俺は解釈し、部屋の案内の続きを促すように顔をそちらへと向けておいた。
 女官長は案の定、心得た様子で、部屋の案内へと戻り、俺もそれへと穏やかに頷いていく。
 だが、それらは何とも空々しいやり取りとならざるを得ないものとなった。
 一通りの案内を済ますと女官長は退室し、他に侍女をつけるかと確認されたが、リセデオから伴った者がいるからと断ると、王妃の為の非常に後者な部屋の中には、気を許したリモヌツ公爵家と、ナウラティス王家から従ってきてくれた者達だけとなった。
 本来、他国から輿入れした者に、自国の侍女が一人もつかないことを許されたりすることなどあり得ない。
 にも拘らずそれが俺の一存一つで許容されるのは、偏に立場の違いゆえに他ならなかった。
 あくまでも弱い立場であるのは、ニアディレ王家側であるためだ。後ろ盾となるために輿入れした俺の意向を退けられないのである。
 どうしてこんなことになったのか。そう思わざるを得ない。
 ここに着いてたった数刻。まだ初日だというのに、なんだか非常に疲れていた。
 気を張って、慣れない態度で居続けた所為だろう。

「ティーシャ」

 ナウラティス出身の侍従が、ニアディスレ側からの耳目が存在しないことを執拗に確認してから、俺へと気安く声をかける。
 ナウラティス王家が見せた俺への気遣いの証だ。俺は以前よりそれをありがたく享受していて。
 彼に対して隠さず明確に溜め息を吐いて見せた。

「ああ、悪い、少しだけ……」

 ぐったりと寛ぐ為か、それとも他にも用途があるのか、部屋に設置されていたソファに深く腰掛けて目を瞑る。
 以前とは何もかも違う広い部屋。王妃という立場に相応しい装飾。
 気にしないように努めても、細かい差異全てが俺を疲れさせるようだった。

「構わない。少しは気を抜いた方がいい。そうでなければお前は早々に参ってしまうだろう」

 主人に対するにしてはあり得ない口の利き方だが、それが逆に俺にとっては心地よかった。
 ナウラティスでは爵位のある家に生まれた男だ。本来なら他国にまで侍従として着いてくるような立場にはない者だった。
 にもかかわらず、こうして着いて来てくれた理由を俺は知らず、知らないままで構わないとさえ思っている。数少ない気を許せる者。

「そうですわ、ティーシャ様。どうぞ私たちの前でだけでも、お心をお休め下さいませ」

 リモヌツ公爵家でも随分と世話になった侍女もまた、そう告げてくる。
 俺の八年を知っている者。ここにいるのはそんな者ばかりで、他の者たちもそれぞれが頷いていて。

「差し出がましいことかと存じましたが、結界も張っておきました。どうぞ安心してお休みください」

 そう、教えてくれたのは護衛として着いて来てくれたの者。

「ありがとう」

 しみじみと感謝を告げて。
 俺は彼らの気遣いに、ようやく息を吐いて、作り物ではない笑みを浮かべることが出来るような気がした。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる

さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。 ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。 來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。 すると、來が獣のように押し倒してきて……。 「その顔、煽ってんだろ? 俺を」 アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。 ※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 ※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。 ☆登場人物☆ 楠見野聖利(くすみのひじり) 高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。 中等部から学年トップの秀才。 來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。 ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。 海瀬來(かいせらい) 高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。 聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。 海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。 聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX
BL
ベータのミルファは侯爵家の未亡人に婚姻を申し出、駄目元だったのに受けてもらえた。オメガの奥さんがやってくる!と期待していたのに、いざやってきたのはアルファの逞しい男性、ルシアーノだった!? 大きな秘密を抱えるルシアーノと惹かれ合い、すれ違う。ミルファの体にも変化が訪れ、二次性が変わってしまった。ままならない体を抱え、どうしてもルシアーノのことを忘れられないミルファは、消えた彼を追いかける――! 後天性オメガをテーマにしたじれもだオメガバース。独自の設定です。 アルファ×ベータ(後天性オメガ)

処理中です...