そしてまた愛と成る

愛早さくら

文字の大きさ
20 / 136
第1章

1-18・以来。しかし未だ④

しおりを挟む

 王宮の中庭である。
 よく手入れされた花々が美しい。
 俺が8年間過ごしたリモヌツ公爵邸も見事なものであったが、流石に王宮だけあって、ここも勝るとも劣らない程度の美しさを湛えていた。
 ここにも、来たことはなかったな。そう思う。
 10年前、俺に許されていたのは王宮の片隅だけ。庭と言えば精々が裏庭の一角に立ち入ることを許されていた程度で、公の場とも言える中庭には、ついぞ立ち入ることが出来なかったのである。
 この国での愛妾という立場の者にとって、それは当たり前であったと聞いている。
 俺は別にルーシーと毎日会えさえすればそれでよかったので、何も気にならなかったけれど。だって裏庭の一角だって十分に広かったし。子供を遊ばせるだけなら、それだけで何も問題はなかった。
 そもそも、あまりにルスフォルの訪れが頻繁だったせいで、俺はこの王宮の片隅にいる間、多くの時間を寝台の上で過ごす羽目になっていたので、余計に不便を感じなかったとも言える。
 そんな中庭にある東屋が、どうやら王太子との対面の場となるらしい。
 案内に従って辿り着くと、そこにはまだ誰も訪れていなかった。
 王太子もルスフォルも。だけどきっと程なくしてここへ来ることだろう。
 俺は促されるままに、東屋の中に設置されているベンチに腰掛ける。
 侍女がどこからか用意したクッションを差し入れてくれて、正直、明け方まで続いた行為の所為で、違和感が拭えない下肢を思うと非常に助かるのは確かだった。
 酷使されすぎた腰も、ルスフォルを受け入れたその場所も。まだまだ通常の状態とは言い難いのだから。もっとも、全く起き上がれもしなかった前日のことを思うと、治癒魔術を使用したとはいえ、今の状態はいくらか悪くはないのも本当なのだけれども。
 別にルスフォルが加減したわけでもなければ、俺が行為に適応できるようになったわけでもない。ただ単に治癒魔術のおかげである。
 東屋に着いたのはルスフォルの方が先だった。

「すまない、待たせてしまっただろうか」

 またしても謝罪を口にするルスフォルに、俺はもう諦めて緩く首を横に振った。
 これはもう多分どれだけ注意しても治らないかもしれない。

「いいえ。私も先程着いたばかりです」

 待ってはいないとそう返すと、ルスフォルは明らかに安堵の息を吐いて。

「そうか……よかった。君と、あの子とを先に合わせない方がいいだろうと思って。これでも急いで来たのだけれど。間に合ったみたいだね」

 そんなことを呟いている。
 ルスフォルと、その一人息子となる王太子との関係は、決していいものではないと聞いている。接触は最低限。歩み寄る様子もないらしい。
 それは亡き王妃も同じで、ただ彼女に関しては、貴族らしい距離感を保っていただけだとのこと。
 そもそも高位貴族の母親は、子育てなど自分の手ではしないものなのだ。全ては使用人に任され、密にかかわりを持つことなどない。
 それは別に蔑ろにするだとかそういうわけではなくて、貴族女性には子育ての外にもやらなければならないことがあり、実質時間が取れないのが実情なのだと聞いていた。
 特にこの国は国王が記憶を失くしたルスフォルである。亡き王妃はそれはもう目も回るような忙しさだったことだろう。
 自分の執務と、ルスフォルのフォローと。更におそらく彼の教育まで担っていたはずだ。一国の国王の教育など、生半な者には任せられない。
 為政者とは可能な限り隙を見せてはいけない存在だからだ。
 少なくとも、俺にここを出るように告げに来た時に自分でそう言っていた。
 誠実そうな女性だった。きっと彼女の言葉に嘘はなかっただろうと思う。
 そんな彼女に子供のことまで背負わせるだなんて、それはあまりに酷というものだっただろうことは想像に難くなく。それでも彼女なりに、正しく接してはいたらしい。
 王太子はこの王宮の中で、誰に虐げられることも、尊重されないなどということもなく育ったはずだ。ただし両親・・のと関りは、彼の満足するようなものにはならなかったようだけどれ。
 今になって、俺が悪かったのだろうかと思ったりもする。
 2歳まで。俺はあの子を傍から離さなかった。勿論、直接世話を焼けない時には、使用人や乳母の手を頼らざるを得なかったのだけれど、それでもあの子にとって、母親とはすぐ傍にいて当たり前の存在だったはずで。
 それが急にいなくなったのである。
 あの子の側にいたのは乳母と使用人だけ。新しい母だという女性は時折顔を合わせる程度。当然近く寄り添うなどということはない。
 その上、それまでは毎晩のように接していた父親までもが彼からは遠ざかってしまったのだ。
 あるいは俺が。初めからあの子の側に居続けなければ。あの子は親というものは疎遠であっても、そういうものだと認識したのだろう。他の高位貴族の子供たちと同じように。親というのは常に傍にいて甘えられるような存在ではないのだと。なのに。
 俺はずっとあの子のそばにいた。
 王宮を出ることになるまでの2年間、本当にずっとだ。
 どれだけ思い返しても、あの頃の俺にそれ以外なんてなかった。
 俺にとっては親なんて側にいるのが当たり前だったのだから。
 今はもういない養父母も、ずっと傍にいてくれた。俺は物心がつく前から寂しい思いなんてしたことがなくて。やがて生まれた弟とだって、仲はよかったように記憶している。それら全て、俺が衝動的に家を飛び出すまでのことだったけれど。
 自分が養子だった。それに衝撃を覚える程度に、俺は養父母の子供だと、疑わずに育ったのだった。
 もう全ては過ぎた話。
 それよりも今は、ほどなくして現れるだろう王太子の方が重要だ。
 十二歳。
 ちょうど俺が家を飛び出した歳。ルスフォルと初めて出会った年齢だった。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる

さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。 ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。 來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。 すると、來が獣のように押し倒してきて……。 「その顔、煽ってんだろ? 俺を」 アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。 ※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 ※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。 ☆登場人物☆ 楠見野聖利(くすみのひじり) 高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。 中等部から学年トップの秀才。 來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。 ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。 海瀬來(かいせらい) 高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。 聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。 海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。 聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX
BL
ベータのミルファは侯爵家の未亡人に婚姻を申し出、駄目元だったのに受けてもらえた。オメガの奥さんがやってくる!と期待していたのに、いざやってきたのはアルファの逞しい男性、ルシアーノだった!? 大きな秘密を抱えるルシアーノと惹かれ合い、すれ違う。ミルファの体にも変化が訪れ、二次性が変わってしまった。ままならない体を抱え、どうしてもルシアーノのことを忘れられないミルファは、消えた彼を追いかける――! 後天性オメガをテーマにしたじれもだオメガバース。独自の設定です。 アルファ×ベータ(後天性オメガ)

処理中です...