22 / 136
第1章
1-20・以来。しかし未だ⑥
しおりを挟むどうして、こんな態度を取るのか。どうして、こんな態度を取らなければならなくなったのか。
子供の10年を思った。
それはいったいどれほどの孤独だったことだろうか。
だけど。
今の俺はこんな態度を、そのままにしておくことわけにはいかなかった。
「フィルフェアディ王太子殿下」
敢えてしっかりと名前を呼ぶ。
子供の視線がこちらへ向いた。
琥珀の瞳。ルスフォルと同じだ。まるで甘い飴玉のよう。とろりとした蜜色は、だけど今は何処か濁って。
俺は敢えて微笑んだ。あくまでも余裕を崩さない態度で。
途端、子供が鼻白んだけれど構わない。
「お初にお目にかかります。私はスティニファシア。スティニファシア・ナウラティス・リモヌツ。この度、末尾にニアディレの名を冠することとなりました。婚姻式はまだですが、すでに手続き上はこの国の王妃となっております。つまり貴方の新しい母親となります。慣れないことばかりかとは思いますが、どうぞこれからよろしくなさってくださいませ」
まずはと、折り目正しく挨拶を果たす。
ルスフォルは気まずげに佇んでいる。おそらくは本来ならば、彼の方から俺のことを、紹介するつもりだったのだろう。
だが、それどころではないほど、空気を悪化させたのはルスフォルにも原因がある。
あそこで叱責したことそのものは決して悪いことではなかったのだけれど。
「それはそれとして殿下。今の態度はよろしくございませんよ。お父君に対する態度にも、国王に対するそれにも思えません。どうぞお気をつけになられなくては」
やんわりと窘めた。
初対面でこんなこと、本当は言いたくはなかったのだけれど、流石に言わずにはいられない態度だったからだ。
子供はますます険しく顔をしかめた。
俯いて、口の中でだけ何かを呟く。
なんと言ったのか聞き取れない。
「殿下?」
怪訝に思って首を傾げた俺を、顔を上げてきっと睨み付けた子供は大きく息を吸い込んだかと思うと、憤りも露わに口を開いた。
「っ……――僕は認めないっ! 新しい母親なんてっ! 僕のお母様は、いなくなった本当のお母様だけだっ!」
そうして吐き捨てる。
反抗的この上ない子供の態度に、俺は痛む胸に堪えて眉根を寄せた。出来るだけ不機嫌そうに見えるように。
そうして改めて口を開いた。
「貴方が認めようが認めなかろうが、私が貴方の継母となることは違えようもない事実ですよ、殿下」
努めて冷静に言葉を紡いでいく。
子供が俺をきつく睨みつけてくる目は何処までも反抗的なそれ。
だが、子供の機嫌はどうあれ、健康そうではあった。どこか損ねているという風では決してない。少なくとも健やかには育ってくれている。
それ以外は、さて、これから接していくうちにわかってくればいいのだけれど。
「お前なんてっ、お前なんて偽者の癖にっ……! みんな勝手だ!」
子供は苛立ちも露わに強い言葉を投げ捨てて、そのまま走り去っていった。
「殿下っ! お待ちください、殿下っ!」
初めから子供とともに現れて、だけど何も言わず様子を窺うばかりだった見慣れた乳母が、咎めるように子供へと声をかけながら、こちらへと苦い眼差しを寄越した後、挨拶もそこそこに子供を追っていく。
俺は構わないと彼女を見送った。
偽者。そうか、俺は偽者か。なんだかひどく滑稽だった。
笑い出したい気分だ。
やっと会えた、愛しい子。
抱きしめたかった。この腕に。捕らえてしまいたかった。だけどできない。今は、そんな関係など築けていない。何よりそれは王妃として正しいとは言えない姿なのだから。
機嫌は明確に悪かったようだし、ひどく苛立ってもいたけれど、少なくとも間違いなく、健康そうなことだけはよくわかった。今はもう、それでいい。
「……すまないな、あれは今、どうも反抗期のようで」
深く、大きく溜め息を吐いて、申し訳なさそうに横から掛けられた声に俺は首を横に振った。
「仕方がありません。はじめから上手く行くとは、私も思っておりませんでしたから。時間をかけて、馴染む努力をするべきなのでしょう」
そうするしか外に術はない。
みんな勝手だ、か。子供の言葉に胸が痛んだ。ああ、本当に勝手だ。俺も。……――貴方も。
振り仰いだ先にいた傍らの男に、俺は目を細めた。……眩しくて。
同じ顔だ。
俺が愛した姿。
さっきの子供とどこか似ている。取り分け、瞳の色などそっくりで。
ちなみにルスフォルの髪の色は紫で、あの子の金髪はおそらく俺に似たのだろうと思われる。もっともかつての俺の髪色は茶色だったし、今の髪色は銀色なのだけれども。否、正確に言うならば白金で、限りなく銀色に近い金色というのが正しく、多分これを濃くしたのがあの子の髪色なのだろうと思われた。
10年前は、自分の茶髪が薄くなったのだと思っていたけれど、おそらくはそれは逆だったのだろう。
見上げたルスフォルの姿は何も変わらない。
ああ、本当に、変わらないのに。
俺を見るルスフォルの眼差しには、当然のように、愛などは含まれておらず、そこにあるのは戸惑いと、そして小さな恐れだろうか。俺を気遣っている気配もした。
俺は微笑む。大丈夫だと、そう、言葉にして告げる代わりに。
俺があの子の様子を過分に気にした風には見えなかったからだろうか。ルスフォルはややあってほんの僅かばかり、安堵したような息を吐き出して。
そうして10年ぶりに再会したあの子の様子を思い返しては俺は。子供と接するこれからの難しさを、考えずにはいられなくなったのだった。
5
あなたにおすすめの小説
大嫌いなこの世界で
十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。
豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。
昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、
母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。
そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる
さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。
ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。
來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。
すると、來が獣のように押し倒してきて……。
「その顔、煽ってんだろ? 俺を」
アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。
※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。
☆登場人物☆
楠見野聖利(くすみのひじり)
高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。
中等部から学年トップの秀才。
來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。
ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。
海瀬來(かいせらい)
高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。
聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。
海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。
聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
後天性オメガは未亡人アルファの光
おもちDX
BL
ベータのミルファは侯爵家の未亡人に婚姻を申し出、駄目元だったのに受けてもらえた。オメガの奥さんがやってくる!と期待していたのに、いざやってきたのはアルファの逞しい男性、ルシアーノだった!?
大きな秘密を抱えるルシアーノと惹かれ合い、すれ違う。ミルファの体にも変化が訪れ、二次性が変わってしまった。ままならない体を抱え、どうしてもルシアーノのことを忘れられないミルファは、消えた彼を追いかける――!
後天性オメガをテーマにしたじれもだオメガバース。独自の設定です。
アルファ×ベータ(後天性オメガ)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる