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第1章
1-72・限外。よって誹る①
しおりを挟む陽だまりの中で。
「かぁたまぁ」
幼い手が俺に伸ばされる。
「フィーア」
俺は大切にその名を呼んで。そうしたらその愛しい存在は、まるで花が開くかのように笑って、ぽ分と、躊躇いなく俺へと抱き着いてきた。
受け止めたあたたかく柔らかな体温。それをこの腕で抱きしめることが出来る幸福を噛みしめる。
王宮のはずれ、一番奥まった場所と言ってもいい。周囲にはほとんど何もなく、人気もなく。
あるのは俺たちが過ごすいくつかの部屋と、限られた狭い範囲の裏庭と。
でも、俺達にはそれで充分だった。
「ティーシャ」
呼ばれて顔を上げると、そこにあったのは俺達を眩しそうに見つめる一つの眼差し。やんわりと撓んだ目尻が、俺達への心を余さずこちらへと伝えてきてくれるかのようだった。
忙しいだろうにまた、こんなところまで俺たちの様子を見に来たらしい。否、彼自身が休憩でもしたかったのだろうか。まさかサボりだとか? それこそまさかだろう。
俺は彼が頑張っているのを知っている。
きっとそれは自惚れでなければ俺とこの子のためのはずだ。だから。
「ルーシー」
微笑んで名を呼ぶと、彼は更に笑みを深めてこちらへとさっと近づいてきて。
「何をしていたんだ? それと、何か困ったこととかはない?」
「今、歩く練習を。見てた? 随分しっかりと歩けるようになって来たんだ。あと、困ったことなんて何もないよ」
見ていたわかっただろうにそんなことを聞いてきたから、訊ねられたことに順番に応えて、そうしたら彼は安心したように頷いた。
「そうか。ならいいんだ。ほら、フィーア、こっちにおいで」
そうして屈みこんでフィーアを抱えていた俺の腕から、あたたかなぬくもりを抱き取った。
「ティーシャも」
言いながら俺のことも呼び寄せ、腕に抱きこむ。小さな幼子と、どちらかと言わずとも小柄な部類となる、彼よりも4つも下の俺だと、彼に懐の中にすっぽり包み込まれてしまった。
そのまま、ごく自然にちゅっと、こめかみに振ってきたくちづけがくすぐったくて、温かくて。
くすくすと込み上げてくるままに小さく笑う俺に、彼はずっと幸福そうに微笑んでいる。
ここでこんな風に、俺達と過ごして、彼は大丈夫なのだろうか? なんて、今更ではあるのだけれど。
「まだ昼間だよ、仕事は大丈夫?」
確かめたら、俺達を抱えて話さないまま、彼は小さく肩を竦めた。
「たまには休憩だって必要だ。それにお前たちと触れ合わないとやる気だって出ないよ」
だから都合をつけてきた、もちろん、ほんのちょっとの時間だけだけどね。
そんな風に微笑む彼の眼差しには、俺達への愛しさがあふれていて。
「大丈夫なら、いいんだ。ちょっとでも一緒に居られて嬉しい」
だから俺は心のまま、彼へと微笑み返し、今感じている幸福を享受した。
ああ、夢だ。
そう思う。
否、かつての記憶。
あたたかで、幸せだった。
腕の中には愛しいあの子と、傍らには彼。
邪魔する者なんてほとんどない。
広い王宮の端っこで、でもたった三人だけでいられた。
それでよかった。それ以外なんていらなかった。
平穏で、平坦で、だけど暖かくなによりも尊い。
涙があふれる。
だって俺は知っている。
これがただの夢だって。
今からはずっと、遠いんだって。
でも。
微睡みは続いた。
ゆらりと。
深く。
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