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第1章
1-89・限外。よって誹る⑱
しおりを挟む思い出す。
不快気な表情。
俺はルーシーにあんな顔を向けられことがなかった。出会ってから、一度も。
ルーシーは不器用で不愛想でぶっきらぼうだった。
いつもなんだか怒ったような顔をしていた。でもあんな顔は向けなかった。
むしろ俺と対峙する時は微妙に顔を逸らしていることが多くて、まともにこちらを見てもくれなくて。
それはともすればすぐに俺に見惚れてしまって、そうならないように気を付けていたのと、近くにいるだけで気恥ずかしいからだったのだと後で聞いた。
そんな風に、嫌われているのかとさえ思うような態度だったのだけれど、それでもその頃でさえ、あんな顔を向けられたことはなかったのだ。
あの時の胸の痛みを覚えている。
信じられなくて、わけがわからなくて。
裏切られた、そう思ったのは、少し経ってからだった。
でも、それとほとんど同時に状況の説明を受けて、理解して、だから。
俺はそんな風に思った自分を責めた。
仕方がない。ルスフォルが悪いんじゃない。あんなの、ただの事故みたいなもの。誰にだって起こり得る。
それがたまたまあの瞬間、ルスフォルに起こったというだけ。俺は裏切られたわけじゃない。
理解していた。なのに。
「感情を、押し込めることなんてないよ。君はもうずっとそこから、進めていなかったんだね。大丈夫。構わないんだよ、恨んでもいいんだ。君は彼を責めてよかった」
そう言ってヴィーフェ様がそっと抱き寄せてくれる。
一度止めたはずの涙があふれる。
しゃくり上げる俺を、お二人はそっと見守り続けて下さった。
「でも、俺、子供もっ……」
育てる、はずだったのに。
いなくなったのは俺が否定したからだ。
あの一瞬。
俺はルスフォルのあの表情の理由を、視線がそちらへ向かったから、たったそれだけの理由で、育て始めていた、お腹の中の子供と結び付けてしまった。
まさかこの子がいるからなのか、そんな風にさえ、思ってしまった。
そうじゃなかった、そうじゃなかった、とすぐに分かったのに、ルスフォルはあの時、そもそも俺が身ごもっていること自体、認識していなかったのに、気付いた時にはもう遅くて。一瞬でも拒絶してしまった、それだけでもうダメになっていて。
「お、俺がっ……! ルーシー、の、子供、をっ……!」
拒絶したのは俺だ。失くしたのは俺の所為。もっとも、もしあのまま子供を宿し続けていて、かつ、ルスフォルと離れて、更に自失状態になってしまっていたら。いずれにせよきっと俺さえも、今ここには居なかっただろうとは思うけど、そんなもの結果論だ。
ルスフォルが記憶を失くしたのはルスフォルの所為じゃなくても、子供を失くしたのは俺の所為だった。
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