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2・旅程と提案
2-13・ミスティの様子(アーディ視点)
しおりを挟むさて、不本意にもティアリィと会えないまま数週間が過ぎているミスティであるが、なんと言えばいいのか、見るからに限界が近づいていた。
アーディがタイミングを見計らい、度々新しいティアリィからの手紙を渡してはいるのだが、それが慰めになるのにも限度があり、今にも国を飛び出してしまいそうな様子がしばしばだった。
「ティアリィ……」
もはやそういう鳴き声の生き物ではないかとぐらいに幾度となくその名を口にしている。本人など、勿論いないにもかかわらず、だ。
視線の先にはおそらくはティアリィからの手紙なのだろう。数枚の紙束を大切に握りしめていた。
あれはしわにならないのだろうか……なんてことが気になっているグローディの横で、アーディがぼそりと口を開く。
「気持ち悪っ」
自分の父親ながら変態臭いと辟易していることが明らかな声を出した。
グローディはそんなアーディを振り返って肩を竦めた。
「仕方ないんじゃない。父様ってば、母様が全てじゃないか」
「そんなのは僕も知ってるけど……」
夜だった。
日を追うごとに奇行に走り出すミスティの姿を、見張りがてら二人はよく眺めていた。
今も二人の視線の先ではティアリィからの手紙の束を手に度々それにくちづけながら王宮の中でティアリィが特によく通っていた廊下を徘徊している。
気配を探っているのだろう。ティアリィの魔力の残滓さえ、もう残っているはずもないのに。
憐れと言えば憐れで、あれで仕事を滞らせてはいないというのだから、つくづく能力値だけは高い男なのだなとアーディは感心していた。
ただ、それと今の行動の気持ち悪さはまた別の話だ。
グローディが言うように、ミスティにとってはティアリィが全てだった。子供達をかわいがっていないだとか、愛情を注いでいないだとかそういうわけではない。ただ、天秤の片方にティアリィが乗った時には全てがティアリィの方に傾いた。それはもう片方がどれだけの物であったとしても。
おそらくミスティは、国とティアリィでもティアリィを取る。
ミスティの中にはおそらく、ティアリィとそれ以外しか存在しないのだろう。
それは彼らに近しいものなら誰もが分かっていることで、そんな男が皇帝の椅子に座っている辺り、この国も大概だなとアーディは度々思ってきていた。
自分がその椅子に座る時に、ひどいことになっていたりしないといいけど。いや、そんなことはティアリィが許さないだろうから大丈夫か。そう思える程度にはアーディは母親のことは信頼している。
とにかく、母あっての父だった。
「父様ってさぁ、あんなに母様のこと好きな癖に、たまにとんでもない失言をするよね」
今回のことだってそう。
6年前、ティアリィの様子がおかしくなりはじめてからこちら、子供のことにしても、ティアリィが気にしていることなんてミスティにもわかっていたはずだ。にもかかわらず、ティアリィの琴線に触れるような発言をした。
発言内容も聞いているので、大したことではないことぐらい、アーディ達兄妹はみんな知っていた。ただ、ティアリィの心情とミスティの執着を思うと、たまには離れて時間を置くのもいいのではないかと思ったのだ。だからこうしてティアリィに協力している。気持ち悪い様子の父親を眺めてまでも。
すれ違う侍女や侍従、女官もミスティの可笑しな様子には触れず、見て見ぬふりを決め込んでいた。
「何を見てるんだ?」
と、其処へ、そんな二人にかけられる声があった。耳慣れた声だ。
「母様」
案の定、其処にいたのはティアリィである。帰ってきていたらしい。
「コルティは?」
ティアリィが王宮にいる間、ほとんどべったりくっついたまま離れない末妹の存在が見えなかったので訊ねると、ティアリィは軽く頷いて答えた。
「ああ。もう寝る時間だからね。たった今、寝かしつけてきたところなんだ。それより、2人は何をしていたの? もう随分遅い時間だけど」
確かに時計を見ると、そろそろ二人も就寝準備をし始めるような時間だった。
「あれ。見張ってただけですよ。もっともそろそろ、寝に行こうかとは思ってましたけど」
指し示したのは、さっきから変わらない様子のミスティ。
相変わらず手紙にくちづけたり頬ずりしたり呼びかけたりしている。
「ティアリィ」
小さく声も聞こえてきて、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
ティアリィにも聞こえたのだろう、ぎゅっと不快げに眉根を寄せて。
「あはは。流石の母様でも百年の恋も冷めそうな姿でしょ」
からかうようにグローディにそう言われて、ティアリィは当たり前の顔をして小さく否定を返した。
「いや、それはないけど。でもあれ……まさか俺の手紙か?」
それはないらしい。あばたもえくぼ。こちらもまた、恋は盲目状態なのか。あまり親のそういう話は聞きたくない。流すようなことでもなかったと思うのだが、自分が結構な惚気を吐き出したことにティアリィ自身は気付かずに、ミスティの手の中の紙束の方を気にしている。
それほどに手紙が嫌なのか。でもあれは。
「そうですよ。今の父様の精神安定剤ですからね。あれを手放すとどうなることやら。ちなみにあれ、保存の魔法、かかってますよ」
だからしわにはならないらしい。諮らずも最初の疑問の応えを得たグローディの横で、ティアリィの顔は苦いまま。
「何とかできないのか」
「無理ですね、それとも母様、そろそろ父様に会います?」
父様はご覧の通り結構限界ですよ。
アーディがちらとティアリィを伺うと、彼は苦い顔のまましばらく何かを考えて。
「いや、やっぱり無理だよ」
そう、小さく首を振って、それきり転移で戻ってしまった。
アーディははぁと溜め息を吐く。
「あ~、戻っちゃったか」
コルティを寝かしつけてきたと言っていたから、時間的にもそろそろ限界だったのだろう。
ティアリィはおそらくアーディとグローディの顔だけを見に探してくれた。其処で交わした言葉はあれだったけど、それはある意味で仕方がない。
「どうせまたすぐ帰ってくるだろ。何か伝えなきゃいけないことでもあった?」
「いや、急ぐことは何もないから次で大丈夫」
グローディに訊ねられ首を横に振って、アーディは最後にちらとミスティの変わらない様子だけを確認してくる、踵を返した。
向かう先は自室の方向で、先程ティアリィに指摘された通りもう寝る準備を始めるらしい。
グローディも同じよう、ミスティの様子を最後に見て後に続く。
でもいい加減、もうそろそろミスティも気付きそうだななんて思いながら。アーディもやはり同じように感じていて、それが現実のものとなるのはそこから更に数日後のことだった。
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