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61・毒物④
しおりを挟む俺に用意された食事を口にした、おそらくは俺に毒を盛っていたのだろう侍女が死んだのだ。
『あり得ない、そんなはずがないわっ!私は指示された通りにあれを入れたっ! なのにどうしてっ!』
などと言いながら、俺の食べていたおかしな味のスープを分捕って飲んで、そして。
目の前で苦しそうに喉をかきむしってこと切れた侍女を見て、俺ははじめて認識したのである。俺の食べているいつものおかしな味の物には、つまり毒物が含まれていたのだろうと、そう。
全く何もかもが理解できなかった。
俺はただ、美味しくないものが口に入ってきた時に、自分の好きな味へと変化させていただけだ。
味を変化させるために、対象の食べ物そのものを他の物へと変えていたのは、特に意識してのことではなく、そうすればいいと知っていたからで、それまでだって、おかしな味じゃなくても、あまり好きじゃない物などは、自分好みの味へと変化させたりしていたのだ。
毒物だと思われるおかしな味もその延長線上に過ぎず、そもそも、まさか口にして死に至るようなものが、自分へと用意された食事に含まれているだなんて思うはずもない。
そして俺は初めて、王妃の言っていたのはこのことだったのかと思い至った。
侍女を、助けなければ、とは思わなかった。否、その前に彼女は死んでいた。俺に何かできたはずがない。
今なら違うだろう。でも当時の俺はまだ5つやそこらで、そんなことまでわからずに。ただ、理解できたのは、自分へと用意された食事には毒が含まれている可能性があること、だけど自分にはそんなもの、おそらくは効かないのだろうということ、この二つのみだったのである。
そうしてそのうちに、どうやら自分以外は毒など含んだら死んでしまうのだということを実感していく。なにせ俺の目の前で倒れたのは、最初の侍女だけではなかったのだから。
勿論、俺はわからなかった。何故、皆、毒を他の物へと変えないのだろうか。
毒を飲んだ人たちは、皆、苦しそうにしている。喉をかきむしったり、ひどく嘔吐したり、腹を抱えて蹲ったり。きっと痛かったり苦しかったりするのだろうと思う。それほどまでに強い痛いも苦しいも、やはり俺にはわからなかったけど、悲鳴を上げたり、苦しいと言ったりしているのだから、きっとそうなのだ。
なのに誰もが皆、毒を毒として摂取するばかり。もしや彼らは皆、苦しみたいのだろうかとさえ俺には思えた。
当時の俺には、自分なら容易に出来ることであっても、他の人はそうではないことがあるということそのものが、全く理解できていなかったからだった。
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