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x-2・叔父の執着、そして過ち

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 エラルフィアラ王国我が国のエラフィオ王家というものは、代々大変に執着心の強い者が多く生まれる家系なのだと聞いている。
 ただ一人と決めた相手をどこまでも追い求め手に入れようとする。それはいっそ恐ろしいまでの執念なのだという。
 父の元へと押しかけてきた母しかり、何度断られても諦めなかった叔父しかり。そして私もまた。
 ユリィ様のお母君であるレナディヤ公爵令嬢は、叔父からの求婚を何度も断っていることからわかるとおり、叔父のことを嫌っていた。
 否、今となっては正確なことなどわからない。あるいはもしかしたら異常なほどの叔父からの執着を察して、恐怖を覚えていただけなのかもしれないし、他に思う者がいたのかもしれない。
 ともあれ、彼女が叔父を拒絶していたことに間違いはなく、それは半ば王命で叔父に嫁ぐこととなっても、変わることはなかったのだと聞いている。
 ともあれ、本人の意思はどうあれ、彼女は公爵令嬢で、身分や教養など何一つとっても王妃となるのに全く不足のない人物ではあったらしい。
 淡い藤色の髪をした、大変に可憐な人物で、深い琥珀色の瞳まで、輝くように美しい。
 若く、瑞々しく、少しばかり幼く見える容貌は、しかし見る者の庇護欲をそそり、誰もが彼女に手を差し伸べなければならない、そんな気持ちにさせるようなものだったのだとか。
 見た目がとてもよかったのだろうことだけはユリィ様を見てもとてもよくわかる。
 他は全て伝聞なのだが、私の知る限り、彼女を悪く言う者は一人もいなかった。反して国王である叔父に対しては、口を噤むものが多かったけれど。
 決まってこう諫められたものである。

『どうか叔父上と同じような、愚かな選択はなさいませんように』

 と。
 ……――今となっては彼ら彼女らの忠告も、全く意味のないものとなってしまったのだが、こうなってしまっては仕方がない。
 幸いなのはユリィ様が、彼のお母君とは違い、私を拒絶しているわけではないことだけなのだろう。
 ユリィ様のお母君は、何処までも叔父を拒絶していたのだそうだ。
 断ることが出来ず叔父の婚約者に据えられても、諦めきることが出来ず、数年後成人して、婚姻が可能な年となってからも、何年も婚姻を引き延ばし続け、どうにかして叔父から逃れようと苦心した。
 しかし、大手を振って彼女を手に入れる権利を得た叔父が、彼女を逃がすはずがない。
 ある時、ついには叔父は彼女を捕らえ閉じ込めた。
 その段階で婚姻はまだだったのだが、

『もうこれほどまでに待ったのだ。長い婚約期間もあった。時間の問題なのだから構わないだろう?』

 悪びれもなく、そう告げて。
 もし母がその時に、もう少し叔父へと目を向けることが出来ていれば。
 これもまた後から思ったことである。
 母はたまたま・・・・その期間、父と特別・・仲良くしていたので、叔父から目が離れていたのである。
 叔父とレナディヤ公爵令嬢との婚約期間も長くなってきていて、きっと彼女もそろそろ諦めることだろう、そう考えていた部分もあったのだろう。
 彼女は叔父により、薬物と魔術を使用され、全く正気ではない状態とされていた。
 そのまま本人の意思に反して子供まで望まされて。
 どれほど凄惨なことが彼ら二人の間で起こっていたのかは想像することも出来ないが、彼女は数ヶ月経ち、ようやく正気を取り戻した時には、錯乱して叔父を拒絶した。
 拒絶して、拒絶して、拒絶しつくした。
 それもある意味では当然のことだったのだろう。全く叔父の魔力を、受け入れることが出来なくなってしまっていたのである。
 だが、彼女はすでに子を成していた。
 子を育てるには魔力が要る。
 それは到底母体1人であがないきれるようなものではない。
 早晩魔力欠乏に陥るのは必須。
 すぐにも彼女は臥せってしまう。魔力が足りないのだから当然だ。
 しかし叔父の魔力は受け入れられない。
 ここでもし、他者の魔力を彼女に注げていたならば。
 魔力を注ぐということは、彼女を叔父以外の人間に触れさせるということだった。
 それは性的接触によって、直接に注ぐのではなくとも変わらない。
 しかし叔父は、たとえ治療行為であったとしても、自分以外が彼女に魔力を流すことを嫌悪した。
 それでは彼女が弱っていく一方であることがわかっていながら、どうしてもそのようなこと、受け入れることが出来なかったのだそうだ。
 叔父は子供はもういいとまで彼女に縋ったのだと聞いている。
 ただ、自分とこれからも生きていってくれるだけでいいと。
 ユリィ様にはまったく聞かせられない話である。
 母どころか父にまで、少なくとも一度は、いまだ生まれてすらいなかったその存在を不要とされていただなんて。
 レナディヤ公爵令嬢は微笑んだらしい。
 叔父の請願をまったく全て拒絶して。
 そして彼女はこう言った。

『でしたら私は決してこの子を失くしません。そして貴方も受け入れません。貴方は私の居ない世界で、この子を抱えてゆけばよい』

 それは彼女なりの復讐だったのか、それとも多少であっても、子を失くしたくない、そう思う母心のようなものがあったのか。
 彼女は自分で宣言した通り、叔父の魔力を拒絶し続け、自身の魔力のことごとくを子に与えたのち、魔力欠乏により亡くなった。
 ユリィ様を産み落とされて、僅か数日後のことだったと聞いている。
 ユリィ様は辛うじて叔父が取り上げられ、形を成すことは出来たのだが、そもそも育つのにも魔力が足りていない状態、その上、本来なら生後1年は、その存在を確たるものとするため、母から魔力を得ねばならないというのに、肝心の母がおらず、生れ落ちはしても、大変に不安定な存在にしかなることが出来なかったのだそうだ。
 叔父はそれでも、最愛の女性の忘れ形見、可能な限りユリィ様を側から放さず、慎重に魔力をお与えになり育てられたらしいのだが、なにぶん存在が不安定で、あまりに多くの魔力を与えてしまうことも出来ず、結局ユリィ様はそれから長く、魔力欠乏の症状を患ったまま苦しまれることとなってしまった。
 もし、誰か一人を定め、その相手から直接魔力を注がれながら・・・・・・・・・・・、存在の補間をしてもらうことが出来たならば。あるいはユリィ様の状態は改善することが出来ただろう。
 だが、ユリィ様はまだ子供。直接魔力を注ぐのに、一番効率のいい方法は性行為だ。
 子供相手にそのような方法がまさか取れるはずがない。
 叔父も流石にユリィ様を、全くお母君の代わりとする・・・・・・などと言う暴挙には出ず、正しく父として接せられ続けた。
 ご自身の執着により、不安定な存在となってしまったユリィ様に、叔父なりに思うこともあったのだろう。
 せめていつか王位をユリィ様に。
 そのような想いもあったと聞いている。
 ユリィ様は辛うじて生を繋いでいるというような状態で、長く臥せったままお育ちになった。
 何年も何年も、苦しみ続けられたままで。
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