15 / 37
第2章
2-4・いつかの日常③
しおりを挟む精霊の島には、言ってしまえば何もない。リティアは輝かんばかりの緑や、空の青、陽射しの眩しさなどにも意味を見出し、それらを飽きずに楽しんでいたが、他にあるのは疾うに朽ちかけた先人たちの遺産ぐらい。
それらの多くも土や樹に埋もれ、原形を留めていない部分ばかりだった。
それでもリティアはそれらに一つ一つを、愛おしげに眺めるのである。
そんな彼女の純粋さや、いろいろなものを尊ぶ姿勢は精霊たちを惹きつけるのに充分で、彼女の周りには絶えず何人もの精霊たちがまとわりつく有様だった。
リティアが主に生活している場所の近くには水源もある。
元は噴水か何かだったのかもしれない其処は、やはり樹々に埋もれて、もはやちょっとした湖のようになっていた。
雨水が溜まって広がったのだろう。中央の辺りには、名残りのような人工物が覗いている。
澄んだ水は周囲を美しく映し出し、水底には何処から流れてきたのだろう、小さな小魚達の影が幾筋も踊っていた。その中の幾体かは小魚に姿を変えた精霊たちであったのだが、それはともかく。
リティアはこの湖で時折、水浴びをした。
服を脱いで、あるいは服を着たまま水に入って、冷たいそれに手を浸して遊ぶ。湖は中心に向かって徐々に深くなっていて、しかし、一番深い所でもリティアの腰ぐらいまでの深さしかなかった。
そもそもここは元々は噴水を中心とした広場で、他より少し地面が低くなっていたせいで、水源が広がって、湖のようになってしまった場所なのだ。
他と大きな高低差があるはずもなく、むしろそれなりの広さにまで広がったことの方が奇跡のようなもの。
長く壊れたままの瓦礫が崩れ、下水へと上手く排水出来なくなったことがこうして水が溜まった原因なのだと思われた。
それでいてこれほど水が澄んでいるのは、水を汚す存在が誰もいないせいだった。
何分、ここにいる人間はリティア一人。周囲には精霊もついていて、汚れるようなことがあるはずもない。
たまった雨水とて、辺りに積もった葉っぱなどに濾され、澄んでいくばかりだった。
ぱしゃん、リティアの真白い足が水をはじく。
「ふふ」
小さな笑い声が辺りに響いた。
妖精がリティアと一緒になって遊ぶ。陽の光がキラキラと煌めいて、リティアの銀色の髪を輝かせていた。
なんてキレイな光景だったろうか。
この光景を見る者は精霊以外に誰もいない。邪魔をするものも何もない、ここはリティアだけの楽園だ。
その、はずだった。
あの日、あの男が来るまでは。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる