ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのしらないいろいろなこと

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 を見かけたのは、学校だった。

 空を何かが飛んでいるのが見えた。
 最初は鳥だろうと思っていたそれは、よく見れば鳥ではなかった。特撮か何かの撮影かと思い、それをぼーっと眺めていると、同級生が「何見てるの」と同じ方向を見て、「何もいないじゃん」と言った時、それが自分にしか見えていないものだと気付き、彼は戦慄した。
 鳥に見えたその飛行生物の口から、炎が噴き出るのを見て、思わず見なかったフリをした。

 確か、ファンタジー映画かゲームで見た気がする。

 授業中、遠くに見えるビルの上に停まっているそれを見ていると、唐突にその姿がバランスを崩して落下し、その途中で消滅した。
 その日以来、RPGに出て来そうな怪物たちが、彼の目に見える形で何度か現れた。
 それらは一様に、唐突に死んでしまったかのように倒れ、あるいは落下し、あるいは唐突に焼失して唐突に姿を消していくので、いつしか彼はそれにも見慣れていった。

 彼が高校に入った頃には、もはや気にする必要もないことに気付き始め、次第にそれらを無視するようになった。


「今日未明、○○市○○町のコンビニエンスストアで、店長が倒れているのが発見されました」

 ある日は、いつものように朝食のトーストを食べながらニュースを見た。
 どうやら件の店長はコンビニの事務所内で亡くなっており、死因は喉をすっぱりと鋭利な刃物で切り裂かれたようであるとのことだ。
 ただし犯人の逃走経路は不明。現場はビデオカメラに映っていたものの、モザイクでほとんどわからなかったが、要するに見る限り店長の喉が勝手に裂けている状況が映し出されていたということらしい。
 朝からショッキングな映像を見せられて、物騒だなぁと思いながら彼は学校に行く準備をする。
 彼は最後までニュースを見なかったので知らなかったが、このコンビニが実は彼の家から車で10分圏内にあるということを、後で知った。

 この日以来、似たような殺害事件が数件続き、飽きたかのようにぴたりと止んだ。
 ニュースでは大御所芸能人や心理学者がいくつかの説を争っていたが、それも次第に忘れ去られて行った。


 またある日は、家の中に「行ってきます」と声をかけて家を出ると、なぜか黒塗りの車が停まっていた。
 その車を運転していたであろう青年が彼を見ながら手を振り、「お待ちしておりました正義の使徒様」などと電波なことを叫び始めたので、思わず家にユーターンし、即座に警察を呼んだ。
 警察は即座にやってきて、青年を事情聴取し、任意連行して行った。
 警察に連れて行かれた青年は大金を所持しており、「正義の使徒様に職と金を」などと意味不明なことを口走っていたそうで、当然のように面識もなかったので、青年は精神病院へと入院することになった。

 もし青年に捕まったりしていたらどうなっていたのだろう、と考えるだけで彼は怖くなり、以来黒塗りの、というより黒い車には一切近寄ることができなくなったという。


 またある日は、学校へ行く途中どこからか大金が降ってきたことが何度かある。
 1度目だけこっそり1枚せしめたものの、さすがにすべての金を持ち去る勇気はなく警察に通報し、せしめた1枚も結局、学校の帰りに友人とファミレスで使い果たした。
 以来、同じことがあっても警察に通報するだけでせしめたりはしていない。警察の話ではかなり精巧に出来た偽札だが、製造ナンバーが明らかに存在しない番号だそうなので、使った1枚は大丈夫なのかと少しドキドキしているのであった。

 ちなみに少年は知らないことだが、残り1枚は後日全く別の町で発見され、偽札騒ぎとなった。


 彼は、そんな話を自ら実体験として友人に語ることはなかった。
 さすがに嘘吐き呼ばわりされるだろうし、降ってきて散乱した大金を写メった証拠はあるが、これだって彼が大金を用意してバラ撒いたと言われればそれまでだ。
 子供の頃、親にすら信じてもらえなかったのだから、友人たちだって信じることはないだろう。
 唯一信じてくれるのは、携帯がなぜか圏外になるというこの目の前のツール空間だけ。

 そういえば最近になって、彼はツールの謎をもうひとつ発見していた。
 ツールは、集中すると消すことができるのだ。

 正確には、ツールに映す空間――この頃、彼はツールに見える空間を【世界】と呼んでいた――を変えることができるのだ。
 やり方はとても簡単。意識して、ツールの【世界】に「現実世界」を意識するのだ。
 そういう意識を向けると、ツールが見えなくなる。
 さらに実験してみた結果、ツールが「現実世界」の間は、電波が使えることもわかった。
 さすがに教える意味もないので誰にも教えてはいないが、つまり彼はツールを操作できるようになってさえいるということだ。

 もちろん彼はさらに色々試した。

 ツールの大きさは変えられないかと試行錯誤してみたが、大きさは変わらなかった。
 ツールに何かが映っている時に世界を変えることはできた。
 以前樹に突き立てたカッターを探し、カッターを持って世界を変えてみたが、カッターはこちらに戻っては来なかった。
 ちびた鉛筆を落としたあたりの地面を探してみたが、地面がそもそも見当たらなかった。

 結論としては、世界を変えることができるようになっただけだったということが判明したが、それでも得るものはあったと、彼は思っている。


 そうして、彼はようやく高校1年生の冬休みを迎える。
 運命の転機というか、晴天のへきれきというか。

 彼はその日、ただいつものようにツールの検証をしていた。
 そして寝転がり、見えている物――恐らくは木の枝葉――を眺め、そういえばこの樹は何の種類なのだろうかと携帯で調べた。
 特徴のある椛のような形の葉は大きく、葉脈は太く長い。
 椛の一種かと思い調べるが、少なくとも日本の種で該当しそうなものは見当たらない。
 最も似ているものはカラコギカエデだが、調べてみてもツールに見えるその太く長い葉脈を持つ楓や椛の画像を見つけることはできなかった。

 もっとしっかりと調べてみよう、とパソコンを起動し、インターネットブラウザを起動する。

 ブラウザの検索機能で――正確には、インターネット検索エンジンのブラウザツールで――椛、楓、葉脈、太い、などと色々なものを検索していると、ふと彼はそれらに全く関係のない、ゲームの広告に目を止めた。

――

 まさにこれだ、と彼は思わず画像を凝視する。
 ゲームの画像のはずだが、やけにリアルなその大樹の下に、デザインハウスのように洗練された住宅がある。カメラに葉を主張するかのように、大樹の枝が垂れ、まさに彼の探していた葉がそこにあった。
 画像を見つつ、彼はさらに見慣れたものを発見した。
「これ――」
 そして絶句。
 中学の頃はコレに驚いた記憶があるが、高校に入った頃にはすでに見慣れてしまっていたもの。
 本来ならば絶対に現実世界にはないと、彼が頭で理解していながらも、最近は毎日のように目に見えてしまっているもの。

 モンスター。一般にわかる言い方をすれば、ドラゴンだ。

 当然ながら、彼は画像のゲームタイトルに注目する。
 New World Online。
 画像にあるべきはずのもの、制作会社や管理会社の名前はない。
 このゲームの製作者は、きっと自分が見ているものを知っている。

 ここまで来てしまえば、彼がこのゲームに興味を持つのはひどく自然で当たり前のことだった。

 何の疑問も、躊躇いもなく、念のためスマホでその画像の写真を撮った彼は、ただ戸惑いながらその大きな広告バナーを押下すると、画面に大きなQRコードが表示された。
 何の疑問もなく、彼はそのQRコードをスマホのQRコードリーダーで読み取った。
 表示されたURLを押下する。

 その瞬間。

 部屋のガラスが音を立てて割れた。
 何事かと彼がそれを確かめる時間もなく、彼は直後、遅れたように耳を劈くような轟音を聞いた。胸を貫く痛み。何が起きたのか理解するよりも早く、彼の意識は暗闇に沈む。
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