ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのどれいのおとうさま

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 扉から入って来た男性には、ニーナと同じ種類の尻尾があった。
 ただ、耳は頭の上の方に付いている。どうやら、耳は必ずしも顔の横に付いているわけではないらしい。身なり良く、上に着込んだベストが高そうに見えてしまうのは、ここが貴族の館で目の前の人物が貴族だと知っている思い込みからだろうか。
「お待たせしたね。君がニーナを引き取ってくれたホビットかい?」
「あ、はい。申し遅れましたユウキ・タメガイです。よろしくお願いします」
 思わずペコリと頭を下げて挨拶をすると、ニーナの父親であろう男性は、くすりと笑って手を差し出した。

「こちらこそ。ドゥランテ・フェルグムスです。娘がお世話になっております」

 少しの間、ドゥランテのことについての自己紹介が続く。
 この地方で、フェルグムス家は意外と名の知れた貴族であること。
 爵位は侯爵だが、最近の――言葉を濁したが、恐らくはニーナが奴隷になった一件の――ゴタゴタで、少し立場は微妙なところだ。それと言うのも、侯爵より下位に当たる伯爵であるガーディグルス家にニーナを出してしまったことが、少し周囲から反感を買うところでもあったらしい。まぁその後、それ以外は変わらぬドゥランテの働きに、そしてニーナの一件が何故起きたのかという噂話により――また、本人は知らないが、ドゥランテの誠実な為人ひととなりに――見る目は徐々に変化し、反感は収まって来ているらしいので、それほど心配はいらないそうだが。

「ニーナは、お役に立てていますか?」

 脈絡を無視して呟かれた言葉に、ユウキは「それはもう」と即答した。
 当たり前だ。この世界に来てからというもの、ニーナがいなければ恐らく、ユウキは生きてすらいない。役に立つどころの話ではないし、むしろ命の恩人と言っていい。
「それならば良かった。この子は昔から、忠誠心とは縁のない生活をさせて来ましたから」
 それはまぁ貴族だから仕方ないことだとユウキは思う。聞けばルイジールと出会った頃だって、典型的な勘違い貴族のように格下のフェルグムス家を見下していたことだってあるらしい。家の格と人の格は違うのだと言い聞かせて態度は軟化したが、逆に言えば、それまではかなり酷かったのだということだろう。

「少なくとも、僕が出会ってからのニーナは、とても優しい子です」

 子、と言ってしまってから、ちょっと失礼だったかなと少し考えるが、ドゥランテは「そうですか」と柔らかな笑みを向け、「父親として鼻が高い」と呟いた。
 ドゥランテは、ニーナに視線を向ける。

「ニーナ。お母様やメイドたちに顔を見せて来なさい。きっと喜ぶだろう」
「――いいのですか?」
「ユウキ君さえいいのであれば問題ないだろう」

 ドゥランテの言葉に、ニーナはユウキの方を見る。
 ユウキが「行ってらっしゃい」と手を振ると、ニーナは少しだけ嬉しそうにはにかんだ後、ぺこりと一礼して退出した。
――と、そこまでは良かったのだが、扉を閉めた途端に走り去る足音がしたのは少し残念なところだ。せめて足音が聞こえないところまでは歩くべきだった。まぁそれを咎めるユウキではないが。

「……お恥ずかしい。昔からお母さんっ子でね」
「いえ。久し振りに家族に会えるんだから嬉しいんでしょう」

 苦笑するドゥランテだが、ユウキにはむしろ微笑ましい。
 そしてドゥランテは、部屋の隅にある戸棚から、一本の瓶を取り出した。
「酒でも飲むかね?」
「……あ、いえ。僕はいいです」
「遠慮することはないんだがね」
「あまり好きではないんです」
 本音を言ってやると、ドゥランテは少し意外そうな顔をする。それもそのはず、ホビットはドワーフの一種だし、同様に酒にも強いことで有名だ。相当に変わり者なのか、それとも単に酒に慣れていないだけなのかはわからないが、好きではないという言葉が出ること自体が珍しいのだ。

「一杯だけ、付き合わんかね?」
「……強いお酒でなければ、一杯だけ頂きます」

 酒好きの親類を持つユウキは、酒に対する断り方を知っていた。
 また、それほど強くない酒であれば、何度か飲んだこともある。もちろん現代日本では本来ご法度なので、未成年の飲酒はダメ、絶対。なのだが、その一言で、強い酒しか買わない親類を躱すことができるとわかっていたユウキは、自然とそんな一言で断ることにしていたのだ。ちなみに親がそう言えば断れると教えてくれたのだ。現にその親戚からは、一度も酒を飲まされたことがない。

「……度数はそれほど高くはないはずだが、……ふむ。では夕食の席でライテルでも飲もうか」

 そこまで言われてようやく、ユウキは己の失策に気付く。
 なるほど、今用意されている酒の度数が高そうだったので言ったのだが、よく考えればここは貴族の屋敷だ。来客に合わせて、豊富な種類の酒を用意しているだろう。もちろん、アルコール度数の低い酒だって用意できるはずだ。

――まぁ、仕方ないか、と覚悟を決める。

 ここは現代日本ではない。後でニーナに聞かないとわからないが、酒を飲むなという法律自体存在しないだろうし、そもそも成人が20歳ではない可能性もある。
 カリナの家ではほんの少しだけ口にしてしまったが、あれはルイジールの死を悼んでのことだと例外のつもり――という言い訳――だったのだ。

「我ながら不躾な質問だとは思うが……ひとつ、父親として質問をして構わないかね?」
「――……はい、どうぞ」

 ドゥランテは、本当は酒の勢いで聞くはずだった質問をすることにした。
 まぁ異種族なのでそのようなことはないだろうと思うし、もしそのようなことがあったとしてもそれはニーナの立場上、当然のことなので仕方ないのだが、それでもどうしても、聞いておきたい。

「君は、ニーナを、その……」

 酒の勢いがないのにこんな質問をするのは酷く勇気のいることだ、とドゥランテは苦笑する。まぁここまで言ってしまったからには質問を飲み込むわけにもいかないだろうし、そもそも今以外に、ニーナ抜きで話をすることもないだろう。チャンスは今しかない、と自分に言い聞かせる。

「……女性の奴隷として、『使う』つもりはあるのかい?」

 ルイジールにもした質問だ。ルイジールは笑って「ない」と即答したが、ユウキはどうか。
 しかしユウキは少しだけ考えるような表情をし、返答に窮しているようだ。
 さて、彼は何と答えるのか。
「――あの、ひとつ質問いいですか」
「……うん?」
 まさかの質問返し。少し緊張しながら、質問を待つ。

「えーっと、使うって、どういう?」
「うぐ」

 しまった。そういう切り返し方をするか。
 わかっていてやっているのか、天然なのか。まぁ恐らく天然なのだろうが、だとしたらこの問いに答えることによって、ニーナを意識させてしまうことにならないだろうか。
――いやまぁ、藪蛇な質問をしてしまったのはドゥランテの方なので、同情の余地はないのだが。

「えっとだな……君は男で、ニーナは女だということだ」
「え?……あっ、あー、あぁええとその」

 面白いほどの劇的な顔色の変化。
 一気にしどろもどろになったユウキを見て、回答を聞くまでもないなとドゥランテは苦笑する。

 どうやら、ユウキは純情なようだ。この様子なら、そんな不埒なことは聞くまでもなかったか。
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