ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのはじめてのかじてつだい

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 ドゥランテに羊皮紙に描いてもらった地図を見ながら進むと、少し迷ったものの無事に鍛冶屋に辿り着くことができた。
 看板には鍛冶屋らしくハンマーの絵が描かれて――というより一枚の金属の板を叩いて作ったものだろう――おり、羊皮紙にドゥランテが描いたものがそこそこ上手いと知って思わず苦笑する。
 見た目は黒いレンガ造りの普通の一件屋に見えなくもないが、とても風格があるように見えるのは年季のせいだろうか。要するに建物が古いのだろうということだ。
 外には大きな窯のようなものがあり、それがまた、この建物を立派に見せているのもある。

 こういう所の人って、きっと頑固なオッサンなんだろうなぁ。

 思わずもう一度苦笑する。
 頑固な職人気質の人間は嫌いではないが、苦手なのだ。
 中学の時にそういう類の先生がいた。教え方はとても上手かったが、とても厳しい先生で、ダメなことはダメと叱り、時には厳しく怒鳴ったりもしていた。
 ユウキと教師の名誉のために言っておくと、ユウキがダメな生徒だったわけでも叱られたわけでも、ましてやダメじゃないのに叱ったりしたこともない――少なくともユウキが知る限りでは――はずだ。むしろ褒められた記憶しかないが、それでもユウキはあの頑固な先生が苦手だったものだ。なんというか、纏う雰囲気のようなものが苦手だった気がする。

「……ニィさん、何か用かい?」

 唐突に話しかけられ、ユウキが驚いて振り返ると、そこには一人の男の姿があった。
 身なりと、手に持っているハンマーから察するに、ここの主人だろうか。それとも従業員か。
「そこにいると中に入れないんだがね」
「あ、ごめんなさい」
 思わず謝って道を開ける。
 男は扉を開けて中に入り、そのまま扉を抑えて開けたまま、「入りなさい」と言った。
「考え事なら中でも出来る」
「あ、はい。すみません失礼します」
 ユウキが後に続いて中に入ると、男は口の端を上げて笑みを作り、「いらっしゃいませ」と口にした。



「黒オウゴルのような硬いヤツは、むしろ優しくしつこく叩いてやることが重要だ」
 男――この店の主人だった――が説明しながら実演する様子を撮影しながら、ユウキが「へぇ」と興味深そうに相槌を打つ。
 ちなみにスマホに関しての口止めは済んでいる。
 撮ってもいいが後で見せてくれというのが条件だ。
 うっかりスマホを取り出したユウキが悪いのだが、鍛冶屋の主人はそれに同意し、こうして教わりながら撮影するという状況が出来上がった。
 修理しているのは<黒裂>だ。
 材料である黒オウゴルはダークエルフの谷でしか採取されない貴重な鉱石ではあるが、広く一般的に知られている程度には認知されている。
 その硬さのため、普通に研ぐと研ぎ石の方が削れるので、技術が必要な鉱石で、半数くらいの鍛冶屋では修理も整備も断られることが多い。
 その点で言えば、この主人は優秀と言える。
 正直に言えば、黒オウゴルの研ぎ方も知っているし教えることもできるのだが、さすがに大っぴらに教えていい技術ではないので、むしろ叩く方を教えているわけだが、そんなことを知らないユウキには関係のないことだ。

「こんな感じだな。どうだ?」

 言いつつ刃紋や切っ先を確かめ、<黒裂>を鞘に戻してユウキに手渡すと、ユウキは録画を終了し、再生して渡しつつそれを受け取った。減っていた耐久値が最大まで戻っているので、とりあえず修理は完了したのだろう。

「すげぇな……これ本当に俺か?いい男じゃねぇか」

 軽口を叩きながら動画に感動すると、男は最後まで見終えてスマホをユウキに返した。



 男はその後、ユウキにいろいろなことを教えてくれた。<黒裂>の修理を依頼するとき、鍛冶を教えてくれとお願いしたのだが、主人は「今の時期はどうせ暇だしな」と苦笑しつつ、それでも快く引き受けてくれた。
 武器の修理の仕方、手入れの仕方、さらには鉱石からのインゴッドの作り方まで。
 インゴッドは基本的に、外にある炉で岩ごと溶かし、魔法で不純物を取り出して行くだけの簡単なお仕事だ。
 まぁ魔法ということもあって、慣れないユウキには少し時間がかかったが、それでも理解できないほどではなかったようだ。
 教えてもらう方も教える方も熱が入っていたのか、飛ぶように時間は過ぎた。気付けば窓の外は薄暗くなっており、そろそろタイムオーバーだ。
 そろそろ帰るか、という段階になって、ユウキはふと思い出した。

「あ、お金……」

 うっかりしていたが、ユウキにはお金がなかったのだ。
 本当ならそもそもここに来る前に気付くべきことだったことを考えると、うっかりでは済まされない話だ。

「あぁ、いいよ構わんさ。インゴッド作りも手伝ってもらったしな」
「いえ、でも、教えていただいたのに」

 何度かそんなやり取りを繰り返した後、折れたのはユウキの方だった。
 というか、折れざるを得ない。お金がないのだから。
 最後にユウキは、念のためフェルグムス家の名前を上げてそこにいることを告げ、「ありがとうございました」とお礼だけを残して、鍛冶屋を後にした。



「……損な性格してんな、あいつ」
 ユウキが去った後、鍛冶屋の主人は独り呟く。
 ユウキの<黒裂>の修理の代金は確かにもらっていない。
 だが、さっき言ったようにユウキはインゴッド作りを手伝ったのだ。その際に資材を運んでもらったし、インゴッドも最終的にはユウキひとりで1つだけ完成させている。
 主人ひとりでやったとしても確かに効率は良かっただろうが、実際、インゴッドはひとりで作るよりも多く、およそ1.5倍ほどの量が生産されている。
 資材を運ぶだけでも、体力が標準10な主人の筋力よりも、体力12であるユウキの方が運んだ量は多いのだから、まぁ当たり前の話だ。
 それに、教えた技術は本当に初歩の初歩だ。あれだけでは金を取れるレベルの講義ではない。むしろ興味本位で「教えて!」と来た子供に教えてやり、体良く満足させてやる程度のレベルだ。
 たったあれだけの講義では、本人が金を取れるレベルに成長するには、数年単位の研鑽が必要となるだろう。インゴッド作成は上手くできたようだが、インゴッドを作成するにはこの店の窯くらいの設備がなければそもそも作ることすら不可能だし、それを用意しようと思ったら、それもまた数年単位で稼がなければいけないだろう。

 身にもならない技術を乞い、実質8時間ほども無償労働しておきながら、修理料金も金があれば払い、さらには礼まで言って帰るのだ。

「とんだお人好しだ」

 主人は口の端を上げて笑ってしまう。
 お人好しは美徳にもなるが、それでは損をするだけの人生だろう。
 上げた口の端を下げ、主人は少しだけ考える。

「……お人好しは、俺もか」

 言って、ボリボリと頭を掻きながら、主人は頭でユウキの働きを計算した。
 そこから、修理費用と、技術を教えたいくらかの値段を差し引いて、「こんなもんか」と呟くと、もう一度口の端を上げる。

 せめて、その生き方を貫けるようにくらいはしてやらんとな。

 そうして主人はもう一度頭を掻く。
 店の扉に鍵をかけると、主人は街の方へ向かって歩いて行った。
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