ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのちゅうちょととまどい

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 ニーナが起きる気配で目を覚ます。
 まだ日も昇り切っていないが、ニーナの疲れは取れたのだろうか。

「おはよ、起きた?」
「っ!?」

 ニーナの方はと言えば、目覚めたらユウキの顔が目の前にあるので慌ててがばりと体を起こす。
「ど、どどどど」
「……慌てないで。ほら深呼吸」
 まぁ無茶な話だろうか。ご主人様に膝枕してもらってたって状況だからなぁ、とユウキは苦笑する。ユウキにとってこの反応は想定内だが、ニーナの心情は少し読み間違えている。
 ニーナの年齢は14歳。現代社会では幼いと言われても仕方ないほどだ。ユウキは知らないし、しっかりしているので勘違いされやすいが、まだこっちの世界でも子供と呼ばれる年齢だ。平たく言えば思春期である。父親ではない男性に膝枕されたことなど、そもそも父親ですら記憶がないのに、種族が違うとは言え男の膝枕、しかもよりにもよってご主人様だ。
 それでも少しは気を取り直したのか、ニーナが赤くなった顔でこほんとわざとらしく咳払いをする。この辺は現実世界でもこっちの世界でも同じようだ。

「失礼しました」
「お気、ぷっ、お気に、なさら、ぷぷっ」
「ちょっと笑いすぎではないですか」

 笑いはこらえているのだが、ユウキから見たニーナの顔は赤く、普段の冷静なニーナの顔しか見たことのないユウキには新鮮だったのだ。笑いが出てしまうのは仕方ない。
 むしろ普段から笑ってれば可愛いのに、などと思いながらも口にできないのは現代的思春期真っ盛りのユウキなので仕方ない。むしろ口に出したら怒られそうな気がする。



 とりあえず歩きつつ、ニーナが遭遇するモンスターについて解説してくれる。

「あれがロックスネークです」
 前に教えてもらったモンスターの名前に、探してみると確かに細長い石のような蛇がいた。
 まぁ石蛇と名前が付いているからと言っても、皮が本当に石というわけではなく、正直な話色が蛇のようなのでそんな名前が付いているだけだ。
 長さは1メートルほど。大きいもので3メートルほどになるそうなので、まだそれほど成長していないのだろう。
 ちなみにこれはニーナも知らないことだが、ロックスネークは生まれて1カ月ほどで1メートルになり、さらに1年をかけて2メートル半まで伸びる。その先の成長は個体差があるので、3メートルに達する前に死んでしまう場合もある。むしろ生き延びるケースの方が少ないと言えるだろう。

「あ、あそこにネーバもいますね」
 さらに少し歩くと、確かにぷよん、とした物体……というか粘液的なものが蠢いているのが見える。前に聞いていたように、核のようなものがある。とりあえず遠目なのでよくわからないが、見た目だけで言えばあっさりと倒せそうな気がする。
「弱そう?」
「……いいえ、見た目よりは厄介ですよ。あの粘液の一番外側の膜が結構厄介です」
「尖っていないもので殴れば、意外と簡単ですよ」
 髭を触りながらマリーが言うのを聞いて、ニーナが「そうなのですか」と呟く。
「中身は水みたいなものですので、殴って潰すのがたぶん一番簡単です」
「やったことあるの?」
「……一度、以前のご主人様のお子様たちがやっていました」
 なるほど、とユウキは納得した。子供がやっていたのであれば、確かに簡単なのかもしれない。

「少し厄介なのがいますね。こちらに気付かなければいいのですが」
「ん?」
 次にニーナが見つけたのは、少し離れたところにいる、人型のようなものだった。
 ユウキは「あ、人だ」と思っていたので、厄介なもの、と言われてようやくそれがモンスターだと気が付いたようだ。
「あ、マジュタリですね」
「一応、この辺りでは厄介な部類です」
 聞いてみれば、頭が猿のようなモンスターで、人間のように二足歩行をしているらしい。知性はほとんどなく、何かを見たら襲って来るか逃げるかのどちらかなのだそうだ。
 何が厄介なのかと言えば、単純にその足が速いというだけの話なのだが。
――というか、この平原に厄介ごとなどほとんどない。

「……あ、来ちゃいましたね」
「仕方ないですね。戦いますか」

 こともなさそうに呟く奴隷ふたり。どうやらユウキに戦わせるつもりはないようだが、ユウキとしても女の子二人に戦わせて傍観、というのは趣味ではないしちょっと気が引けるので、弓に矢を番えて準備する。

「って、早っ!?」

 あんなに遠くに見えたマジュタリは、すでに顔が猿だと分かるところまで来ていた。
 確かにアレは猿だなぁ、と思いながら、ある程度狙いを付けて一射。
 矢を避けるという選択肢はマジュタリにはなかったようで、左肩口に矢が突き刺さると「ギュイ!」と大きな声を上げて痛がりつつもこちらに迫る。
 傷は負わせたので少しだけほっとしつつ、細剣を抜いて身構えると、マジュタリが素手で殴りかかって来たので、反射的にそれを避け、細剣でマジュタリの体を突く。
 ニーナはそれを見ながら、――ついでにマジュタリの様子も観察しながら――ユーキの体捌きに少しだけ感心していた。
 異世界から来た、などというから戦いは苦手だと思っていたが、それなりに戦えるようだと気付いたからだ。どうやら、ユウキの「元の世界」にもこういった戦闘はあるようだ。

 とんだ誤解である。

 実際、ユウキは運動神経が少しいいだけの、ただの高校生だ。
 弓は友達の弓道部、細剣はフェンシング部でもあるチャット仲間から齧っただけに過ぎない、ほとんどド素人だ。
 マジュタリの攻撃が直線的な攻撃だったので避けることができたが、もしこれがもう少し強い相手であれば、殴ったその腕で連続的に攻撃を仕掛けられていただろう。
 まぁ、落ち着いてやればユウキでもそういう相手への対処くらいはできるだろうが、それで勝てるかどうかと言われれば、正直勝てる気などしない。

 などと考えているうちに、ユウキとマジュタリの戦闘はあっさりと終わろうとしていた。

 血だらけのマジュタリがうのうの体で逃げようとしている。
「……」
 ユウキはトドメを刺そうと剣を振りかぶり、
「……ユウキ様?」
 手をピタリと止めてしまった。
 思い出してしまったのだ。
 この世界に来てから、奪った命のことを。それを嘆き悲しむ、その肉親の魂の叫びを。悲しみの狂気を。
 もちろんユウキにだって言い分はある。ユウキだってやりたくてやったわけではないし、そもそも断ろうとだってしたのだ。あれはほとんど脅迫だったし、自分がやらなければニーナがやることになったかもしれない。
――もしかしたら、間に合わずただ無為に死んだかもしれない。
 そう考えれば、あの選択が間違っていたとは思っていないが、……それでも、手にまだ思い出すことのできるあの感覚を、しばらくは味わいたくない。

「ユウキ様」
「いや、……うん、ごめん。任せる」

 不思議そうにしながらも、マリーがマジュタリにトドメを刺した。
 ニーナは苦笑する。
 少しだけ察してしまったのだ。ユウキの心情を、そしてニーナにも似たような心情があるのだということを。

「大丈夫ですか、ユウキ様」
「うん、……ごめんねマリー」
「?」

 ユウキもニーナもマリーに苦笑を向け、マリーは不思議そうに首を傾げてから、3人は再び平原を歩き始めた。
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