歩夢さん

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女神

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12月31日。
今年も終わる。

そして私は15歳になった。
だからと言って何かが起こるわけじゃないけれど。




寝台のある空間で、小窓を開けて火を灯していると、大御神が布団から体を起こされた。


「朔、今日の予定は?」

「本日は9時より年末御開帳、終了は10時です。11時から迎春の儀式、終了は12時です。13時から大宮の分祀で年末特別開帳に向けて出発します。14時30分から16時まで御開帳。18時に西の女神様がいらっしゃいます。0時より新年の御開帳でございます。」

「うん。忙しいね。」

「申し訳ございません。」

「そうじゃなくて、折角の誕生日なのに祝えないなって。」

「え?」


誕生日…。気にかけてくださってたんだ。


「世間では美味しいもの食べたり贈り物したりするんだって。僕らには両方共無理だからせめて少しは休ませたいって思ったんだけど、一年で一番大変な日だもんね。」

「そ、そんな畏れ多いことでございます。お気持ちだけでもありがたいです。…私も何も差し上げられませんし。」

「朔はいつも僕を支えてくれてる。12年間毎日ありがとうね。」


そう言って正座する私を抱きしめてくださった。
毎年誕生日にお祝いの言葉を下さるけど、こんな風に抱きしめてありがとうと言ってくれたのは初めてだった。


「いつか、契を果たそう。」


そう耳元で囁かれた。










「ごきげんよう、朔媛。大御神様の下へ案内していただける?」

「仰せのままに。」


夜、埼玉の開帳から帰ってきてすぐに西の女神がお姿をお見せした。

西の女神も大御神同様人に姿を見せず、人の姿を見ず生きている方。
この美貌、高そうな衣装、細く歪みない身体。

私と言葉を交わすことをあまり好まれていらっしゃらない様子で、自身に仕える巫女に対しても私に対してもかなり冷たい印象を覚える。


女神様に仕える巫女が入ることを許されるのは拝殿迄で、その奥へは私かひとりで案内する。


「大御神、西の女神様をご案内し申し上げました。」


返事はない。

でもそれは許可と同じ。



赤い扉を開け、畳の間に上がる。

大御神は薄布の向こうの座椅子に腰掛けていらっしゃるようだ。
 


「大御神様、お久しぶりです。」


畳の間の中央に置かれた座布団に正座して挨拶を申し上げなさる女神。

私は入ってきた入口のすぐ脇に正座をして控える。


これから行われる情事の間、ずっと控えるのも大巫女の私の務めだ。


お互いが望む望まないに関係なくその行為は行われなければならない。

今後の繁栄のために。



女神が身を清めに風呂場にいる間に
部屋にある蝋燭の火を全て消し、薄布一枚向こう側に布団を用意し、燭台に火を灯す。
カーテンの向こう側に女神が入ることはまだ許されていない。


私の支度の様子をソファーから眺める大御神は、既に湯浴みを終えられていて、いつもの重たい衣装では無く薄い寝間着でいらっしゃる。



「朔、」



深みある綺麗な声に呼ばれる。


「はい。」


「無理しないでね。」


「はい。」



大御神はいつもこの支度の時に私に同じことを言う。

無理してるつもりも、無理してるように見せてるつもりもないけど、大御神にはそう映るのだろうか。

それに大御神は様々な真理が見えても、同じ血族の者、幼い頃から共にいるものの真理は見えないと言っていた。
だから私の真理は彼に映らないはずだ。




でも、正直この仕事が一番辛い。

毎回心が軋む音を立ててる気がして、耳を塞ぎたくて、目を瞑りたくて仕方なくなる。


この仕事の日になると、
自分が大巫女である事を呪いたくなる。

永遠とも思えるこの時間を息を殺して過ごす。

自分は男性経験などないし、この御二方の様子しか知らないから何が普通なのかわからないけど、畏れ多くも女神の声が耳に障る。

暫く耳に残る声を発するのは人間も同じなのだろうか?
それとも女神だからなのか。



その声に耐えながら、手を握りしめて何も考えないようにただただ静かに座るその時間は、例え数十分であっても永遠のように感じるのだ。


「朔、湯浴みに。」


薄布の向こう側から、耳に心地よい声が聞こえて永遠の時間が終わったことを告げる。


「はい。用意してございます。」


薄布の端を少し持ち上げると、乱れた服を整えながら大御神がお姿をお見せする。

155センチの私はいつも薄布を高く上げられず、屈んでくぐっていただかなければならない。


「ありがとう。」


そう言って私の手から風呂敷を受け取ると、襖からご退室なさった。

夜の湯浴みはおひとりで行うからだ。



私はそのお姿を礼をしてお見送りし、襖を閉める。
大御神が風呂場にいらっしゃるこの時間で奥の寝台で大御神がお休みになれるように用意しなければならない。


薄布向こう側に入ると、女神が半身を起こしてこちらを見ていた。


「貴女、よく他人のセックスの間同じ部屋にいられるわね。尊敬するわ。」


正座をして礼をしたまま答える。


「…私の使命でございますゆえ。」

「はぁ、大巫女の使命は大変なものね。可哀想に。それとも好きでやってるのかしら?でなきゃ務まるものじゃないものねぇ。」

「畏れ多くも、私は私の使命に誇りを持っております。」

「他人のセックスの覗き見に?」

「…大御神をお守りできるのであれば。」

「何いってんのよ。大御神も女神である私もとんだ迷惑よ。他人の視線があったら気持ちいいのも半減だわ。」

「決まり事でございます故。」

「さっきから口答えばかりね。聞き苦しいわ。帰るから支度してちょうだい。明日は忙しいのよ。」


機嫌良さげに話していたのに、最後には少し怒りを感じる話し方になっていた。


「承知いたしました。」


この皮肉もいつもの事だ。
毎回最後に機嫌を悪くされるのだから言わなければいいのに。

大御神が湯浴みされてるうちに、女神を迎えの車までご案内する。


「また一月後に来るわ。さよなら。」

「お気をつけてお帰りください。」 


拝殿の正面に車が寄せられていて、それにお乗りして境内を出るまで頭を下げる。
車が鳥居を出たのを確認して確認して畳の間に戻る。
急がなければ大御神が戻ってきてしまう。


布団をたたみ片付け終えると、大御神の新年の御開帳用の装束を用意して、寝台も用意して、燭も全て灯して大御神がお戻りになるのを待つ。


襖が開く。

私は立ち上がりお迎えする。


「おかえりなさいませ。」

「うん。まだ時間ある?」

「はい。3時間ほどおやすみ頂けます。」

「うん。寝る。」


そう言って寝台のある空間に入ってしまった大御神を追う。


「お待ちください。髪を乾かさないと風邪を召されます。」

「あぁ、朔やって?」

「承知いたしました。」


寝台に腰をかけられた大御神の後ろに膝をつき、タオルとドライヤーを用意して温風を当てる。
ここは文明の力を借りた方が早いからだ。

真っ白い絹のような長い髪を丁寧に乾かしていく。


「朔の誕生日が終わってしまうね。もう15歳か。大巫女になって4年?」

「はい。時が経つのは早いものですね。もう間もなく大御神のお誕生日でございますよ。」

「大御神のじゃないよ。天月のだよ。」

「そうでございましたね。」


大御神は自分の名前に強く執着がある。
なんでも自分を産んですぐ亡くなられた母上様が下さった、唯一の贈り物だからだとか。

幼い頃の「天月と呼んで」という願いは、私が大巫女に、大御神が正式に大御神となられた日に叶えられなくなってしまった。


だから大御神はその大好きなお名前で4年間呼んでもらえていないのだ。


「少し早いですが、天月様、17歳のお誕生日おめでとうございます。」

「うん。ありがとう、朔。凄く嬉しい。」

「喜んでいただけて朔も光栄です。」


私の手を止めさせて振り向いた大御神は目を赤くしていた。
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