歩夢さん

文字の大きさ
6 / 39

新年

しおりを挟む
23時。

御開帳の為に大御神の衣装を着付ける。
いつもよりも幾らか複雑で重い衣装だ。



「よくこの衣装を僕に着せられるね。着ている僕もよく仕組みがわからないのに。」

「もう4度目でございます故。」

「そっか。もう4回目か。」


しばしのゆったりした時間。
他愛ない話をしながら、その帯をしめ、紐を結び、髪を結う。


「それでは私も着替えてまいります。少々お待ちください。」

「うん。」



大御神の部屋を出て本堂の階段を降り、自分の部屋に戻り新年用の衣装を着る。
こちらもいつものより飾りが多く重たい。
これが3日間続くと思うと何だか心が重い。


化粧も済ませ、もう一度本堂に戻ると既に初詣に来た人々が境内に見える。
それもそのはずもう23時45分。

もう今年も終わるのか。


少しずつ、タイムリミットが迫っているような感覚に陥ってしまう。
なんのタイムリミットか分からないけど、
時間が経つことを感じる度に謎の焦燥感に駆られるのだ。

23時59分。


「大御神、降臨願います。」


私は赤い扉の前で正座をして頭を床に付けるくらい深い礼をして言う。


中から現れた大御神は、つい先ほどの柔らかい空気は一切纏わず、その場の空気を一気に緊張させる。


私の横を通り抜け、その椅子に腰掛なさる。


私はそれを気配で感じ、立ち上がってその椅子の斜め後ろに立つ。


「御開帳。」


私はいつもよりも声を張って、扉の向こうにいる従者に合図をすると、その扉が音もなく開く。

境内ではその扉が開くと歓声を上げて新年を祝うのだ。
今日は薄布がなく、燭も多く灯され、扉の上の飾り窓も外されている。


御開帳は定期的に行われるが、大御神の顔が見えるのは一年でこの3日間のみ。
大御神ファンとも言える初詣客は境内からその様子を一目見ようとひしめき合うのだ。


その中にはただ興味本位で見たい人、心の底から信仰しその姿を見てご利益にあやかりたいと考える人、様々だ。


その人の願いが聞き届けられるかと言うとそれは違う。
あくまでそれは心の問題であって、我々がなにかしてあげることは出来ない。

祈祷で真理を見抜き、先を読み、その者の最良の道を示すくらいしか正直できないのである。

虚しいな。


新年はそんな気持ちで迎えることとなるのだ。

23時。

扉が閉まる。



「只今湯浴みの用意を致しますのでしばらくお待ちください。」

「うん、ごめん朔、先に着替えいい?」

「はい。」


畳の間、薄布の内側で浴衣を着付ける。


「朔も着替えてきていいよ。明日も僕より早いんでしょ?」

「いえ、湯浴みにお送りしましたら着替えさせていただきます。」


確かに着替えたい。
この重い服では着付け一つでも汗をかきそうだ。


「お腹空いた。」

「先にお召し上がりになりますか?もう用意出来ておりますよ。」

「そうしようかな。朝から食べてないもんね。」

「承知いたしました。ただいまお持ちいたしますね。」


そう言って扉を二つ開けた先の供えられた夕食を持つ。

いつも冷めているこのご飯。

私たちはここに来た日から温かいご飯を食べていない。


「朔?顔色悪いよ?、」

「あ、申し訳ありません。大丈夫です。」


余計なことを考えていた。
ぼーっとしてる事など普段ないから心配させてしまったのだろう。


「今のうちに着替えておいで。肩こるよ。」

「…ありがとうございます、大御神。」


この神からの優しさに私はいつも甘えてばかりだ。

離れにある自分の部屋に戻る。

急いでいつもの巫女の装束に着替える。体の重さが半分になったのでは、と思うほど楽になった。
少し乱れた髪を結い直し、化粧も軽く直しもう一度本殿へ戻る。

途中、境内を清掃する巫女の姿が目に映った。彼女たちは竹箒で落ち葉や参拝者が落としたであろう御籤みくじの帯をはいている。
巫女たちは大神に使える由緒ある家系の娘たちだ。家は5つあり、一番上に大巫女を輩出する朔媛の家、その他の4つの家も上下関係があり、外の掃き掃除を遅くまでしているのはおそらく4番目5番目の家、もしくは他の家の縁戚の者だ。
生まれた時から、生まれた家で一生がきまる。私も例に漏れず、与えられた大巫女の人生を進んでいる。大御神も。

「皆さん、明日も早いですからもうお休みください。上のものには私に言われたと伝えなさい。」

拝殿の入り口の前から、一番手前にいた巫女に声をかけた。

「・・・大巫女様。」

顔を上げた巫女はまだ17くらいだろうか。彼女の声は震えている。寒い中ずっと外にいたのだろう。

「明日また朝から掃除するのでしょう。お疲れ様でした。」

そう言って拝殿への扉を開けようとするすると

「大巫女様がまだおつとめされているのに・・・お休みは頂けません。」

先ほどの巫女は私を見上げてそう言った。

「風邪をひいてしまいます。私は室内にいますが、あなたたちはずっと外で冷えるでしょう。もうお戻りなさい。」

真面目な巫女だなぁ、と内心思う。巫女にも色々な人がいるが、彼女は純粋な気持ちで仕えてくれているのだろう。私が働いているから休みません、なんていう巫女は今までいなかった。
家が低くても出世させる方法はないだろうか、そんなことを考えながら本堂に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺様御曹司に飼われました

馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!? 「俺に飼われてみる?」 自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。 しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……

処理中です...