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霧の苦悩
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女神がこちらに来て一週間。二人の時間がたくさんあったそれまでとは一変、二人きりで話せる時間は毎日限られてしまっていた。
朝の着付け、これは貴重な時間だ。
「慣れてきた?」
「はい。霧さん、女神の巫女が本当に仕事のできる方なので助かっています。」
女神側近の巫女、霧はとにかく仕事ができるので、頼めばすぐ動いてくれるし分担した仕事にも順応してくれるしで、想像以上に負担が少なく過ごせている。
「よかった。朔が潰れちゃうんじゃないかって心配だったから。」
「ご心配おかけして申し訳ありません。大御神は眠れていますか?食欲がないようなので心配です。」
「慣れるのに時間がかかりそうだよ。」
「今日は安眠できる香を焚いておきましょう。」
「ありがとう。」
「私はそれくらいしかできませんから。…お待たせいたしました、お着付け終了です。」
霧とゆっくり話ができたのは、女神が来て4日目の早朝のことだった。その日、前夜に大御神のご意向でいつもより遅い時間に来て欲しいと言われていたため、朝の時間にゆとりがあった。それは霧も同じで、離れの食卓で時間を潰していると霧がやってきた。
「大巫女様、改めて自己紹介をさせてください。女神に仕える巫女長の霧と申します。」
突然改まられて、驚くとともに姿勢を正した。自分より一回りは違うであろう先輩巫女に頭を下げる。
「大巫女、朔媛と申します。巫女長もされているのですね。」
「女神のお付は巫女長の仕事でして。」
「それは忙しいでしょう。」
女神に付きながら、他の巫女、つまり神社全体を取り仕切るなど、自分だったら不可能だ。こちらの神社では私の叔母、母の妹が巫女長についている。
「いえ、大巫女様ほどでは。女神のお付とはいえ他にも4人いますから。」
霧は少し疲れたように笑う。初めて会った時から顔色が悪い印象を受ける。
「他の方はこちらにいらっしゃらなかったのですか。」
「えぇ。…大御神様はとても穏やかな方でいらっしゃるのですね。先日こちらにいらしてくださったときに初めてお会いしましたが驚きました。」
唐突に自分の仕える大御神の話になり、また驚く。
「はい。お優しい方です。いつも気にかけてくださって、私も甘えさせていただくばかりです。」
「大御神様はあなたのことを篤く信頼していらっしゃるから、大切にしてくださるのでしょうね。」
「?はい。」
言葉の外に含みを感じる。
「同性で年も近い巫女たちは女神様に近付き難いようで。気分の浮き沈みが激しい女神様を恐れているようです。」
「そうですか…。」
「私はご幼少の頃からお近くにいさせていただいています。お優しく聡明な方であることも、今はお世継ぎのことで気持ちに余裕がなくなってしまっていることもわかりますが、そうでない子たちには怖いのでしょう。」
女神は大御神に比べて、確かに感情がわかりやすい。ここに通い始めた時からそうだ。なんとしても血を残そうと頑張っていらっしゃるのもわかる。が、確かに自分が仕えるとなったら大御神ほど穏やかにはいかないだろう。
「大御神様はお怒りになったりしないのでしょうか?」
「お怒りになることもありますよ。機嫌が悪い時だってあります。」
滅多にないが。
「どう対処なさるのですか?」
消極的な霧が身を乗り出してくる。
「対処、ですか?」
「女神様がお怒りだと、誰も何もできなくなってしまうのでお聞きしたいのです。」
対処。
昔、参拝客が私に手をあげようとして大御神がお怒りだった時、私は大御神のいうことを聞いて隣で大人しく座るだけだった。
境内の空気がざわついていると機嫌を悪くされるが、巫女や男衆のざわつきを止めれば機嫌も良くなる。
「ひたすら大御神のおっしゃる通りにするか、ご気分を害される原因を排除する、でしょうか。大御神は人や物に当たったり理由なくお怒りになることはまずないので、それほど難しく考えたことはございませんでした。」
「そうでしたか…。」
残念そうに肩を落とす。女神の理由が明確でない怒りに困っているのだろう。力になれず申し訳なくも思う。
「…間も無く時間ですね。本殿へ参りましょうか。」
重くなった空気を変えようと立ち上がる。
「はい。」
霧も静かに立ち上がり、一緒に本殿へ向かった。
朝の着付け、これは貴重な時間だ。
「慣れてきた?」
「はい。霧さん、女神の巫女が本当に仕事のできる方なので助かっています。」
女神側近の巫女、霧はとにかく仕事ができるので、頼めばすぐ動いてくれるし分担した仕事にも順応してくれるしで、想像以上に負担が少なく過ごせている。
「よかった。朔が潰れちゃうんじゃないかって心配だったから。」
「ご心配おかけして申し訳ありません。大御神は眠れていますか?食欲がないようなので心配です。」
「慣れるのに時間がかかりそうだよ。」
「今日は安眠できる香を焚いておきましょう。」
「ありがとう。」
「私はそれくらいしかできませんから。…お待たせいたしました、お着付け終了です。」
霧とゆっくり話ができたのは、女神が来て4日目の早朝のことだった。その日、前夜に大御神のご意向でいつもより遅い時間に来て欲しいと言われていたため、朝の時間にゆとりがあった。それは霧も同じで、離れの食卓で時間を潰していると霧がやってきた。
「大巫女様、改めて自己紹介をさせてください。女神に仕える巫女長の霧と申します。」
突然改まられて、驚くとともに姿勢を正した。自分より一回りは違うであろう先輩巫女に頭を下げる。
「大巫女、朔媛と申します。巫女長もされているのですね。」
「女神のお付は巫女長の仕事でして。」
「それは忙しいでしょう。」
女神に付きながら、他の巫女、つまり神社全体を取り仕切るなど、自分だったら不可能だ。こちらの神社では私の叔母、母の妹が巫女長についている。
「いえ、大巫女様ほどでは。女神のお付とはいえ他にも4人いますから。」
霧は少し疲れたように笑う。初めて会った時から顔色が悪い印象を受ける。
「他の方はこちらにいらっしゃらなかったのですか。」
「えぇ。…大御神様はとても穏やかな方でいらっしゃるのですね。先日こちらにいらしてくださったときに初めてお会いしましたが驚きました。」
唐突に自分の仕える大御神の話になり、また驚く。
「はい。お優しい方です。いつも気にかけてくださって、私も甘えさせていただくばかりです。」
「大御神様はあなたのことを篤く信頼していらっしゃるから、大切にしてくださるのでしょうね。」
「?はい。」
言葉の外に含みを感じる。
「同性で年も近い巫女たちは女神様に近付き難いようで。気分の浮き沈みが激しい女神様を恐れているようです。」
「そうですか…。」
「私はご幼少の頃からお近くにいさせていただいています。お優しく聡明な方であることも、今はお世継ぎのことで気持ちに余裕がなくなってしまっていることもわかりますが、そうでない子たちには怖いのでしょう。」
女神は大御神に比べて、確かに感情がわかりやすい。ここに通い始めた時からそうだ。なんとしても血を残そうと頑張っていらっしゃるのもわかる。が、確かに自分が仕えるとなったら大御神ほど穏やかにはいかないだろう。
「大御神様はお怒りになったりしないのでしょうか?」
「お怒りになることもありますよ。機嫌が悪い時だってあります。」
滅多にないが。
「どう対処なさるのですか?」
消極的な霧が身を乗り出してくる。
「対処、ですか?」
「女神様がお怒りだと、誰も何もできなくなってしまうのでお聞きしたいのです。」
対処。
昔、参拝客が私に手をあげようとして大御神がお怒りだった時、私は大御神のいうことを聞いて隣で大人しく座るだけだった。
境内の空気がざわついていると機嫌を悪くされるが、巫女や男衆のざわつきを止めれば機嫌も良くなる。
「ひたすら大御神のおっしゃる通りにするか、ご気分を害される原因を排除する、でしょうか。大御神は人や物に当たったり理由なくお怒りになることはまずないので、それほど難しく考えたことはございませんでした。」
「そうでしたか…。」
残念そうに肩を落とす。女神の理由が明確でない怒りに困っているのだろう。力になれず申し訳なくも思う。
「…間も無く時間ですね。本殿へ参りましょうか。」
重くなった空気を変えようと立ち上がる。
「はい。」
霧も静かに立ち上がり、一緒に本殿へ向かった。
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