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天月様のお言葉
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翌日、夜、寝所の用意をしながら嫌な汗をかいていた。頭がクラクラする。後5日で女神が帰ってしまう。私が夜につけるのは今日含め後2回だけだ。
そう、当て馬になるなら今日か明後日。明後日大御神がやらない、と言って終えばそれまで。つまり今日、実行に移さなければならないのだ。
しかし、私には知識も経験も何もない。知っているのはうす布越しで見た女神と大御神の交わりだけ。考えれば考えるほど、気分は悪くなる一方だ。
湯浴みから戻った大御神は私の顔色を見て訝しんだ。いつもと変わらぬようドライヤーを手にするも、手が震えてしまう。
「ねぇ朔、どうしたの?朝からおかしいよ。」
もう寝所としてしばらく使われていない、一番奥の部屋。大御神はベッドに腰掛けたまま、肩越しに私の方を振り向いた。私は自分が今どんな表情をしているのか分からず、固まったまま。
「昨日呼び出されていたのは、なんの話だったの?」
空気がキツくなる。大御神が怒っているのだ。
「いえ、」
「ちゃんと話して。」
「言えません…。」
怒っている。大御神の仰せのままにすればすぐに機嫌が戻ることを知っているけど、できなかった。
「どうして?」
私の手からドライヤーが滑り、ベッドの上に落ちた。それを見て、大御神は身体ごとこちらに向いた。膝立ちのまま固まる私を抱きしめる。その暖かさに不覚にも泣きそうになった。
「何を言われたの?」
怒っていた空気は気づけばなくなり、大御神の声はいつも以上に優しく柔らかかった。必死に堪えていた涙が溢れてしまう。
甘えてはいけない。きっとあの話を素直にすれば助けてくれるだろう。でも、それでは意味がない。結局私だけが逃げることになる。それではダメなんだ。
「言えない、言えないのです。…全部、大丈夫。でも一個だけ、不安なのです。…私の願い、聞いてくれませんか。」
「わかった。…それは、大御神に頼むの?それとも」
「天月様、です。」
天月様は抱きしめていた腕を緩めて、私の顔を見た。
「いいよ。言って。」
「今日、私がこれから何をしても、私を見捨てないでくださいっ…!」
私は目を見て言えなかった。俯いて、でも、一番、何よりも恐れていることを口にした。
別に当て馬だってなんだって、やっていい。でも、それで大御神に嫌われたら?大巫女から外されでもしたら?
きっと私は生きていられないだろう。
恐る恐る、顔を上げて天月様を見た。大御神は目を点にして宙を見ていたが、やがて私に視線を戻した。
「えっ?見捨てる?僕が朔を?」
理解できない、と言った顔。きっとこの方の底抜けた優しさと愛。
「私は今から、あなたのためではなく、一族のために行動します。それでも、明日から変わらずに、私を、あなたのそばにっ」
「…僕は朔以外をそばに置くつもりはないよ。朔が嫌がっても離してあげられないかもしれない。朔が大巫女で良かったと毎日思ってる。」
涙が止まらなかった。その言葉だけでよかった。たとえ私の行動をもってこの言葉を覆されたとしても、今この言葉を聞けただけで十分だったのだ。
そう、当て馬になるなら今日か明後日。明後日大御神がやらない、と言って終えばそれまで。つまり今日、実行に移さなければならないのだ。
しかし、私には知識も経験も何もない。知っているのはうす布越しで見た女神と大御神の交わりだけ。考えれば考えるほど、気分は悪くなる一方だ。
湯浴みから戻った大御神は私の顔色を見て訝しんだ。いつもと変わらぬようドライヤーを手にするも、手が震えてしまう。
「ねぇ朔、どうしたの?朝からおかしいよ。」
もう寝所としてしばらく使われていない、一番奥の部屋。大御神はベッドに腰掛けたまま、肩越しに私の方を振り向いた。私は自分が今どんな表情をしているのか分からず、固まったまま。
「昨日呼び出されていたのは、なんの話だったの?」
空気がキツくなる。大御神が怒っているのだ。
「いえ、」
「ちゃんと話して。」
「言えません…。」
怒っている。大御神の仰せのままにすればすぐに機嫌が戻ることを知っているけど、できなかった。
「どうして?」
私の手からドライヤーが滑り、ベッドの上に落ちた。それを見て、大御神は身体ごとこちらに向いた。膝立ちのまま固まる私を抱きしめる。その暖かさに不覚にも泣きそうになった。
「何を言われたの?」
怒っていた空気は気づけばなくなり、大御神の声はいつも以上に優しく柔らかかった。必死に堪えていた涙が溢れてしまう。
甘えてはいけない。きっとあの話を素直にすれば助けてくれるだろう。でも、それでは意味がない。結局私だけが逃げることになる。それではダメなんだ。
「言えない、言えないのです。…全部、大丈夫。でも一個だけ、不安なのです。…私の願い、聞いてくれませんか。」
「わかった。…それは、大御神に頼むの?それとも」
「天月様、です。」
天月様は抱きしめていた腕を緩めて、私の顔を見た。
「いいよ。言って。」
「今日、私がこれから何をしても、私を見捨てないでくださいっ…!」
私は目を見て言えなかった。俯いて、でも、一番、何よりも恐れていることを口にした。
別に当て馬だってなんだって、やっていい。でも、それで大御神に嫌われたら?大巫女から外されでもしたら?
きっと私は生きていられないだろう。
恐る恐る、顔を上げて天月様を見た。大御神は目を点にして宙を見ていたが、やがて私に視線を戻した。
「えっ?見捨てる?僕が朔を?」
理解できない、と言った顔。きっとこの方の底抜けた優しさと愛。
「私は今から、あなたのためではなく、一族のために行動します。それでも、明日から変わらずに、私を、あなたのそばにっ」
「…僕は朔以外をそばに置くつもりはないよ。朔が嫌がっても離してあげられないかもしれない。朔が大巫女で良かったと毎日思ってる。」
涙が止まらなかった。その言葉だけでよかった。たとえ私の行動をもってこの言葉を覆されたとしても、今この言葉を聞けただけで十分だったのだ。
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