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引退4
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「雪音、この後暇か?」
本部での定例会の後、雪音は虎に呼び止められた。
虎の引退はまだ発表されていないが、幹部の間では承認されたらしい。1週間前にボスに伝えられて以来、虎と雪音は顔を合わせることはなかった。
「はい。」
「時間あるなら飲み行こうか。」
「・・・はい。」
いつもと同じように虎は雪音を連れてバーを訪れる。
いつものように、VIPに通される。
「聞いたか、あの話は。」
切り出したのは虎だった。
「ボスから聞きました。今年中で引退だって。」
「そうか。なんだ、聞いたのに俺に泣きの電話入れてこなかったのか。」
「電話したところで変わらないじゃないですか。」
「確かにな。」
虎は上機嫌だった。一方雪音は俯き加減で、虎と目を合わせようとしない。
雪音は引退を留まってほしいと、言ってしまいそうになる自分を抑えるのに精一杯だった。
「お前と紅雷が後ろにいるから俺も辞められるんだぜ。」
虎の視線は、親のそれと全く同じ、暖かいものだった。
「そう、ですか。」
雪音は右手で自分の左腕を強く掴んだ。そんな言葉、信じられない。そこの見えない不安に引き摺り込まれる感覚。そんな雪音に虎は言う。
「雪音、俺はお前をかってるぞ。ボロボロだった、誰かが引っ張らなきゃ動けなかったお前が、人を教えて上に立って組織で一番仕事ができる人間になった。誰にでもできることじゃねぇ。お前が後任だから俺は安心して辞められる。」
「なんで・・・どうして私なんですか。あなたは私が所属した時からずっと私を持ち上げてきた。あなたが押したからここまで私は登ってきたんです。」
雪音の怒りや不安で震える声が虎の鼓膜を震わす。
「俺のすぐ後ろについて欲しかったからだよ。紅雷にお前の話を聞いた時から、俺の後任はお前だって決めていた。だから実力以上の任務を回して扱きまくった。それでもお前は平然とついてきた。」
虎は雪音の頭を撫でる。
「悪いな。俺のせいだ。けど俺は満足している。」
雪音の顔を上げさせる。その目は赤くなっていた。どんな状況でも冷静で、感情など微塵も見せない雪音が、涙を、声を、堪えていた。虎は心底愛おしいと思った。
「別に死ぬわけじゃないんだ。組織は引退しても業界にはいる。どうしても嫌になったら俺のところ逃げてくればいいさ。」
虎は雪音を優しく抱きしめた。愛おしい、娘同然の存在から子離れするために。
本部での定例会の後、雪音は虎に呼び止められた。
虎の引退はまだ発表されていないが、幹部の間では承認されたらしい。1週間前にボスに伝えられて以来、虎と雪音は顔を合わせることはなかった。
「はい。」
「時間あるなら飲み行こうか。」
「・・・はい。」
いつもと同じように虎は雪音を連れてバーを訪れる。
いつものように、VIPに通される。
「聞いたか、あの話は。」
切り出したのは虎だった。
「ボスから聞きました。今年中で引退だって。」
「そうか。なんだ、聞いたのに俺に泣きの電話入れてこなかったのか。」
「電話したところで変わらないじゃないですか。」
「確かにな。」
虎は上機嫌だった。一方雪音は俯き加減で、虎と目を合わせようとしない。
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「お前と紅雷が後ろにいるから俺も辞められるんだぜ。」
虎の視線は、親のそれと全く同じ、暖かいものだった。
「そう、ですか。」
雪音は右手で自分の左腕を強く掴んだ。そんな言葉、信じられない。そこの見えない不安に引き摺り込まれる感覚。そんな雪音に虎は言う。
「雪音、俺はお前をかってるぞ。ボロボロだった、誰かが引っ張らなきゃ動けなかったお前が、人を教えて上に立って組織で一番仕事ができる人間になった。誰にでもできることじゃねぇ。お前が後任だから俺は安心して辞められる。」
「なんで・・・どうして私なんですか。あなたは私が所属した時からずっと私を持ち上げてきた。あなたが押したからここまで私は登ってきたんです。」
雪音の怒りや不安で震える声が虎の鼓膜を震わす。
「俺のすぐ後ろについて欲しかったからだよ。紅雷にお前の話を聞いた時から、俺の後任はお前だって決めていた。だから実力以上の任務を回して扱きまくった。それでもお前は平然とついてきた。」
虎は雪音の頭を撫でる。
「悪いな。俺のせいだ。けど俺は満足している。」
雪音の顔を上げさせる。その目は赤くなっていた。どんな状況でも冷静で、感情など微塵も見せない雪音が、涙を、声を、堪えていた。虎は心底愛おしいと思った。
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