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戦い方3
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長澤が現場に着いた時、ちょうど雪音が用心棒の一人を殴り、社長を人質にとるところだった。
本部で見た雪音の様子からは窺えないほどの俊敏な動きだった。
10m以上離れたところで、長澤は雪音の様子を見ていた。会話の内容は聞こえないが、用心棒を殺しにかかったあたり、交渉は成立しなかったようだ。
雪音は自分のことを頭脳派と称していたし、長澤と共に任務に行っても、戦闘は長澤に任せ、雪音は後方支援をしているのみだった。
雪音は目標の男を撃ったあと、社ビルに入っていった。雪音に気づかれないように跡を追う。
社ビルはビルといっても3階建ての小さなビルだ。一階入ってすぐにオフィスがある、中小企業のなかでも特に小さい会社の形である。雪音は長澤が追いついた頃には一階の殲滅を終えていた。音も立てず、誰一人声を上げるまもなく、雪音に手をかけられていたのだ。
「…なんでここにいるんですか?」
二階にいるであろう雪音を追おうとして階段を上りかけたとき、振り向くとそこに雪音がいた。返り血一つ浴びず、涼しい顔をしている。
「すみません!」
長澤は瞬時に頭を下げた。雪音の目を見られなかったのだ。
「質問に答えてください。」
温度のない声に、歳上の長澤はビビり上がってしまった。
「支援が必要と、判断しました。」
「私の体調を気遣ってですか。」
「はい。」
「必要ない、と伝えました。今すぐ帰って、自身の仕事をしてください。あなたは同じ地位ですが、まだ私の監督下です。」
「申し訳ありませんでした。」
雪音は長澤の横を通り抜け、階段を登って行った。たまに見かける、暑そうなロングコートを身に纏っている。長澤は雪音の気配が消えて、ようやく顔をあげた。
「おっそろしいな…。」
見渡す限り、20名ほどの尸は誰一人息をしていない。まともな闘争の跡もない。どんな戦い方をしているのか、とても気になった。が、あの雰囲気でここに残れるほど、長澤も図太くはない。
その頃、雪音は2階にいた。一階は非戦闘員がほとんどで全く手間を取らなかったが、二階はいかにもな人間が30名ほど、雪音を待ち構えていた。一階の状況はほとんどわかっているはずだ。仲間を助けずにここで雪音を待ち構えたのは、何か考えがあるからだろう。
「なんだ、どんないかついのがくるかと思えば、こんな嬢ちゃん一人かい?」
目の前の男がナイフをちらつかせながら嗤う。
「ここはさっきとは違うぞ?さっきが天国ならここは地獄さ。」
「社長に報告するまでもねぇな。」
口々に言いたい放題の男たち。下品な笑い声。雪音は心底嫌悪感を覚えた。
「社長…?」
雪音はコートのポケットに手を突っ込んで尋ねる。
「あぁ。嬢ちゃんが来るちょっと前に帰っちまった。社長が目的なら遅かったなぁ。」
「カメラは?」
「あ?」
「ベンツのおじさんなら、もう会った。」
「おいっ…」
雪音は目の前の男が視線を外した瞬間に、ナイフを逆手に握り首元に飛び込んだ。
「ジョーとサリーが付いてただろ!」
「社長に電話しろ!」
「だめだ、3人ともつながっ…」
スマホを握っている男の目を斬りつける。後ろから伸び来る腕に銃口を向ける。
ほんの1分。半数以上が息絶えていた。
「つえぇな、あんた。どこのモンだ。」
遠巻きに眺めていた男が口を開いた。
「…心当たりがあるでしょう。」
「あ?…あー、あれか。あんた、あんなところに所属してんのか。」
男が呑気に首をかきながら尋ねる。雪音は目の前に飛びかかってくる3人を同時に相手していた。
「それが?」
ナイフを一人の首に突き刺し、コートから投剣を二本取り出し、二人の男の心臓部に打ち込む。
「もったいねーなー。俺だったら気が狂っちまう。」
「ここよりはマシだと思うけど。」
雪音は息つく間もなく、次々と男たちを片付けて行った。
「そうかねー。いい噂聞かねーけどな。」
「崩壊寸前の組織に言われても。」
遠巻きにいる男を除き、全員が倒れた。
「寸前?崩壊してるだろ。」
「スマホの用事、済んだ?」
「あんた、ほんと恐ろしいな。」
雪音は善人の行動を把握していた。この男が時間を稼ぎながら、外と連絡を取ろうとしていたことは知っている。
「ジャマーのおかげで何にもできなかったぜ。」
雪音はネットワークを傍受できなかったため、コートには電波妨害機(ジャマー)を装着していた。
「有線もあんたが大元ブチ切ってくれたから役立たずだ。」
雪音は今までの男たちと目の前の男の実力は雲泥の差であることを感じ取っていた。慎重に間合いを詰めていく。
「こんな美女とサシでやりあえるなんて光栄だな。」
「…。」
「こんな血生臭いとこよりベッドが良くないか?」
「ベッドよりここが好き。」
「残念だ。想像以上にクレイジーな女の子だね。」
「…。」
雪音は自分の間合いまで狭めたところで立ち止まる。ここからは駆け引きだ。男は手にスマホを持っているだけだが、油断ができない。考えうる可能性全てを考慮して自分の動きを決める。
「あんた、あと何隠してるんだ?」
「…。」
「そのコート、何キロあるんだ?」
「…。」
「あんたの戦い方、暗器だよな。でもまだ武器が4つしか出ていない。」
「…暗器、とまではいかない。コート着てる時点で隠せてないから。あなたは、そのスマホで戦うの?」
「うん、まぁそうだな。」
「まずはジャマー壊して、起爆スイッチでここを吹き飛ばす。ってとこか。」
雪音は有力な可能性を口にする。心理戦だ。男の表情行動全てから、それの真偽を探る。
男の表情が固まった。さっきまでヘラヘラしていたのに、雰囲気が一気に引き締まる。雪音は緊張…否、興奮した。
「あんた、いくつだ。何年この世界にいる。」
雪音は口角をあげた。
「あなたより若くて、あなたより短い。おしゃべりは終わりでいい?」
雪音の言葉が終わる前に、男は懐からナイフを取り出し、雪音に急接近した。雪音はそれをギリギリで避ける。雪音は血が逆流するような、体温が一気に上昇するような感覚に脳裏が痺れた。
男は戦慄した。女の微笑みが、何よりも恐ろしく見えるのだ。凍てつくナイフを首に突きつけられたような、すでに銃口が心臓を捉えているような錯覚に陥る。
先手必勝に賭けたが、あえなく失敗した。雪音が繰り出してくる逆手握りのナイフをひたすら避ける守備戦に入ってしまった。空いている右手からの攻撃も警戒しなければならない。
わざとテーブルにぶつかり、間合いをとることに成功した。どうにかここで攻撃に入りたい。雪音にダメージが当てられなくてもジャマーさえ破壊できれば後は勝手にこのビルが吹き飛ぶ。
「左利きか?」
雪音の表情を見ながら尋ねる。微笑みを浮かべたまま全く動かない。
雪音の癖を見切れれば、と男は考えた。間合いを詰めながら雪音の全身に注意を向ける。あれほどの人数を相手して、誰も雪音を傷つけていないという事実が突きつけられるだけだった。
無言でじりじりと間合いを詰めていた。男は雪音がどちらから踏み出してくるか警戒していた。
その警戒が裏目に出た。
雪音はポケットから小さな薬瓶を取り出し、そのまま男に向かって投げた。
男が一歩引いたときには遅い。
頭からわずか10mlの劇薬を浴びた男は声を上げる前に、雪音に撃たれ、この戦いは幕を閉じた。
本部で見た雪音の様子からは窺えないほどの俊敏な動きだった。
10m以上離れたところで、長澤は雪音の様子を見ていた。会話の内容は聞こえないが、用心棒を殺しにかかったあたり、交渉は成立しなかったようだ。
雪音は自分のことを頭脳派と称していたし、長澤と共に任務に行っても、戦闘は長澤に任せ、雪音は後方支援をしているのみだった。
雪音は目標の男を撃ったあと、社ビルに入っていった。雪音に気づかれないように跡を追う。
社ビルはビルといっても3階建ての小さなビルだ。一階入ってすぐにオフィスがある、中小企業のなかでも特に小さい会社の形である。雪音は長澤が追いついた頃には一階の殲滅を終えていた。音も立てず、誰一人声を上げるまもなく、雪音に手をかけられていたのだ。
「…なんでここにいるんですか?」
二階にいるであろう雪音を追おうとして階段を上りかけたとき、振り向くとそこに雪音がいた。返り血一つ浴びず、涼しい顔をしている。
「すみません!」
長澤は瞬時に頭を下げた。雪音の目を見られなかったのだ。
「質問に答えてください。」
温度のない声に、歳上の長澤はビビり上がってしまった。
「支援が必要と、判断しました。」
「私の体調を気遣ってですか。」
「はい。」
「必要ない、と伝えました。今すぐ帰って、自身の仕事をしてください。あなたは同じ地位ですが、まだ私の監督下です。」
「申し訳ありませんでした。」
雪音は長澤の横を通り抜け、階段を登って行った。たまに見かける、暑そうなロングコートを身に纏っている。長澤は雪音の気配が消えて、ようやく顔をあげた。
「おっそろしいな…。」
見渡す限り、20名ほどの尸は誰一人息をしていない。まともな闘争の跡もない。どんな戦い方をしているのか、とても気になった。が、あの雰囲気でここに残れるほど、長澤も図太くはない。
その頃、雪音は2階にいた。一階は非戦闘員がほとんどで全く手間を取らなかったが、二階はいかにもな人間が30名ほど、雪音を待ち構えていた。一階の状況はほとんどわかっているはずだ。仲間を助けずにここで雪音を待ち構えたのは、何か考えがあるからだろう。
「なんだ、どんないかついのがくるかと思えば、こんな嬢ちゃん一人かい?」
目の前の男がナイフをちらつかせながら嗤う。
「ここはさっきとは違うぞ?さっきが天国ならここは地獄さ。」
「社長に報告するまでもねぇな。」
口々に言いたい放題の男たち。下品な笑い声。雪音は心底嫌悪感を覚えた。
「社長…?」
雪音はコートのポケットに手を突っ込んで尋ねる。
「あぁ。嬢ちゃんが来るちょっと前に帰っちまった。社長が目的なら遅かったなぁ。」
「カメラは?」
「あ?」
「ベンツのおじさんなら、もう会った。」
「おいっ…」
雪音は目の前の男が視線を外した瞬間に、ナイフを逆手に握り首元に飛び込んだ。
「ジョーとサリーが付いてただろ!」
「社長に電話しろ!」
「だめだ、3人ともつながっ…」
スマホを握っている男の目を斬りつける。後ろから伸び来る腕に銃口を向ける。
ほんの1分。半数以上が息絶えていた。
「つえぇな、あんた。どこのモンだ。」
遠巻きに眺めていた男が口を開いた。
「…心当たりがあるでしょう。」
「あ?…あー、あれか。あんた、あんなところに所属してんのか。」
男が呑気に首をかきながら尋ねる。雪音は目の前に飛びかかってくる3人を同時に相手していた。
「それが?」
ナイフを一人の首に突き刺し、コートから投剣を二本取り出し、二人の男の心臓部に打ち込む。
「もったいねーなー。俺だったら気が狂っちまう。」
「ここよりはマシだと思うけど。」
雪音は息つく間もなく、次々と男たちを片付けて行った。
「そうかねー。いい噂聞かねーけどな。」
「崩壊寸前の組織に言われても。」
遠巻きにいる男を除き、全員が倒れた。
「寸前?崩壊してるだろ。」
「スマホの用事、済んだ?」
「あんた、ほんと恐ろしいな。」
雪音は善人の行動を把握していた。この男が時間を稼ぎながら、外と連絡を取ろうとしていたことは知っている。
「ジャマーのおかげで何にもできなかったぜ。」
雪音はネットワークを傍受できなかったため、コートには電波妨害機(ジャマー)を装着していた。
「有線もあんたが大元ブチ切ってくれたから役立たずだ。」
雪音は今までの男たちと目の前の男の実力は雲泥の差であることを感じ取っていた。慎重に間合いを詰めていく。
「こんな美女とサシでやりあえるなんて光栄だな。」
「…。」
「こんな血生臭いとこよりベッドが良くないか?」
「ベッドよりここが好き。」
「残念だ。想像以上にクレイジーな女の子だね。」
「…。」
雪音は自分の間合いまで狭めたところで立ち止まる。ここからは駆け引きだ。男は手にスマホを持っているだけだが、油断ができない。考えうる可能性全てを考慮して自分の動きを決める。
「あんた、あと何隠してるんだ?」
「…。」
「そのコート、何キロあるんだ?」
「…。」
「あんたの戦い方、暗器だよな。でもまだ武器が4つしか出ていない。」
「…暗器、とまではいかない。コート着てる時点で隠せてないから。あなたは、そのスマホで戦うの?」
「うん、まぁそうだな。」
「まずはジャマー壊して、起爆スイッチでここを吹き飛ばす。ってとこか。」
雪音は有力な可能性を口にする。心理戦だ。男の表情行動全てから、それの真偽を探る。
男の表情が固まった。さっきまでヘラヘラしていたのに、雰囲気が一気に引き締まる。雪音は緊張…否、興奮した。
「あんた、いくつだ。何年この世界にいる。」
雪音は口角をあげた。
「あなたより若くて、あなたより短い。おしゃべりは終わりでいい?」
雪音の言葉が終わる前に、男は懐からナイフを取り出し、雪音に急接近した。雪音はそれをギリギリで避ける。雪音は血が逆流するような、体温が一気に上昇するような感覚に脳裏が痺れた。
男は戦慄した。女の微笑みが、何よりも恐ろしく見えるのだ。凍てつくナイフを首に突きつけられたような、すでに銃口が心臓を捉えているような錯覚に陥る。
先手必勝に賭けたが、あえなく失敗した。雪音が繰り出してくる逆手握りのナイフをひたすら避ける守備戦に入ってしまった。空いている右手からの攻撃も警戒しなければならない。
わざとテーブルにぶつかり、間合いをとることに成功した。どうにかここで攻撃に入りたい。雪音にダメージが当てられなくてもジャマーさえ破壊できれば後は勝手にこのビルが吹き飛ぶ。
「左利きか?」
雪音の表情を見ながら尋ねる。微笑みを浮かべたまま全く動かない。
雪音の癖を見切れれば、と男は考えた。間合いを詰めながら雪音の全身に注意を向ける。あれほどの人数を相手して、誰も雪音を傷つけていないという事実が突きつけられるだけだった。
無言でじりじりと間合いを詰めていた。男は雪音がどちらから踏み出してくるか警戒していた。
その警戒が裏目に出た。
雪音はポケットから小さな薬瓶を取り出し、そのまま男に向かって投げた。
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