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二章
49.イーグルに入るわけでもない者に
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「イーグルに入るわけでもない者に、イーグルの秘術を教えたと?」
「教えたっていうか、書庫の奥に放置されていたのをオリバーが解読したんだよ」
「あれは暗号だよね。今読んでも理解できる気がさっぱりしないもの」
王都に帰ったら医学書をもっと読み込もう。医者に教えを乞うのもいいかも知れない。そうすれば医者に任せて部屋の外で待つなんて、身を切られるような思いをしなくてもいい。
医者とはいえ私以外の男性がスカーレットに触れることを許す必要もなくなる。私がスカーレットの診察をして治療をすれば……スカーレットの診察?
「ならば私にもその秘術とやらを試してはもらえないだろうか? どれほどのものか興味がある」
「兄者!?」
ゴッシュ殿の焦った声が聞こえる。イーサン殿とユージーン殿も何か言っている気がする。
そんなことよりスカーレットの診察!? 私があの白い肌を……?
「さあ」
いけない。紳士たるもの、こんな品のないことを考えては。スカーレットは今苦しんでいるのだ。それなのに医者にまで嫉妬し、あまつさえ淫らな欲望を抱くなんて。私はなんて醜悪な男なのだろうか。
「兄者あーっ!?」
「ジョッシュ兄さん!?」
「オリバー!? ギブギブ!」
駄目だ。こんな汚い人間だなんて知られたら、スカーレットに嫌われてしまう。それだけは……!
「オリバーっ!」
「……どうかしましたか?」
左右の耳からイーサン殿とユージーン殿が同時に私の名前を叫んだ。お蔭で醜い思考の沼から這い出せたけれど、耳鳴りがする。
「どうしたじゃないよ!」
「ジョッシュ兄さんを解放して!」
「ジョッシュ殿ですか? 何の話を……」
足の裏に違和感を覚えて下を向くと、なぜかジョッシュ殿が私の足の下にいた。いったい何をしているのだろうか? そういう趣味なのだろうか?
「……ジョッシュ殿? 淑女のヒールで踏まれることを喜ぶ紳士がいると聞きましたが、そういう御趣味で?」
「なんでそうなるのさ?」
「オリバーが秘術でジョッシュ兄さんを地面に這いつくばらせて踏みつけたんじゃないか」
「私が?」
記憶を手繰ってみるが憶えていない。記憶力はいいほうだと自負していたのだが、自惚れだったのかもしれない。
「嘘ん」
「無意識?」
なぜかイーグル一族の四人から距離を置かれ、得体の知れないものでも見るかのような何とも言えない眼差しを送られてしまった。失礼な方々だ。
「オリバー!? 大丈夫!?」
冷たい目に晒されていると、扉が開いてスカーレットが飛び出して来た。いつも通りの白い肌に戻っている。表情も元気そうだ。
「私は何もされていないよ。スカーレットこそ、体調はもういいのかい?」
どうやらイーサン殿たちの騒ぎ声を聞き、心配して出てきたらしい。
弱っている彼女が休んでいるのに部屋の前で騒ぐ者たちを止め忘れるとは、動揺していたとはいえ我ながら情けない。
「私は平気よ? ジョッシュ兄さんに蹴られたところだって、もう痛くないもの」
「……そう。ジョッシュ殿に蹴られたんだ」
イーグル一族にとっては挨拶みたいなものだと理解はしている。しかし私の可愛い婚約者を蹴ったと聞いて、何も思わないはずがないだろう。
反射的に冷えた眼差しをジョッシュ殿に向けてしまう。
眉をひそめて警戒されたが、彼からしてみれば私など、いつでも握り潰せる羽虫程度でしかないだろうに。
「お嬢様、廊下に待たせているものではありません。中へお招きなさいませ」
「そうね。オリバー、入って」
「ありがとう」
リンジーさんの勧めでスカーレットの部屋に入ろうとしたところ、ジョッシュ殿から待ったが掛かった。
「応接室で話しましょう。こちらへ」
言って早々に歩き出すジョッシュ殿に、ゴッシュ殿とイーサン殿たちが追従する。
「スカーレット、歩けるかい? 運んだほうが良ければ遠慮なく言って?」
「だ、大丈夫よ。さっきだってちゃんと歩けたのよ?」
「そうは見えなかった。無理はしないで」
「そ、それは、だって、お、オリバーが……」
「私が?」
スカーレットをエスコートしてイーサン殿たちの後ろを歩きながら、彼女の体調を確認する。
弱音を吐かない彼女はすぐに無理をしてしまう。声や表情、しぐさなどから、異変を見逃さないようにしなくては。
「か、かかか、か、」
「か?」
私から顔を逸らした彼女は、まともに言葉を紡ぐこともできずにいる。
やはりどこか痛めているのだろう。意識を失っていたことを踏まえれば、頭部に損傷があるのかもしれない。
「スカーレット、やっぱり部屋に戻って休んでいたほうが」
「格好良かったんだもん!」
叫んだ直後、スカーレットが真っ赤に染まった。顔だけでなく耳や首まで真っ赤だ。
足を止めて俯いてしまった彼女に合わせて、私も足を止める。
「えっと、スカーレット?」
今、なんて言った? 格好いい? 誰が? 私が……? それであんなに真っ赤に染まって、私の首筋にしがみ付いたまま動けなくなっていたと? 私の婚約者は可愛すぎやしないか?
私の顔まで熱を持ってしまって、隠すように空いているほうの手で口元を覆ってしまう。
「教えたっていうか、書庫の奥に放置されていたのをオリバーが解読したんだよ」
「あれは暗号だよね。今読んでも理解できる気がさっぱりしないもの」
王都に帰ったら医学書をもっと読み込もう。医者に教えを乞うのもいいかも知れない。そうすれば医者に任せて部屋の外で待つなんて、身を切られるような思いをしなくてもいい。
医者とはいえ私以外の男性がスカーレットに触れることを許す必要もなくなる。私がスカーレットの診察をして治療をすれば……スカーレットの診察?
「ならば私にもその秘術とやらを試してはもらえないだろうか? どれほどのものか興味がある」
「兄者!?」
ゴッシュ殿の焦った声が聞こえる。イーサン殿とユージーン殿も何か言っている気がする。
そんなことよりスカーレットの診察!? 私があの白い肌を……?
「さあ」
いけない。紳士たるもの、こんな品のないことを考えては。スカーレットは今苦しんでいるのだ。それなのに医者にまで嫉妬し、あまつさえ淫らな欲望を抱くなんて。私はなんて醜悪な男なのだろうか。
「兄者あーっ!?」
「ジョッシュ兄さん!?」
「オリバー!? ギブギブ!」
駄目だ。こんな汚い人間だなんて知られたら、スカーレットに嫌われてしまう。それだけは……!
「オリバーっ!」
「……どうかしましたか?」
左右の耳からイーサン殿とユージーン殿が同時に私の名前を叫んだ。お蔭で醜い思考の沼から這い出せたけれど、耳鳴りがする。
「どうしたじゃないよ!」
「ジョッシュ兄さんを解放して!」
「ジョッシュ殿ですか? 何の話を……」
足の裏に違和感を覚えて下を向くと、なぜかジョッシュ殿が私の足の下にいた。いったい何をしているのだろうか? そういう趣味なのだろうか?
「……ジョッシュ殿? 淑女のヒールで踏まれることを喜ぶ紳士がいると聞きましたが、そういう御趣味で?」
「なんでそうなるのさ?」
「オリバーが秘術でジョッシュ兄さんを地面に這いつくばらせて踏みつけたんじゃないか」
「私が?」
記憶を手繰ってみるが憶えていない。記憶力はいいほうだと自負していたのだが、自惚れだったのかもしれない。
「嘘ん」
「無意識?」
なぜかイーグル一族の四人から距離を置かれ、得体の知れないものでも見るかのような何とも言えない眼差しを送られてしまった。失礼な方々だ。
「オリバー!? 大丈夫!?」
冷たい目に晒されていると、扉が開いてスカーレットが飛び出して来た。いつも通りの白い肌に戻っている。表情も元気そうだ。
「私は何もされていないよ。スカーレットこそ、体調はもういいのかい?」
どうやらイーサン殿たちの騒ぎ声を聞き、心配して出てきたらしい。
弱っている彼女が休んでいるのに部屋の前で騒ぐ者たちを止め忘れるとは、動揺していたとはいえ我ながら情けない。
「私は平気よ? ジョッシュ兄さんに蹴られたところだって、もう痛くないもの」
「……そう。ジョッシュ殿に蹴られたんだ」
イーグル一族にとっては挨拶みたいなものだと理解はしている。しかし私の可愛い婚約者を蹴ったと聞いて、何も思わないはずがないだろう。
反射的に冷えた眼差しをジョッシュ殿に向けてしまう。
眉をひそめて警戒されたが、彼からしてみれば私など、いつでも握り潰せる羽虫程度でしかないだろうに。
「お嬢様、廊下に待たせているものではありません。中へお招きなさいませ」
「そうね。オリバー、入って」
「ありがとう」
リンジーさんの勧めでスカーレットの部屋に入ろうとしたところ、ジョッシュ殿から待ったが掛かった。
「応接室で話しましょう。こちらへ」
言って早々に歩き出すジョッシュ殿に、ゴッシュ殿とイーサン殿たちが追従する。
「スカーレット、歩けるかい? 運んだほうが良ければ遠慮なく言って?」
「だ、大丈夫よ。さっきだってちゃんと歩けたのよ?」
「そうは見えなかった。無理はしないで」
「そ、それは、だって、お、オリバーが……」
「私が?」
スカーレットをエスコートしてイーサン殿たちの後ろを歩きながら、彼女の体調を確認する。
弱音を吐かない彼女はすぐに無理をしてしまう。声や表情、しぐさなどから、異変を見逃さないようにしなくては。
「か、かかか、か、」
「か?」
私から顔を逸らした彼女は、まともに言葉を紡ぐこともできずにいる。
やはりどこか痛めているのだろう。意識を失っていたことを踏まえれば、頭部に損傷があるのかもしれない。
「スカーレット、やっぱり部屋に戻って休んでいたほうが」
「格好良かったんだもん!」
叫んだ直後、スカーレットが真っ赤に染まった。顔だけでなく耳や首まで真っ赤だ。
足を止めて俯いてしまった彼女に合わせて、私も足を止める。
「えっと、スカーレット?」
今、なんて言った? 格好いい? 誰が? 私が……? それであんなに真っ赤に染まって、私の首筋にしがみ付いたまま動けなくなっていたと? 私の婚約者は可愛すぎやしないか?
私の顔まで熱を持ってしまって、隠すように空いているほうの手で口元を覆ってしまう。
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