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ドューワ国編
115.押し付けるという手が
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「二度と樹人の杖を持とうなんて考えません」
ミレイはそう宣言した。
「うん、それはお願いしたいね。ついでに他の冒険者たちにも、樹人を無闇に刈らないように言っといてよ」
「はいっ、分かりました! ギルドに戻ったら、必ず言っておきます」
「うん、よろしくね」
「「「はいっ!」」」
少女たちはノムルの言葉に、はきはきと答える。まるで体育会系のノリだと、雪乃は思った。
考えてみれば、冒険者は体育会系で間違いないだろう。ならばこの流れは自然なことかと、雪乃は遠くに羽ばたきかけた意識を戻した。
しかし凄い魔法使いなんだろうとは思っていたが、正体が分かった途端に、それまでの態度が一変し、土下座をして許しを請うという状況は如何なものなのだろう?
まるで身分を隠して遊んでいた王様や、殿様のようだ。いや、魔王か。
「はっ! ノムルさんに押し付けるという手が……。いや、それは本当にしゃれにならなくなりそうなので、止めておきましょう」
未だに天から送られてくる、魔王への進化を勧めるメッセージ・カード。断わるための作戦が浮かんだが、一瞬で霧散させた。
すでに魔王として君臨していても不思議ではないノムルである。正式な(?)魔王に進化させてしまったら、確実にこの世界は彼の手中に収まってしまうだろう。
勇者が何人現れようと、勝てそうにない。
ちらりと様子をうかがえば、最後のウィーローを齧っている。
「っ?!」
真っ黒なそれに、雪乃は瞠目した。
「の、ノムルさん。それはいったい、何で色付けされているのでしょう?」
「さあ? クラーケンの墨じゃない? もちもちで甘くて美味しいよー」
クラーケンは海に棲む巨大な魔物だ。巨大なイカのような生き物とされているが、雪乃はまだ見たことがなかった。
きらきらと輝かせた葉を、ノムルに向ける。
しかし少女たちは、そんな危険な魔物の墨をおやつにできるのかと、改めてノムルに畏怖を感じて縮み上がった。
ちなみにウィーローに使われているのは、植物性の素材ばかりであり、イカ墨は使われていなかったりする。
最後の一欠片を口に放り込み、もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、ノムルは腰掛けていた倒木から立ち上がった。
「じゃあ、改めて樹人を探しにいこうか?」
「「「え?」」」
ノムルの言葉に、少女達は絶句した。
あれだけ樹人を刈ることに対して嫌悪感を示していたのに、どういうことか。
「ほら、案内して」
「あ、はい! こちらです」
疑問が頭の中で渦を巻くが、それを口にする勇気は、すでに少女たちの中には無かった。
ちらりと視線を後ろに向ければ、闇の道化師と幼い弟子が仲良く歩いている。
考えてみれば、闇の道化師と対等に接している、あのユキノという子供は、一体何者なのか?
つい先ほどまで愛らしく見えていたはずなのに、今では戦慄さえ覚えていた。
自然と深い溜め息が口から漏れ出てくる。
「ねえ、これ、本当に案内してもいいのよね?」
「案内しないという選択肢があったのかい?」
「……ないわね」
「「「はあー」」」
三人は肩を落とす。何度も落としすぎて、そのうち無くなりそうだと思いながらも、緊張する足を前へと進めていった。
そんな少女たちの後ろを歩きながら、雪乃は顔を上向ける。
「どうしたの?」
すぐに気付いたノムルは、視線を下げた。
普段と変わらぬように振舞っているノムルだが、覇気が無い。まるで苦しみや悲しみといった感情を、必死に押さえ込もうとしているようだ。
雪乃はそっと、ノムルの手を握った。
枝の中で太い指がぴくりと動き、それから優しく枝を包んでくれた。
「ノムルさん」
「なーにい?」
「見るだけですから」
雪乃の言葉に、ノムルは息を飲む。
「私はこの森に棲むつもりはありません。まだまだ揃えていない薬草がたくさんあるんですから。ノムルさんとの約束だって、果たしていません」
枝を包んでいた手が、ぎゅっと締まる。
グレーム森林に入ってから、ノムルは常に何かを警戒していた。雪乃は危険な魔物が棲んでいるのだと推測していたが、違ったようだ。
ノムルが警戒していたのは、樹人。
彼はこの森に樹人が棲んでいると知っていたのだろう。その存在に気付けば、雪乃が群に帰ってしまうと危惧していたのかもしれない。
けれど、と、雪乃は思い至って足を止めた。
野生動物の中には、雛に違う生き物の臭いが付くと、子育てを放棄するものも多い。それどころか、殺される場合もある。
いや、雪乃の場合は別の群で生まれた子供だ。雄は自分の子孫を残すために、自分以外の遺伝子を持つ子供を殺してしまうということも、野生では珍しくない。
雪乃はさっと全身が冷えた。
「ノムルさん。一つ、確認したいのですが」
「何?」
「群を離れた樹人の子供が、他の群の樹人と対面した場合、襲われるなんてことは……」
「……」
二人の間に、沈黙が走る。
足を止めている二人にあわせるように、少女たちも足を止めた。振り返り、怪訝な表情で二人を見つめている。
「えーっと、そうなの?」
「いえ、知らないので聞いたのですが」
ノムルと雪乃は、無言で顔を見合わせる。
雪乃の葉がしっとりと露に濡れ、ノムルの額に光る雫が現れる。
どちらからともなく、にっこり微笑んだ。
「引き返そうか?」
「君子危きに近寄らずと申します」
しっかりと頷きあった二人は、踵を返す。
「「「え?」」」
困惑したのは、案内役を命じられた少女たちだ。目で会話をし、誰が尋ねるか互いに押し付けあう。
「あ、あの、ノムル様?」
負けたのはラームだった。
高身長で一番しっかりしているように見えるが、根が優しいため押しが弱いのだ。
「あー、気が変わったから、帰るや。君らも好きにして良いよー」
闇の道化師は背中越しにひらひらと手を振って、何事もなかったかのように去って行く。
隣を歩く子供は、何度も申し訳なさそうに頭を下げているが。
「……。二つ名の意味が分かった気がする」
「私も」
「マイペース過ぎでしょう?」
「「「はぁー」」」
振り回された少女たちは、大きな溜め息を吐き出し、ぐったりと項垂れた。
「帰りましょうか」
「ええ、疲れたわ」
「早く寝台で休みたい」
三人の意見は一致した。
ミレイはそう宣言した。
「うん、それはお願いしたいね。ついでに他の冒険者たちにも、樹人を無闇に刈らないように言っといてよ」
「はいっ、分かりました! ギルドに戻ったら、必ず言っておきます」
「うん、よろしくね」
「「「はいっ!」」」
少女たちはノムルの言葉に、はきはきと答える。まるで体育会系のノリだと、雪乃は思った。
考えてみれば、冒険者は体育会系で間違いないだろう。ならばこの流れは自然なことかと、雪乃は遠くに羽ばたきかけた意識を戻した。
しかし凄い魔法使いなんだろうとは思っていたが、正体が分かった途端に、それまでの態度が一変し、土下座をして許しを請うという状況は如何なものなのだろう?
まるで身分を隠して遊んでいた王様や、殿様のようだ。いや、魔王か。
「はっ! ノムルさんに押し付けるという手が……。いや、それは本当にしゃれにならなくなりそうなので、止めておきましょう」
未だに天から送られてくる、魔王への進化を勧めるメッセージ・カード。断わるための作戦が浮かんだが、一瞬で霧散させた。
すでに魔王として君臨していても不思議ではないノムルである。正式な(?)魔王に進化させてしまったら、確実にこの世界は彼の手中に収まってしまうだろう。
勇者が何人現れようと、勝てそうにない。
ちらりと様子をうかがえば、最後のウィーローを齧っている。
「っ?!」
真っ黒なそれに、雪乃は瞠目した。
「の、ノムルさん。それはいったい、何で色付けされているのでしょう?」
「さあ? クラーケンの墨じゃない? もちもちで甘くて美味しいよー」
クラーケンは海に棲む巨大な魔物だ。巨大なイカのような生き物とされているが、雪乃はまだ見たことがなかった。
きらきらと輝かせた葉を、ノムルに向ける。
しかし少女たちは、そんな危険な魔物の墨をおやつにできるのかと、改めてノムルに畏怖を感じて縮み上がった。
ちなみにウィーローに使われているのは、植物性の素材ばかりであり、イカ墨は使われていなかったりする。
最後の一欠片を口に放り込み、もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、ノムルは腰掛けていた倒木から立ち上がった。
「じゃあ、改めて樹人を探しにいこうか?」
「「「え?」」」
ノムルの言葉に、少女達は絶句した。
あれだけ樹人を刈ることに対して嫌悪感を示していたのに、どういうことか。
「ほら、案内して」
「あ、はい! こちらです」
疑問が頭の中で渦を巻くが、それを口にする勇気は、すでに少女たちの中には無かった。
ちらりと視線を後ろに向ければ、闇の道化師と幼い弟子が仲良く歩いている。
考えてみれば、闇の道化師と対等に接している、あのユキノという子供は、一体何者なのか?
つい先ほどまで愛らしく見えていたはずなのに、今では戦慄さえ覚えていた。
自然と深い溜め息が口から漏れ出てくる。
「ねえ、これ、本当に案内してもいいのよね?」
「案内しないという選択肢があったのかい?」
「……ないわね」
「「「はあー」」」
三人は肩を落とす。何度も落としすぎて、そのうち無くなりそうだと思いながらも、緊張する足を前へと進めていった。
そんな少女たちの後ろを歩きながら、雪乃は顔を上向ける。
「どうしたの?」
すぐに気付いたノムルは、視線を下げた。
普段と変わらぬように振舞っているノムルだが、覇気が無い。まるで苦しみや悲しみといった感情を、必死に押さえ込もうとしているようだ。
雪乃はそっと、ノムルの手を握った。
枝の中で太い指がぴくりと動き、それから優しく枝を包んでくれた。
「ノムルさん」
「なーにい?」
「見るだけですから」
雪乃の言葉に、ノムルは息を飲む。
「私はこの森に棲むつもりはありません。まだまだ揃えていない薬草がたくさんあるんですから。ノムルさんとの約束だって、果たしていません」
枝を包んでいた手が、ぎゅっと締まる。
グレーム森林に入ってから、ノムルは常に何かを警戒していた。雪乃は危険な魔物が棲んでいるのだと推測していたが、違ったようだ。
ノムルが警戒していたのは、樹人。
彼はこの森に樹人が棲んでいると知っていたのだろう。その存在に気付けば、雪乃が群に帰ってしまうと危惧していたのかもしれない。
けれど、と、雪乃は思い至って足を止めた。
野生動物の中には、雛に違う生き物の臭いが付くと、子育てを放棄するものも多い。それどころか、殺される場合もある。
いや、雪乃の場合は別の群で生まれた子供だ。雄は自分の子孫を残すために、自分以外の遺伝子を持つ子供を殺してしまうということも、野生では珍しくない。
雪乃はさっと全身が冷えた。
「ノムルさん。一つ、確認したいのですが」
「何?」
「群を離れた樹人の子供が、他の群の樹人と対面した場合、襲われるなんてことは……」
「……」
二人の間に、沈黙が走る。
足を止めている二人にあわせるように、少女たちも足を止めた。振り返り、怪訝な表情で二人を見つめている。
「えーっと、そうなの?」
「いえ、知らないので聞いたのですが」
ノムルと雪乃は、無言で顔を見合わせる。
雪乃の葉がしっとりと露に濡れ、ノムルの額に光る雫が現れる。
どちらからともなく、にっこり微笑んだ。
「引き返そうか?」
「君子危きに近寄らずと申します」
しっかりと頷きあった二人は、踵を返す。
「「「え?」」」
困惑したのは、案内役を命じられた少女たちだ。目で会話をし、誰が尋ねるか互いに押し付けあう。
「あ、あの、ノムル様?」
負けたのはラームだった。
高身長で一番しっかりしているように見えるが、根が優しいため押しが弱いのだ。
「あー、気が変わったから、帰るや。君らも好きにして良いよー」
闇の道化師は背中越しにひらひらと手を振って、何事もなかったかのように去って行く。
隣を歩く子供は、何度も申し訳なさそうに頭を下げているが。
「……。二つ名の意味が分かった気がする」
「私も」
「マイペース過ぎでしょう?」
「「「はぁー」」」
振り回された少女たちは、大きな溜め息を吐き出し、ぐったりと項垂れた。
「帰りましょうか」
「ええ、疲れたわ」
「早く寝台で休みたい」
三人の意見は一致した。
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