『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ドューワ国編

125.幻の蝶々を心の中で追いかける

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「あの、ノムルさんのことは気にせずに、お話を進めてください。気にしていたら進みませんから」

 停戦協定を持ち出した子供に、内心で安堵の息を吐いた一同だったが、すぐに緊張を再び強いられる。ノムル・クラウの反論によって。

「ちょっとユキノちゃん?! その言い方はひどくない?!」

 しかしその反論は、あっさりと切り捨てられる。

「ひどくありません。大体、今日のドットさんの説明だって、聞かずに寝ていたじゃないですか? ネーデルでも、お茶とカンヨーに夢中でしたよね?」
「いや、聞いてたよ? そもそも目と耳は別だからね? 見てなくても聞こえてるよ?」
「理屈は正しいですが、眠っていましたよね? そして憶えていませんでしたよね?」
「……」

 ノムル・クラウは敗北した。小さな子供によって。
 部屋にいた人々は、幻の蝶々を心の中で追いかける。
 勝利を収めた幼い子供は、顔をリリアンヌ王女へと戻す。

「お目汚し失礼しました。どうぞ進めてください」
「あ、はい」

 蝶々から意識を雪乃へと戻して返事はしたものの、リリアンヌ王女は次の言葉が出ない。雪乃とノムルを見比べ、それからくすくすと笑いだした。

「お二人とご一緒なら、帰国の道中も楽しそうね。よろしければ、アイス国にいる間は我が城にお泊りになってくださらないかしら?」
「ありがとうございます。身に余る光栄でございます」

 ぺこりと雪乃は姿勢も正しく幹を曲げる。
 ノムルはそんな雪乃を観察するように見つめていた。

「ユキノちゃん、前から気になってたんだけど、君の作法って、どこで学んだのさ? やっぱりお姫様だと、生まれつき備わっている技能なの?」

 珍しく真顔で尋ねられたことに、雪乃は驚いて固まった。ノムルの顔をじっと見上げた後、ふるふると震えだす。

「の、ノムルさん、どうしたんですか? どこか具合でも? すぐに薬草を用意しましょう」
「いやいや、何でそうなるの?! 元気だから」

 あわあわと心配する雪乃に、ノムルのほうが驚愕を顕わにする。

「だって、ノムルさんが真面目な顔で、まともなことを言うなんて……。はっ! もしや天変地異の」
「違うから! ていうかユキノちゃん、俺を何だと思っているのさ?! ちょっと、聞きなよ! あーもう! 自分の世界に入らないで!」

 本気で心配を始め、薬草図鑑をめくり始めた雪乃に対し、ノムルはギャーギャーと喚く。
 王族の前でもいつもと変わらぬ二人である。
 しかし、二人は良くとも周囲はそうはいかない。凍り付いていた室内で最初に解凍されたのは、出来るはずの執事・ドットであった。

「ノムル・クラウ様、ユキノ様。リリアンヌ様の御前でございます」

 こほんと咳払いをしてから、二人の耳元でそっと告げた。
 雪乃は現実に引き戻され、真っ赤に紅葉する。今一人のほうは、「ん?」とドットに首を向けただけで、気にすることなく雪乃に戻す。
 
「重ね重ね失礼しました」

 謝罪のお辞儀を雪乃がするも、ノムルは大きなあくびをこぼしている。
 アイス国側の侍女たちの額に青筋が立っている気がするが、雪乃は気付かなかったことにした。
 王族の前で繰り広げられるはずのない展開に、選び抜かれた従者達でさえ頭痛を覚えだしていたそんな中、リリアンヌ王女だけは冷静に二人の会話を聞き取っていた。

「……ユキノ様は、ノムル・クラウ様のご令嬢とお聞きしていましたが、違うのでしょうか?」

 一瞬だけ、部屋の空気が揺れた。

「違いますね」
「何言っているのさ、ユキノちゃん。そんなことを言ったら、おとーさんは悲しいよ? 泣いちゃうよ?」

 さめざめとハンカチで目元を押さえるノムルを冷たく一瞥し、雪乃はリリアンヌ王女に向き直る。

「ただの道連れです」
「ひどい! あんまりだ! おとーさんって、何度も呼んでくれたじゃないか! 恥かしがりやなユキノちゃんも可愛いけど、ここは正直に言っていいんだよ? 大体、道連れって、師匠より悪化してない? ほぼ他人じゃん?!」
「他人です。そして師匠と呼んだ憶えはありません」
「なっ?!」

 雪乃の隣に暗黒の闇が発生し、稲妻が光った。

「ひ、ひどいよ、ユキノちゃん。何度も俺の弟子だって言ってたじゃん!」
「弟子だとは言いましたが、師匠と呼んだ憶えはありません」
「そんな屁理屈が……」

 ソファの隅っこに出現した闇の中で、三角座りをした魔法使いから、きのこが生える。
 気にしたら負けだ。

「えっと」

 流石のリリアンヌ王女も、対応に困ったように雪乃とノムルを見比べた後、ドットに説明を求めるように視線を向けた。
 助けを求められたドットだって困惑気味だ。

「あのう、ユキノ様? こちらの情報では、ユキノ様とノムル様は、生き別れていた親子だと報告が届いているのですが?」

 頭の中が真っ白になった雪乃は、ゆっくりとドットを見上げる。しばらく停止してから、ぽてんと幹を傾げた。
 いったい、何がどうなってそんな話になったのか。

「あ。」

 思い至った。
 昨日、ブレメの町で遭遇した、謎の現象を。

「違います。あれは勝手に周りにいた人が脚色を加えて、面白おかしく話を作っただけです。まったくの事実無根であり、私とノムルさんは赤の他人です」
「ひどい……っ」

 一同は視線を送り合い、誤解があったことに気付く。
 めそめそ泣いている無精ひげのおっさん魔法使いは、この際、放っておく。

「そうだったのですか。勘違いをしてしまい、申し訳ございません」
「勿体無いお言葉です。こちらこそ誤解をさせるようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」

 代表して謝るリリアンヌ王女に、雪乃も深々と謝罪した。そもそも彼女は何も悪くはない。
 微笑を浮かべたままのリリアンヌ王女だが、なぜかその視線が険しくなっている。
 不可抗力とはいえ、結果として身分を偽ってしまったことで、不快感を抱かれたのかもしれないと、雪乃は不安になってきた。
 だとしても、ノムルの娘だろうが違おうが、ただの一般人であることに変わりはないと思うのだが、と、雪乃はわずかに幹を傾げる。
 考えるように人差し指を下唇の下に当てていたリリアンヌ王女が、雪乃ににっこりとほほ笑んだ。

「ユキノ様は姫君と言うことですが、どちらの国の御方なのでしょうか?」
「……。ええっと……」

 不味い、と雪乃は思った。いや本当に、心底まずい。樹人の姫だなんて、言うわけにはいかない。姫でなくても、樹人というだけで危険すぎる。そして雪乃は、まだ自分が姫だなんて認めていなかった。
 かといって、勝手に適当な国の名前を挙げるわけにもいかない。王族ならば、すぐに調べがつくだろう。
 ならば答えは一つ。

「ノムルさんの虚言です。私はただの平民です」

 言い切った。
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