『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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北国編

132.後方にひしめき合う騎士達は

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「お姫様の馬車は、ちゃんと馬車の中だけだよ? こっちは杖がないせいで、上手く調整できなくてさー」

 というわけで、後方にひしめき合う騎士達は、外にもれ出ている暖房魔法のおこぼれに預かろうと、馬車に馬を寄せているようだ。
 誰かが迷惑を被っているわけでも、ノムルに疲れが出ているわけでもないので、災い転じて福と成すといったところだろうか。
 とはいえ、声はかけておく。

「あまり無理はしないでくださいね。疲れたら早めに教えてください」
「え? 疲れたらユキノちゃんが癒してくれるの?」
「疲労回復薬を処方します」
「ええー? 膝枕とか、はぐとかがいいなー」
「……」

 ぎぎぎっと錆びた音を立ててノムルに幹を向けた雪乃は、軽蔑の色を顕わにした視線を送る。

「セクハラ禁止です。そして私の膝枕はお勧めできません」
「そこは気分の問題だよ。ユキノちゃんの膝枕なら、おとーさん、すぐに元気になれるよー?」

 前に向き直った雪乃は、それ以上は相手にしなかった。
 こっそり聞き耳を立てていた侍女たちは、くすくすと笑いを堪えている。
 初めはノムルと雪乃に対して緊張していた彼女たちも、ここまでの道中で、ずいぶんと気を許していた。
 そして明日には到着するだろうと言われた日の昼過ぎに、事件は起きた。

「の、ノムルさんっ!」

 とつぜん、雪乃がノムルのローブにしがみ付いてきた。表情は分からないが、声から逼迫していることが分かる。
 同乗していた侍女たちも、何事かと後ろの座席に座る雪乃を、心配そうに振り返る。

「落ち着いて、ユキノちゃん。どうしたの?」

 こんなに慌てる雪乃は珍しい。
 ノムルも何が起こったのかと、不安そうに顔をゆがめた。

「う、」
「う?」
「生まれそうです」

 雪乃はノムルのローブに縋り、かすれるような声で言った。

「「「……。はいい?!」」」

 ノムルも侍女たちも、雪乃の言葉に時が止まり、そして、揃って素っ頓狂な声を上げた。
 そして侍女たちはノムルへ、それはもう、氷の山も真っ青な、冷たい視線を向けたのだった。

「ちょっと待って、ユキノちゃん? どういうこと? 何が生まれるの?」

 流石のノムルも混乱気味だ。額を手で覆い、雪乃に確認する。

「た、」
「た?」
「卵が」
「ああ」

 ここでようやく、ノムルも理解した。
 飛竜から貰った卵を、雪乃はずっと温め続けていたのだ。樹人の体温で温まるのかは謎だが、生命力の強い種族なので、大丈夫だったのだろう。
 理解して落ち着いたノムルだったが、それも束の間だった。

「痛たたっ! み、幹が!」
「ええ?! ちょっと、ユキノちゃん?! どういう状況なの?!」

 痛みを訴え始める雪乃に、ノムルは再び動揺する。
 侍女たちも慌てているが、何がどうなっているのか分からず、手助けができない。とりあえず赤子が生まれるのかと、タオルや毛布を準備してくれているようだ。
 この小さな子供が? と、手を動かしながらも、侍女たちは混乱気味だったが。 

「か、殻が刺さって」
「……」

 ノムルは手で目元を覆って俯いた。
 どうやらローブの下に卵を抱えていたために、孵化しようとしている飛竜の卵の殻が、雪乃の幹に刺さっているようだ。
 雪乃としては大変な状況であるとは理解したが、ノムルは込み上げてくる笑いを抑えることができなかった。
 しかし、ここでローブを脱がすわけにはいかない。
 どうしたものかと考えているノムルの目に、侍女の持つ毛布が映る。

「ちょっとそれ借りるよ?」
「はい、どうぞ」

 受け取った毛布を雪乃に被せて、侍女たちの視界から隠す。

「ユキノちゃん、ローブ脱いでも大丈夫だよ?」
「ありがとうございます」

 毛布の下からくぐもった声が聞こえる。
 もぞもぞと動き、しばらくして、

「もう大丈夫です」

 という雪乃の合図で、ノムルは毛布を取った。現れた雪乃の膝には、ひび割れた翡翠の卵が乗っている。
 侍女たちは初めて見る種類の卵に、目が釘付けだ。

「飛竜の卵は凶器でした。ちょっと痛かったです。驚きました」

 淡々とした口調だが、雪乃はまだ少し動揺している。 
 樹人になってから、あまり痛みを感じることは無かったのだが、幹が傷付くと痛いようだ。
 そしてローブから卵を出せなければ、幹を真っ二つに伐られるのではないかと、ちょっとだけ命の心配をしてしまった。
 まあ樹人は幹を折られても、死なないことが多いのだが。

「怪我は大丈夫なの?」

 眉をひそめたノムルは、雪乃を気づかう。

「問題ありません。治癒魔法を施したので、すっかり元通りです。ノムルさんのスパルタが役立ちました」
「それなら良かったよ。俺は杖がないと、治癒魔法は使えないからねえ」

 雪乃は思わずノムルの顔を凝視する。
 それはつまり、治癒しすぎて別のものになったり、弾けたりするということだろうか?
 ちょっと想像してしまった雪乃は、ふるふるした。

「あのう、ユキノ様、それは?」

 侍女の一人が、卵を指差して尋ねた。
 答えて良いものか判断に困った雪乃は、ノムルを見上げる。

「飛竜の卵だよ。ルモン大帝国で討伐依頼を受けた時に、手に入れたんだ」

 狭い馬車の中に、歓声が上がる。

「さすがノムル様ですね!」
「竜種の卵なんて、初めて目にします。まして生まれる瞬間に立ち会えるなんて、本当に今回は運が良いです!」

 キラキラ輝く目で、ノムルや卵を見つめている。
 雪乃は空笑いを浮かべるが、そうしている間にも、卵はぐらぐらと動き、殻が少しずつ割れていく。

「ぴー、ぴー」

 小さな声が、卵の中から聞こえてくる。
 何度も鳴いては殻を押してを繰り返し、時折疲れたように休む。

「頑張ってください」

 雪乃は声援を送る。侍女たちも声を潜めているが、両手を握りこんで、卵を睨むように見つめていた。
 馬車の中の異変に気付いた騎士達も、何事かと覗き込んでいる。
 ノムルだけは、あくびをしたりと、いつもと変わらない様子だが。
 みんなに応援される中、ついに雛が殻を破り、姿を現すときがきた。
 雪乃の顔が緩み、侍女たちも身を乗り出したその時、

「ぴー」
「……」

 雪乃は沈黙する。
 侍女たちも、沈黙した。
 なぜか雪乃の視界は、真っ暗だった。

「ぴー」

 膝の上で、小さな子竜が動いているのは分かる。そして、雪乃に擦り寄っているのも分かる。
 ノムルが毛布を掛けて、侍女たちから隠してくれたのだと気付いた雪乃は、フードを取り、そうっと子竜を撫でてやる。

「始めまして。これからよろしくね」
「ぴー」

 子竜は雪乃に何度も体を摺り寄せた。
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