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北国編
136.作りましょう!
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「ソリを用意するべきでした」
「ソリ?」
肩で息をしながら呟いた雪乃に、ノムルが反応する。
雪乃は足を止めて、ノムルに説明した。そして気付く。ノムルの空間魔法の中には、材料が揃っていると。
「ノムルさん、板と油を出してください。作りましょう!」
「いいよー」
雪道にうんざりしていたノムルもまた、二つ返事で引き受けた。
空間魔法から取り出した木の板を、魔法できれいに成形し、底部分に油を塗る。子供が雪滑りをするような簡易的なソリだが、これでも無いよりずっと良い。
ぴー助を抱いた雪乃が前に乗り、その後ろにノムルが乗り込む。そして、
「行きます!」
「行けー!」
「ぴー!」
ソリは山道を滑り出した。
トナカイも犬もいないが、それを補って余りある、チートな魔法使いがいる。前方には、そりが進むべき道が自動で作られていく。そして後ろからは、追い風が背中を押す。
雪の滑り台を、二人と一匹は滑り降りていった。
そうして大人の足でも二十日は掛かるという、その行程の半分以上を、たった一日で走破したのだった。
「……」
「ぴー! ぴー!」
四つん這いになる雪乃の隣では、ぴー助が興奮冷めあらぬといった様子で、はしゃいでいる。
ノムルはいつの間にか鎌倉を作り、炬燵まで完備していた。もちろん、電気も炭もないので、熱源は魔法であるが。
ドューワ国からアイス国に向かう馬車の中で、冬の暮らし方を聞かれた雪乃が話した内容を聞き、再現してみたらしい。
「ユキノちゃーん、餅コンメが焼けたよー? 見ないのー?」
もちろん、餅コンメを焼くことも忘れてはいない。
この世界の餅コンメは便利だ。蒸して搗かなくても、収穫して乾燥させた時点で、冷えて固まった丸餅と同じ状態になっている。形は米形だが。
土魔法で作った火鉢に魔法石の熱源を入れ、その上に網を置いて焼かれた餅コンメから、ぷっくりと白い風船が出現していた。
「人生十回分は滑りました」
なんとか正気を取り戻した雪乃は、のそりと立ち上がると、鎌倉の中へ入る。懐かしい炬燵の中に、根を突っ込んだ。
樹人としては、温度や湿度が気になるところではあるが。
「温かいですねえ」
「ぴー」
焼餅コンメを咥えたぴー助も、炬燵の奥に入り込んでご満悦だ。適当に出してやらないと、ゆだってしまいかねないので注意が必要だが。
「『プレイヤー』ってのは、本当に変わった文化を持ってるんだねー」
「ふふふ。炬燵の魔力に、ノムルさんは抗えるでしょうか?」
「いやいや、コタツに魔力はないでしょう?」
「そのうち分かりますよ。ノムルさんは炬燵の魔力に負けて、コタツムリになるはずです。ふふふ」
ノムルの怠惰な性格を考えれば、安易に想像がつく。彼は見事なコタツムリに変身を遂げるはずだ。
「いや、そのコタツムリってのが、よく分からないんだけど?」
戸惑いながらも、ノムルは焼いた餅コンメを、海苔っぽい海草に包んで食べている。
醤油が見つかれば良いのだが、まだ見つけられずにいる。
「ぴー助、そろそろ出てこないと、熱中症になっちゃいますよ?」
炬燵布団をまくった雪乃は、ぴー助を出そうと手を伸ばし、引っ張る。案の定、子竜の体はほっかほかであった。
「ぴー」
暗くて温かな炬燵から出されてなるものかと、ぴー助は爪を地面に立てて抵抗を示した。
「ほら、倒れたら大変ですから」
「ぴー!」
がじりと、嫌な音がする。
「……。い、痛いですよ! ぴー助、ひどいです!」
「ぴっ?!」
樹人の雪乃は、枝を噛まれた程度ではそれほど痛くはない。だが噛まれた時には大げさなほどに痛がることが、子供を育てる上で大切なのだ。
こうすることで、噛むと相手は痛いのだと学習し、噛むことをやめる。
叩いたりして教えるという人もいるが、そうした教え方の場合、「強いものには逆らってはいけない」という考え方になってしまうことがある。
そうなると、上位にいる相手には従順に行動するが、上下関係が崩れた際や、弱い存在が現れたときに、攻撃対象と判断してしまう危険が出て来る。
精神的にも緊張状態を強いる結果になるので、お勧めはできない。
ちなみに動物だけでなく、人間にも当てはまる。
というわけで、雪乃はぴー助が心配する素振りを見せるまで、痛がる演技をしたのだが、
「い、痛いです」
「ぴー?」
「大丈夫?! ユキノちゃん!」
雪乃の芝居に、ノムルも乗ってきた。そこまではまだいい。
「てめえ、ガキ竜! ユキノちゃんに何するんだ?!」
「ぴーっ?!」
「って、ちょっと、ノムルさん! 抑えてください! 怒るところじゃありませんから!」
「ぴーっ!」
雪乃を傷付けられたと勘違いしたノムルが、ぴー助に向かって本気で怒りだしたから大変だ。
ぴー助は炬燵から飛び出て逃げる。ノムルはぴー助に向かって雷を落としまくる。もちろん比喩ではなく、本物の雷である。
「ぴーっ?!」
「ノムルさん! ストップ! やめてください!!」
涙目で逃げ回る子竜と、怒れる魔王を押さえつける小さな樹人。落ち続ける雷。
これはぴー助のトラウマになりかねない。雪乃はぴー助を恐怖で押さえつけるつもりなど、毛頭ないのだ。
そして雪山でこんな騒ぎを起こせば、何が起こるかは、少し考えれば分かることだろう。
――ゴゴゴ……
嫌な音がして顔を上げてみれば、ぱらぱらと小さな欠片が落ちてくる。
雪乃の全身から、血の気が引いた。
「ぴー助! こちらに来なさい!」
雪乃は逃げ回るぴー助に向かって叫ぶと、自らも雪を掻き分けて走り寄る。
パニックを起こしているぴー助は、雪乃の気持ちに気付くことなく、怒られると考えたのか、さらに逃げ出した。
「ぴー助ええーーっ!」
必死に枝を伸ばす雪乃の上に、嫌な音が響き、振動が体を揺らす。
押し寄せる衝撃が、小さな体を押し流していく……なんてことは、当然だが無かった。
すぐにノムルが雪乃を抱きかかえ、結界を展開して雪崩から守っていた。
「ぴー助は?!」
雪乃は子竜の姿を探す。
「えー? 俺の心配はー?」
「ノムルさんは、雪崩くらいどうにかします」
「そうだけどさー。それって信頼されてるって喜ぶべき? それとも心配してくれないって、落ち込むべき?」
「それより、ぴー助は?」
子竜の姿は結界の中に見当たらない。
「ソリ?」
肩で息をしながら呟いた雪乃に、ノムルが反応する。
雪乃は足を止めて、ノムルに説明した。そして気付く。ノムルの空間魔法の中には、材料が揃っていると。
「ノムルさん、板と油を出してください。作りましょう!」
「いいよー」
雪道にうんざりしていたノムルもまた、二つ返事で引き受けた。
空間魔法から取り出した木の板を、魔法できれいに成形し、底部分に油を塗る。子供が雪滑りをするような簡易的なソリだが、これでも無いよりずっと良い。
ぴー助を抱いた雪乃が前に乗り、その後ろにノムルが乗り込む。そして、
「行きます!」
「行けー!」
「ぴー!」
ソリは山道を滑り出した。
トナカイも犬もいないが、それを補って余りある、チートな魔法使いがいる。前方には、そりが進むべき道が自動で作られていく。そして後ろからは、追い風が背中を押す。
雪の滑り台を、二人と一匹は滑り降りていった。
そうして大人の足でも二十日は掛かるという、その行程の半分以上を、たった一日で走破したのだった。
「……」
「ぴー! ぴー!」
四つん這いになる雪乃の隣では、ぴー助が興奮冷めあらぬといった様子で、はしゃいでいる。
ノムルはいつの間にか鎌倉を作り、炬燵まで完備していた。もちろん、電気も炭もないので、熱源は魔法であるが。
ドューワ国からアイス国に向かう馬車の中で、冬の暮らし方を聞かれた雪乃が話した内容を聞き、再現してみたらしい。
「ユキノちゃーん、餅コンメが焼けたよー? 見ないのー?」
もちろん、餅コンメを焼くことも忘れてはいない。
この世界の餅コンメは便利だ。蒸して搗かなくても、収穫して乾燥させた時点で、冷えて固まった丸餅と同じ状態になっている。形は米形だが。
土魔法で作った火鉢に魔法石の熱源を入れ、その上に網を置いて焼かれた餅コンメから、ぷっくりと白い風船が出現していた。
「人生十回分は滑りました」
なんとか正気を取り戻した雪乃は、のそりと立ち上がると、鎌倉の中へ入る。懐かしい炬燵の中に、根を突っ込んだ。
樹人としては、温度や湿度が気になるところではあるが。
「温かいですねえ」
「ぴー」
焼餅コンメを咥えたぴー助も、炬燵の奥に入り込んでご満悦だ。適当に出してやらないと、ゆだってしまいかねないので注意が必要だが。
「『プレイヤー』ってのは、本当に変わった文化を持ってるんだねー」
「ふふふ。炬燵の魔力に、ノムルさんは抗えるでしょうか?」
「いやいや、コタツに魔力はないでしょう?」
「そのうち分かりますよ。ノムルさんは炬燵の魔力に負けて、コタツムリになるはずです。ふふふ」
ノムルの怠惰な性格を考えれば、安易に想像がつく。彼は見事なコタツムリに変身を遂げるはずだ。
「いや、そのコタツムリってのが、よく分からないんだけど?」
戸惑いながらも、ノムルは焼いた餅コンメを、海苔っぽい海草に包んで食べている。
醤油が見つかれば良いのだが、まだ見つけられずにいる。
「ぴー助、そろそろ出てこないと、熱中症になっちゃいますよ?」
炬燵布団をまくった雪乃は、ぴー助を出そうと手を伸ばし、引っ張る。案の定、子竜の体はほっかほかであった。
「ぴー」
暗くて温かな炬燵から出されてなるものかと、ぴー助は爪を地面に立てて抵抗を示した。
「ほら、倒れたら大変ですから」
「ぴー!」
がじりと、嫌な音がする。
「……。い、痛いですよ! ぴー助、ひどいです!」
「ぴっ?!」
樹人の雪乃は、枝を噛まれた程度ではそれほど痛くはない。だが噛まれた時には大げさなほどに痛がることが、子供を育てる上で大切なのだ。
こうすることで、噛むと相手は痛いのだと学習し、噛むことをやめる。
叩いたりして教えるという人もいるが、そうした教え方の場合、「強いものには逆らってはいけない」という考え方になってしまうことがある。
そうなると、上位にいる相手には従順に行動するが、上下関係が崩れた際や、弱い存在が現れたときに、攻撃対象と判断してしまう危険が出て来る。
精神的にも緊張状態を強いる結果になるので、お勧めはできない。
ちなみに動物だけでなく、人間にも当てはまる。
というわけで、雪乃はぴー助が心配する素振りを見せるまで、痛がる演技をしたのだが、
「い、痛いです」
「ぴー?」
「大丈夫?! ユキノちゃん!」
雪乃の芝居に、ノムルも乗ってきた。そこまではまだいい。
「てめえ、ガキ竜! ユキノちゃんに何するんだ?!」
「ぴーっ?!」
「って、ちょっと、ノムルさん! 抑えてください! 怒るところじゃありませんから!」
「ぴーっ!」
雪乃を傷付けられたと勘違いしたノムルが、ぴー助に向かって本気で怒りだしたから大変だ。
ぴー助は炬燵から飛び出て逃げる。ノムルはぴー助に向かって雷を落としまくる。もちろん比喩ではなく、本物の雷である。
「ぴーっ?!」
「ノムルさん! ストップ! やめてください!!」
涙目で逃げ回る子竜と、怒れる魔王を押さえつける小さな樹人。落ち続ける雷。
これはぴー助のトラウマになりかねない。雪乃はぴー助を恐怖で押さえつけるつもりなど、毛頭ないのだ。
そして雪山でこんな騒ぎを起こせば、何が起こるかは、少し考えれば分かることだろう。
――ゴゴゴ……
嫌な音がして顔を上げてみれば、ぱらぱらと小さな欠片が落ちてくる。
雪乃の全身から、血の気が引いた。
「ぴー助! こちらに来なさい!」
雪乃は逃げ回るぴー助に向かって叫ぶと、自らも雪を掻き分けて走り寄る。
パニックを起こしているぴー助は、雪乃の気持ちに気付くことなく、怒られると考えたのか、さらに逃げ出した。
「ぴー助ええーーっ!」
必死に枝を伸ばす雪乃の上に、嫌な音が響き、振動が体を揺らす。
押し寄せる衝撃が、小さな体を押し流していく……なんてことは、当然だが無かった。
すぐにノムルが雪乃を抱きかかえ、結界を展開して雪崩から守っていた。
「ぴー助は?!」
雪乃は子竜の姿を探す。
「えー? 俺の心配はー?」
「ノムルさんは、雪崩くらいどうにかします」
「そうだけどさー。それって信頼されてるって喜ぶべき? それとも心配してくれないって、落ち込むべき?」
「それより、ぴー助は?」
子竜の姿は結界の中に見当たらない。
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