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北国編
135.対応に困る持て成し
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運ばれてきた食事を前に、雪乃だけではなく、ノムルも固まる。
新鮮なサラダには、シャーベット状のドレッシングが掛かっていた。スープには氷が浮かび、薄くスライスされた肉の下には氷が敷かれて、肉も半分凍って霜が下りている。
どの料理も、凍っているか氷が添えられていた。
ある意味見事だが、さすがにやりすぎである。
これが目当てで来た観光客ならば喜ぶかもしれないが、他の目的で来た人間には、対応に困る持て成しである。
雪乃は頭を抱えた。
「ぴー?」
心配するように、ぴー助が雪乃を舐める。
ちなみに彼は問題なく、半解凍状態の肉を頬張っていた。
「お口に合いませんか?」
「いや、口に合う合わない以前の問題だろう? 何の嫌がらせ?」
顔をしかめるノムルに、執事も侍女も、困惑している。どうやら彼らにとっては、本気で最高のお持て成しだったようだ。
「あのう、普段からこういう料理なのでしょうか?」
おそるおそる、雪乃は聞いてみる。
従者達は顔を見合わせた後、揃って首肯した。
「温かい料理は、食べないのですか?」
雪乃の問いかけに、従者達は目を丸く見開く。
「とんでもございません! 温かい料理など、下々の料理です。お客様にお出しするなど、ありえません」
慌てたように声を荒げられてしまった。どうやら本気で言っているらしい。
雪乃とノムルは顔を見合わせる。
ぴー助は与えられた肉だけでは足りなかったようで、勝手にテーブルの上に移動し、凍った肉を美味しそうに食べていた。
「寒いところで冷たい料理を食べたら、さらに冷えると思うのですが。この国の人たちは、温かい料理を食べたいとは思わないのでしょうか?」
そう尋ねながら、雪乃は違和感に気付く。
道中、馬車の中で侍女に渡されたお茶は、ぬるかった。温かいというほどではないが、冷たくも無かった。
あれは何らかの方法で、わざわざ温めたものだ。
執事が困ったように答える。
「温かい食べ物を必要とするのは、魔力の少ない者でございます。王家の方々、まして名高きノムル・クラウ様とそのお連れ様に、温かい料理を出すなど、その様な無礼はできません」
どうやらこの国の王族は、どMというか、自らを鍛えることが好きらしい。しかもそれが、他国からの客にも適用されてしまっているようだ。
「今までに、異国からのお客様が貴国を訪れたことは?」
「もちろんございます」
「その際、料理を出されましたか?」
「もちろんでございます。皆様、大変珍しいと、ご好評を頂きました」
にこにこと執事は笑っているが、それはたぶん、お世辞ですよと、雪乃は心の中でツッコミを入れた。
「ええっと、そのお客様たちは、完食なさっておいででしたか?」
「いいえ。王族や貴族の方々は、少食であらせられますから」
「……」
少食以前の問題だと、雪乃は頭痛を覚えた。
そういえば、と雪乃はブレメの冒険者ギルドに行ったときのことを思い出す。
ギルドマスターのロックから、食料はドューワ国で用意して行ったほうが良いと、注意されたのだった。
つまり他国から来る客たちは、滞在中の食料は自分たちで賄っているわけだ。
今後のアイス国の外交を考えると、指摘すべきかとも考えたが、雪乃が口を出すことでもないだろう。
「話には聞いていたけど、さすがにこれはなあ」
ノムルは氷のフルコースを眺めながら、ホカホカと湯気の立つ、ゼリーのようなものを食べている。
いつの間に? と雪乃が思うより先に、
「ぴーっ!」
と、なぜかぴー助がノムルに食って掛かった。
「おいおい、誤解するなよ? 抜け鱗だ」
「ぴー?」
雪乃はノムルに飛び掛ったぴー助を剥ぎ取り、抱きかかえた。ノムルは器の中身が見えやすいように、幹を傾げる雪乃とピー助の前に突き出した。
中には青緑色の、とろりとした塊が入っている。きらびやかに輝くゼリーは、滑らかに磨かれた宝石のようだ。
「ほら、飛竜の巣で、拾っただろう?」
「ああ、あの抜け鱗ですか。マグマで煮込んで食べるという」
「そうそう。ぷるぷるしてるのに、コリコリしてて、味は淡白だけど濃厚なんだよ」
「……。淡白なのに濃厚……」
なんとも不思議な味のようだと、雪乃は凝視してしまう。食料が必要ないのは便利だが、異世界ならではの珍味を前に味わえないのは、やはり無念である。
結局、ノムルはアイス国が用意した料理には一切手を付けず、空間魔法に仕舞いこんだ。
その場で食べることはなくても、貰ったものは持ち帰るようだ。
執事や侍女は複雑そうな表情だが、今回は仕方ないだろう。
「とりあえず今夜は旅の疲れもあるだろうから、ここで休んで、明日の朝、出発しようね」
「はい」
人払いをしたノムルは、誰も覗けないように結界魔法を展開する。そしてグレーム森林で汲んでおいた湧き水を、雪乃にたっぷり補給させた。
「生き返ります」
「ははは。旅の間は侍女がいたし、外で休もうにも最後の数日は岩と雪で、土が無かったもんね」
「はい。過酷な旅でした」
「ぴー」
同乗する従者達に気付かれないように、ノムルが土や水を根に纏わせてくれたから凌げたものの、雪乃一人ではここに辿り着けなかっただろう。
もっとも、ノムルの空調魔法を解かれた時点で、雪乃は冬眠してしまうのだが。
雪乃はノムルが用意してくれた植木鉢に上り、根を張る。
「今日はゆっくりおやすみ」
「ありがとうございます。ノムルさんも、おやすみなさい」
「おやすみ」
「ぴー助もおやすみなさい」
「ぴー」
ぴー助は雪乃の根元に丸くなると、目を閉じた。
眠りに就いた雪乃に、ノムルはそっと手を伸ばす。
「いつか全てを知っても、君は俺を受け入れてくれるだろうか?」
小さな樹人の葉を指の腹で優しく撫でてから、ノムルも彼女の根元に横たわる。
氷の寝台に整えられた布団は、乱れることなく朝を迎えた。
太陽が顔を出すなり、雪乃とノムルはさっさと城を出ていった。
一面真っ白な銀世界を、一向は北へと下りていく。風雪が吹き付けてくるが、ノムルの結界のお蔭で、雪乃は凍えることも、冬眠することもなく歩けている。
とはいえ、小さな雪乃に急勾配の山道はきつかった。人の踏み込まない雪道は、一歩進むごとに深く埋まってしまう。
油断するとはまり込んで、抜けなくなる。
「ぴー」
両枝も使って進む雪乃の顔を、ぴー助も心配そうに覗き込んだ。
新鮮なサラダには、シャーベット状のドレッシングが掛かっていた。スープには氷が浮かび、薄くスライスされた肉の下には氷が敷かれて、肉も半分凍って霜が下りている。
どの料理も、凍っているか氷が添えられていた。
ある意味見事だが、さすがにやりすぎである。
これが目当てで来た観光客ならば喜ぶかもしれないが、他の目的で来た人間には、対応に困る持て成しである。
雪乃は頭を抱えた。
「ぴー?」
心配するように、ぴー助が雪乃を舐める。
ちなみに彼は問題なく、半解凍状態の肉を頬張っていた。
「お口に合いませんか?」
「いや、口に合う合わない以前の問題だろう? 何の嫌がらせ?」
顔をしかめるノムルに、執事も侍女も、困惑している。どうやら彼らにとっては、本気で最高のお持て成しだったようだ。
「あのう、普段からこういう料理なのでしょうか?」
おそるおそる、雪乃は聞いてみる。
従者達は顔を見合わせた後、揃って首肯した。
「温かい料理は、食べないのですか?」
雪乃の問いかけに、従者達は目を丸く見開く。
「とんでもございません! 温かい料理など、下々の料理です。お客様にお出しするなど、ありえません」
慌てたように声を荒げられてしまった。どうやら本気で言っているらしい。
雪乃とノムルは顔を見合わせる。
ぴー助は与えられた肉だけでは足りなかったようで、勝手にテーブルの上に移動し、凍った肉を美味しそうに食べていた。
「寒いところで冷たい料理を食べたら、さらに冷えると思うのですが。この国の人たちは、温かい料理を食べたいとは思わないのでしょうか?」
そう尋ねながら、雪乃は違和感に気付く。
道中、馬車の中で侍女に渡されたお茶は、ぬるかった。温かいというほどではないが、冷たくも無かった。
あれは何らかの方法で、わざわざ温めたものだ。
執事が困ったように答える。
「温かい食べ物を必要とするのは、魔力の少ない者でございます。王家の方々、まして名高きノムル・クラウ様とそのお連れ様に、温かい料理を出すなど、その様な無礼はできません」
どうやらこの国の王族は、どMというか、自らを鍛えることが好きらしい。しかもそれが、他国からの客にも適用されてしまっているようだ。
「今までに、異国からのお客様が貴国を訪れたことは?」
「もちろんございます」
「その際、料理を出されましたか?」
「もちろんでございます。皆様、大変珍しいと、ご好評を頂きました」
にこにこと執事は笑っているが、それはたぶん、お世辞ですよと、雪乃は心の中でツッコミを入れた。
「ええっと、そのお客様たちは、完食なさっておいででしたか?」
「いいえ。王族や貴族の方々は、少食であらせられますから」
「……」
少食以前の問題だと、雪乃は頭痛を覚えた。
そういえば、と雪乃はブレメの冒険者ギルドに行ったときのことを思い出す。
ギルドマスターのロックから、食料はドューワ国で用意して行ったほうが良いと、注意されたのだった。
つまり他国から来る客たちは、滞在中の食料は自分たちで賄っているわけだ。
今後のアイス国の外交を考えると、指摘すべきかとも考えたが、雪乃が口を出すことでもないだろう。
「話には聞いていたけど、さすがにこれはなあ」
ノムルは氷のフルコースを眺めながら、ホカホカと湯気の立つ、ゼリーのようなものを食べている。
いつの間に? と雪乃が思うより先に、
「ぴーっ!」
と、なぜかぴー助がノムルに食って掛かった。
「おいおい、誤解するなよ? 抜け鱗だ」
「ぴー?」
雪乃はノムルに飛び掛ったぴー助を剥ぎ取り、抱きかかえた。ノムルは器の中身が見えやすいように、幹を傾げる雪乃とピー助の前に突き出した。
中には青緑色の、とろりとした塊が入っている。きらびやかに輝くゼリーは、滑らかに磨かれた宝石のようだ。
「ほら、飛竜の巣で、拾っただろう?」
「ああ、あの抜け鱗ですか。マグマで煮込んで食べるという」
「そうそう。ぷるぷるしてるのに、コリコリしてて、味は淡白だけど濃厚なんだよ」
「……。淡白なのに濃厚……」
なんとも不思議な味のようだと、雪乃は凝視してしまう。食料が必要ないのは便利だが、異世界ならではの珍味を前に味わえないのは、やはり無念である。
結局、ノムルはアイス国が用意した料理には一切手を付けず、空間魔法に仕舞いこんだ。
その場で食べることはなくても、貰ったものは持ち帰るようだ。
執事や侍女は複雑そうな表情だが、今回は仕方ないだろう。
「とりあえず今夜は旅の疲れもあるだろうから、ここで休んで、明日の朝、出発しようね」
「はい」
人払いをしたノムルは、誰も覗けないように結界魔法を展開する。そしてグレーム森林で汲んでおいた湧き水を、雪乃にたっぷり補給させた。
「生き返ります」
「ははは。旅の間は侍女がいたし、外で休もうにも最後の数日は岩と雪で、土が無かったもんね」
「はい。過酷な旅でした」
「ぴー」
同乗する従者達に気付かれないように、ノムルが土や水を根に纏わせてくれたから凌げたものの、雪乃一人ではここに辿り着けなかっただろう。
もっとも、ノムルの空調魔法を解かれた時点で、雪乃は冬眠してしまうのだが。
雪乃はノムルが用意してくれた植木鉢に上り、根を張る。
「今日はゆっくりおやすみ」
「ありがとうございます。ノムルさんも、おやすみなさい」
「おやすみ」
「ぴー助もおやすみなさい」
「ぴー」
ぴー助は雪乃の根元に丸くなると、目を閉じた。
眠りに就いた雪乃に、ノムルはそっと手を伸ばす。
「いつか全てを知っても、君は俺を受け入れてくれるだろうか?」
小さな樹人の葉を指の腹で優しく撫でてから、ノムルも彼女の根元に横たわる。
氷の寝台に整えられた布団は、乱れることなく朝を迎えた。
太陽が顔を出すなり、雪乃とノムルはさっさと城を出ていった。
一面真っ白な銀世界を、一向は北へと下りていく。風雪が吹き付けてくるが、ノムルの結界のお蔭で、雪乃は凍えることも、冬眠することもなく歩けている。
とはいえ、小さな雪乃に急勾配の山道はきつかった。人の踏み込まない雪道は、一歩進むごとに深く埋まってしまう。
油断するとはまり込んで、抜けなくなる。
「ぴー」
両枝も使って進む雪乃の顔を、ぴー助も心配そうに覗き込んだ。
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