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北国編

139.潰れてぷしゅーっと

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 泉の周りには、彼岸花に似た赤い花が咲き乱れている。そして鍾乳石を思わせる白い木には、ザクロに似たルビーのように輝く実が付いていた。
 彼岸花に似た花は、融筋病の薬にも必要なマンジュ草。ザクロに似た実は、ロクザの実。
 いずれもツクヨ国にしか繁殖していない薬草である。
 泉を囲む、赤い花と白い木。
 まるで黄泉の国に来たような、幻想的な景色に、雪乃とノムルは魅入った……りはしなかった。

「早く採って、戻ろう」
「そうですね」
「ぴい」

 陸の景色は美しいが、中心にある池がまずかった。
 ねっとりとした黄色い粘液が、ボコボコと泡を立てている。時折泡が潰れてぷしゅーっと黄色い粉を吹いたりと、なんとも毒々しい。
 雪乃は必要数を回収し、ノムルは適当に掘り取る。

「って、ぴー助、駄目ですよ」
「ぴーっ」

 ロクザの実を食べようと口を開けたぴー助を、雪乃は抱え込む。
 恨めしそうに見つめてくるが、

「そ、そんな目で見ても、ま、負けません!」
「ぴい?」
「小首を傾げて上目遣いとは……っ?! いつの間にそんな技を……」
「はいはーい、採取は終わったね? 次行くよー」
「わっ?!」
「ぴ?!」

 揃ってノムルに担がれて、回収されていった。
 八つの分かれ道まで戻ったノムルは、結界を張り、早々に野営の準備を始める。
 太陽が見えないため時間の感覚が狂いやすいが、すでに夕方近くになっているはずだ。

「一日一泉、ですか」
「思ったより順調だけどね。たださっきの臭気のこともあるし、無理はしないほうがいいだろう」
「そうですね」

 ツクヨ国への長期滞在は危険だと言われている。
 長くても三日。それを過ぎると、戻れなくなるという噂があるのだ。

「ノムルさん、どこか体調に変化はありませんか?」
「んー? 大丈夫だよ。ユキノちゃんこそ、平気?」
「少し疲れましたけど、大丈夫です」 

 そんな会話をしているうちに、熱魔法で温められた鍋がぐつぐつと音を立てている。
 日が差し込まないため、外なのか岩穴なのかよく分からないツクヨ国で、火を熾すことはためらわれた。そのため熱魔法で調理している。
 ノムルの魔力を考えると、枯れ木を集めて燃やすよりも、魔法で済ませたほうが楽なのだが、ノムル曰く、「雰囲気も大切」ということで、旅の間は枯れ木を使っていた。
 雪乃は味をつける前に、肉や野菜を取り分ける。

「火傷しないように、注意してくださいね」
「ぴー」

 人肌まで冷ますと、一口分ずつ、箸でぴー助に食べさせた。

「生肉でいいじゃん。勝手にかじってろよ」
「ぴっ!」

 苦々しく言うノムルを、ぴー助は睨む。
 野生の竜種が調理した肉や野菜を食べるとは聞かないが、ぴー助は火を通した肉や野菜も好む。果物だって食べる。何でも食べる。さすがに石や鉄は食べないようだが。
 ただ雪乃の地球知識から、人間向けに味付けされた食べ物は避けていた。

「はいはい、喧嘩は駄目ですよ?」
「ぴー」
「うわあっ、ユキノちゃんには媚売って。打算的じゃない?」
「ぴっ!」

 ぶーぶー言いながら、ノムルは香辛料を鍋に適当につっこんでいる。

「ノムルさんが怒ったりするからですよ。まあ、私を心配してくれていることは感謝していますけど」

 という雪乃の言葉に、ノムルは頬を緩めると、出来上がった鍋の具を器に盛って、頬張り始めた。
 相変わらず、細いのによく食べる。三、四人前はありそうな鍋を、ぺろりと平らげてしまった。
 そして翌朝、時間はよく分からないが、目覚めた二人と一匹は、鏡の泉を目指して、左端の道へと入っていった。

「あ、ピースケ、泉の水は飲むなよ? 鏡の泉に湧く酒は、竜種には毒だからな」
「なんですとっ?!」
「ぴっ?!」

 突然もたらされた情報に、雪乃とぴー助は、揃って素っ頓狂な声を上げる。

「竜種退治に使うんだよねー。飲ませると、イチコロらしいよ?」
「っ?!」

 一瞬にして、雪乃は青ざめる。

「どうしましょう? ぴー助、戻ってお留守番を……」
「ぴー……」
「あー、心配ないよ? イチコロで眠りに就くってだけで、死にはしないから」
「「……」」

 雪乃とぴー助は、三白眼でノムルを睨みつけた。

「なんでそんな、誤解するような言い方をするんですか?!」
「えー? 俺は知ってることを言っただけだよ?」

 にやにやと意地悪く笑みを浮かべる魔法使いに、反省する気はないらしい。
 雪乃はぷくりと頬葉を膨らませる。

「もう知りません!」
「ぴいっ!」
「え? 冗談だってばー」

 ノムルから顔を逸らせた雪乃とぴー助は、ノムルが話しかけても一切無視して、どんどん進んでいった。

「ごめんってばー。ユキノちゃーん」
「知りません!」
「ぴいっ!」

 そうこうしているうちに、目的地へと辿り着いた。
 芝生のように丈の低い草が地面を覆い、細く長い植物がそこここに生えている。細い茎の先には、小さな白い花が咲いていた。
 その中央に湧き出ている泉には、澄み切った清らかな水が湛えられている。
 鏡の泉という名前だが、その泉が人の姿を映すことはなかった。光を反射することなく、全てを泉の底へと通してしまうほどの、見事な透明度を誇っている。
 本来ならば、その美しさに、雪乃も見惚れただろう。

「お酒臭いです」

 酒の臭いが充満していなければ。

「そうだねー。さっさと汲んで帰ろうか」
「激しく同意します」

 用意していたガラス瓶に、泉の水を汲みとる。
 これを持ち帰り、リリアンヌ王女が用意しているはずの赤ランゴを漬ければ、マーク王子を救えるはずだ。 

「って、ぴー助! 駄目ですよ」
「ぴー!」

 飲むなと言われていたのに、ぴー助はふらふらと泉に近付き、顔を付けようとしている。
 雪乃は慌ててぴー助を抱きかかえた。

「ぴーっ! ぴーっ!」
「こら、暴れないでください! って、ひゃっ?!」

 必死になって抵抗するぴー助に、雪乃がバランスを崩す。
 笑って見ていたノムルの顔色が変わった。

「ユキノちゃん!」

 ガラス瓶を放り投げて手を伸ばすが、その指先に、深緑色のローブが触れて離れていく。
 ばしゃんっと水音を立てて、雪乃は泉へと落ちていった。

「ぴいっ!」

 酔いが醒めたのか、ぴー助は目を丸くして、わたわたと走り回っている。

「何で?」

 ノムルは呆然として、自分の掌を見た。
 確かにノムルは、魔法を使おうとしたのだ。風を起こし、雪乃を泉から自分の方へと引き寄せようとした。
 けれど魔法は発動せず、雪乃は泉へと落ちてしまった。
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