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北国編
140.ゆらゆらと揺らめく水面に
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「ぴーっ、ぴーっ」
子竜の叫び声に、ノムルは我を取り戻す。
考えるのは後だ。
むんずっとぴー助をつかむと、通路へと乱暴に放り投げる。
「ぴいっ!」
「お前はそこで待ってろ! この空間に入ったら、また酔って泉に突っ込もうとするだろうが!」
「ぴ……」
落ち込むように、ぴー助は肩を落とした。乱暴に扱われたが、怪我はない。
雪乃は生まれて間も無いか弱い存在として扱っていたが、雛といえど竜種だ。そう簡単に傷付くことはないのだ。
ぴー助が入ってこないと確認すると、ノムルは泉に飛び込んだ。
†
ゆらゆらと揺らめく水面に、気泡が昇っていく。
綺麗だ、と雪乃は思った。
樹人は木だから浮くと思っていたのに、沈むんだな、と、なぜか冷静に考えている自分に、笑みがこぼれる。
静かに沈んでいく中で、雪乃は目を閉じた。
冷たい水が、優しく小さな樹人を包む。柔らかくて、抱きしめられているようで、とても落ち着いた。
――ユキノちゃんっ!
誰かの声が、聞こえた気がした。
誰だったろうかと、雪乃は考える。
「ノムルさん!」
思い出した雪乃は、右の枝を伸ばした。
こぽりと、ユキノの枝葉の間から、幾つもの気泡が水面へと昇っていく。
――死にたくない!
遠退きそうになる意識を必死につなぎとめ、水を掻いた。
「――ここは?」
白い天井。見覚えがある気もするが、思い出せない。視線を下ろしていけば、天井は壁へと移り、布団が見える。
どうやら雪乃は、布団に横たわっているようだ。
起き上がると、体がだるい。
重いまぶたの隙間から、何とか周囲を見回した。辺りを包んでいた霧が、徐々に晴れていく。
汗を含んだ黒髪が、頬に張り付いていた。
「気が付いた?」
白いカーテンが開いて、白衣を着た女性が顔を見せた。
誰だろう? と、雪乃は瞬く。
「これで何度目だと思っているの? 保護者に連絡したから、今日こそは病院に行って診てもらってきなさい」
サーっと、全身から血の気が引いたのが分かった。
それと同時に、意識がはっきりとしてくる。自分が誰なのか、ここがどこなのか――。
小学校の保健室。そして先ほどの女性は、養護の先生だ。
止めなくてはと思うのに、声が出ない。ぐるぐると世界が回っているうちに、聞き憶えのある声が聞こえてきて、養護の先生と話し始めた。
「いつもは元気なんですよ。元気すぎるくらいに」
「ですが、もう何度も倒れて保健室に連れてこられているんですよ? ちゃんと病院に連れて行ってあげてください。病院に連れて行かないのなら、こちらで連れて行きます」
カーテンの隙間からそっと覗くと、見知った顔が見える。戸惑うような弱々しい瞳は、雪乃に気付いたとたん、怒りの火を揺らめかせた。
雪乃は慌てて隠れようとしたが、すでに見つかっているのに隠れれば、事態は悪化するだけだろう。
覚悟を決めて、ベッドから出る。
「迎えに来てくれてありがとう」
答えはない。雪乃は無言でその女の後を付いて行った。
ぐるぐると、世界が回る。
頭が痛い、目が回る。胸が苦しい。
「お母さん、病院に連れて行ってほしいんだけど」
母のいる居間の扉を押して、雪乃はためらいがちに頼んだ。
「もう連れて行ったでしょう? なんで何度も行かないといけないの?」
「でも、あそこでは診れないから、総合病院へって……」
そう診療所の医師は言ったのだ。けれどそこまで言いきる前に、雪乃は口をつぐんだ。
扉の隙間から見える母の目が、鋭くとがっている。
「ごめんなさい」
雪乃は静かに扉を閉じた。
胸の辺りが痛くて、熱い。灼熱は咽まで焦がしてくる。急いでトイレへと駆け込んだ。
「――っ?!」
いつもと同じ出来事。それなのに、思わず息を飲んだ。
「トマト?」
たぶん違う。今日も昨日も一昨日も、そんな物は口にしていない。
ふらりと、雪乃は家を出る。
誰も気付かない、誰も気にもしない。
同じ家に住んでいても、数日の間、顔を合わせないことも珍しくはなかった。
母は雪乃を嫌っていた。
理由がなんだったのか分からない。物心付いた時には、すでにそうだった。
仕事を趣味という父は、雪乃に興味が無い。弟なんて、正月しか姿を見ない。
好きの反対は無関心と言うが、彼女の家族はその言葉の通り、雪乃に関心を示さなかった。例外として、第三者が関わったときだけは、普通の家族を演じるように強要されるのだが。
雪乃がこっそり抜け出して、そのまま次の日まで帰らなくても、誰も気付かないだろう。
神社に行った雪乃は、ギザギザの葉っぱを摘む。ここは土が露出していて、木や野草が生えている。
雪乃にとって、大切な場所だった。
採った葉っぱを持って、社の神様に御礼を言ってから、もっしゃもっしゃと食べた。
不幸中の幸いと言うべきか、雪乃の家には古い薬草図鑑があった。忘れ去られて埃を被っていたその本を、雪乃は大切に部屋に隠している。
どんな症状に効果があるか、食べても大丈夫なのか、一度に摂取する量に上限はあるのか、注意することは……。
この本のお蔭で、雪乃は苦痛を和らげるための薬を手に入れることに成功していた。
もっしゃもっしゃと咀嚼しながら、雪乃は上を見上げる。
大きな椎の木。秋になれば、たくさんの恵みをくれる。
「私もあなたみたいになりたいな。秋になったら実を結んで、鳥や動物たちのご飯になるの。大きくなったら洞ができて、鳥や小さな動物たちの家になるの。落とした葉は栄養になって、土を豊かにする。根で水を清めて、葉で酸素を作って、みんなの役に立てるでしょう? 誰も傷つけずに、誰かの役に立ちながら、生きたいの」
叶わぬ夢だと思いながら、雪乃は寂しそうに笑った。
ぐるぐると、世界は回る。
「どうして私ばっかり、こんな目に遭わないといけないの?! あんな子のせいで!」
母が泣き叫ぶ声が聞こえた。
こほりと、漏れそうになった咳を、布団で抑える。
「ごめんなさい、お母さん。病気になってしまって。ごめんなさい、嫌な思いをさせて。役に立たない子供で、ごめんなさい」
あふれてくる涙を拭うと、雪乃はそっと家を出る。
いつもの神社まで来た雪乃は、社に挨拶をしてから、裏手へ回る。そして、一人膝を抱えて泣いた。
ここには滅多に人が来ない。声を出して泣いても、誰にも聞かれることも、見つかることもないだろう。
ひとしきり泣いて、頭がぼうっとしてきた頃、その音に気付いた。
ガサガサと、茂みが動いている。
子竜の叫び声に、ノムルは我を取り戻す。
考えるのは後だ。
むんずっとぴー助をつかむと、通路へと乱暴に放り投げる。
「ぴいっ!」
「お前はそこで待ってろ! この空間に入ったら、また酔って泉に突っ込もうとするだろうが!」
「ぴ……」
落ち込むように、ぴー助は肩を落とした。乱暴に扱われたが、怪我はない。
雪乃は生まれて間も無いか弱い存在として扱っていたが、雛といえど竜種だ。そう簡単に傷付くことはないのだ。
ぴー助が入ってこないと確認すると、ノムルは泉に飛び込んだ。
†
ゆらゆらと揺らめく水面に、気泡が昇っていく。
綺麗だ、と雪乃は思った。
樹人は木だから浮くと思っていたのに、沈むんだな、と、なぜか冷静に考えている自分に、笑みがこぼれる。
静かに沈んでいく中で、雪乃は目を閉じた。
冷たい水が、優しく小さな樹人を包む。柔らかくて、抱きしめられているようで、とても落ち着いた。
――ユキノちゃんっ!
誰かの声が、聞こえた気がした。
誰だったろうかと、雪乃は考える。
「ノムルさん!」
思い出した雪乃は、右の枝を伸ばした。
こぽりと、ユキノの枝葉の間から、幾つもの気泡が水面へと昇っていく。
――死にたくない!
遠退きそうになる意識を必死につなぎとめ、水を掻いた。
「――ここは?」
白い天井。見覚えがある気もするが、思い出せない。視線を下ろしていけば、天井は壁へと移り、布団が見える。
どうやら雪乃は、布団に横たわっているようだ。
起き上がると、体がだるい。
重いまぶたの隙間から、何とか周囲を見回した。辺りを包んでいた霧が、徐々に晴れていく。
汗を含んだ黒髪が、頬に張り付いていた。
「気が付いた?」
白いカーテンが開いて、白衣を着た女性が顔を見せた。
誰だろう? と、雪乃は瞬く。
「これで何度目だと思っているの? 保護者に連絡したから、今日こそは病院に行って診てもらってきなさい」
サーっと、全身から血の気が引いたのが分かった。
それと同時に、意識がはっきりとしてくる。自分が誰なのか、ここがどこなのか――。
小学校の保健室。そして先ほどの女性は、養護の先生だ。
止めなくてはと思うのに、声が出ない。ぐるぐると世界が回っているうちに、聞き憶えのある声が聞こえてきて、養護の先生と話し始めた。
「いつもは元気なんですよ。元気すぎるくらいに」
「ですが、もう何度も倒れて保健室に連れてこられているんですよ? ちゃんと病院に連れて行ってあげてください。病院に連れて行かないのなら、こちらで連れて行きます」
カーテンの隙間からそっと覗くと、見知った顔が見える。戸惑うような弱々しい瞳は、雪乃に気付いたとたん、怒りの火を揺らめかせた。
雪乃は慌てて隠れようとしたが、すでに見つかっているのに隠れれば、事態は悪化するだけだろう。
覚悟を決めて、ベッドから出る。
「迎えに来てくれてありがとう」
答えはない。雪乃は無言でその女の後を付いて行った。
ぐるぐると、世界が回る。
頭が痛い、目が回る。胸が苦しい。
「お母さん、病院に連れて行ってほしいんだけど」
母のいる居間の扉を押して、雪乃はためらいがちに頼んだ。
「もう連れて行ったでしょう? なんで何度も行かないといけないの?」
「でも、あそこでは診れないから、総合病院へって……」
そう診療所の医師は言ったのだ。けれどそこまで言いきる前に、雪乃は口をつぐんだ。
扉の隙間から見える母の目が、鋭くとがっている。
「ごめんなさい」
雪乃は静かに扉を閉じた。
胸の辺りが痛くて、熱い。灼熱は咽まで焦がしてくる。急いでトイレへと駆け込んだ。
「――っ?!」
いつもと同じ出来事。それなのに、思わず息を飲んだ。
「トマト?」
たぶん違う。今日も昨日も一昨日も、そんな物は口にしていない。
ふらりと、雪乃は家を出る。
誰も気付かない、誰も気にもしない。
同じ家に住んでいても、数日の間、顔を合わせないことも珍しくはなかった。
母は雪乃を嫌っていた。
理由がなんだったのか分からない。物心付いた時には、すでにそうだった。
仕事を趣味という父は、雪乃に興味が無い。弟なんて、正月しか姿を見ない。
好きの反対は無関心と言うが、彼女の家族はその言葉の通り、雪乃に関心を示さなかった。例外として、第三者が関わったときだけは、普通の家族を演じるように強要されるのだが。
雪乃がこっそり抜け出して、そのまま次の日まで帰らなくても、誰も気付かないだろう。
神社に行った雪乃は、ギザギザの葉っぱを摘む。ここは土が露出していて、木や野草が生えている。
雪乃にとって、大切な場所だった。
採った葉っぱを持って、社の神様に御礼を言ってから、もっしゃもっしゃと食べた。
不幸中の幸いと言うべきか、雪乃の家には古い薬草図鑑があった。忘れ去られて埃を被っていたその本を、雪乃は大切に部屋に隠している。
どんな症状に効果があるか、食べても大丈夫なのか、一度に摂取する量に上限はあるのか、注意することは……。
この本のお蔭で、雪乃は苦痛を和らげるための薬を手に入れることに成功していた。
もっしゃもっしゃと咀嚼しながら、雪乃は上を見上げる。
大きな椎の木。秋になれば、たくさんの恵みをくれる。
「私もあなたみたいになりたいな。秋になったら実を結んで、鳥や動物たちのご飯になるの。大きくなったら洞ができて、鳥や小さな動物たちの家になるの。落とした葉は栄養になって、土を豊かにする。根で水を清めて、葉で酸素を作って、みんなの役に立てるでしょう? 誰も傷つけずに、誰かの役に立ちながら、生きたいの」
叶わぬ夢だと思いながら、雪乃は寂しそうに笑った。
ぐるぐると、世界は回る。
「どうして私ばっかり、こんな目に遭わないといけないの?! あんな子のせいで!」
母が泣き叫ぶ声が聞こえた。
こほりと、漏れそうになった咳を、布団で抑える。
「ごめんなさい、お母さん。病気になってしまって。ごめんなさい、嫌な思いをさせて。役に立たない子供で、ごめんなさい」
あふれてくる涙を拭うと、雪乃はそっと家を出る。
いつもの神社まで来た雪乃は、社に挨拶をしてから、裏手へ回る。そして、一人膝を抱えて泣いた。
ここには滅多に人が来ない。声を出して泣いても、誰にも聞かれることも、見つかることもないだろう。
ひとしきり泣いて、頭がぼうっとしてきた頃、その音に気付いた。
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