『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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北国編

146.愛の結晶ですね!

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「愛の結晶ですね!」

 初々しい王女の表情に、つい口からこぼれ出た。
 そのとたん、ぽふんっと音がしそうなほど、一気にリリアンヌ王女が真っ赤に染まってしまった。顔だけではなく、耳も首も手も、肌が見えている部分は全て真っ赤だ。
 不敬を働いてしまったかと、雪乃は焦って周囲を見回す。
 しかし、リリアンヌ王女と共に部屋に入ってきた侍女達は、彼女を微笑ましく見守っているだけだった。雪乃を咎める様子はない。
 雪乃はほうっと胸をなで下ろす。

「ノムルさん、鏡の泉で汲んだ水を……」
「『おとーさん』、でしょう?」
「……」

 なぜかすねている魔法使いのおっさんに、それまでの柔らかな空気は、一気に生暖かいものへと変化した。

「ノムルおとーさん、鏡の泉で汲んだ水を、出してくださいますか?」
「はいはーい」

 見事な棒読みを披露した雪乃だが、ノムルには通じなかったようだ。さすがはチートなマイペースというべきか。
 機嫌の直ったノムルは放っておいて、雪乃は用意しておいてもらったガラスの容器に、赤ランゴを入れてもらう。そこに、ひたひたに浸かるだけの鏡の泉で汲んだ水、もとい酒を注いだ。
 油紙と布で、しっかりと封をする。

「この状態で二週間、冷暗所で保管します。凍らせないように気をつけてくださいね」
「分かりましたわ」

 普通は凍る危険などないのだが、なにせここは氷の国、アイス国である。バナナで釘が打て、豆腐の角に頭をぶつけて、完全犯罪を実践することが可能な国なのだ。
 リリアンヌ王女は赤ランゴ酒の入った容器を、愛しそうに撫でている。
 その様子を見ていた雪乃だが、そうっと視線を横に逃す。実は雪乃は一つ、リリアンヌ王女に伝えていないことがある。
 相手の身分を考えると、人前で伝えることは、はばかれる。そう考えて、ここまで黙っていたのだが、そろそろ伝えなくてはならないだろう。

「リリアンヌ王女殿下、実はもう一つ、大切なお話があります。お人払いをお願いできませんでしょうか?」

 とつぜん改まった口調で話し出した雪乃に、リリアンヌ王女も表情を引き締める。

「分かりました。皆、私が呼ぶまで下がっていなさい」

 従者達は心配そうに目配せをしたが、主の命には逆らえず、退出していった。最後に出た侍女のキャシーが、不安そうにリリアンヌを見つめながら、扉を閉めた。
 ぱたりと音がして扉が閉まると、雪乃は廊下の気配を探る。
 気付いたノムルが、杖を軽く指で叩いた。防音の魔法を展開したようだ。

「大丈夫だよ」
「ありがとうございます」

 御礼を言った雪乃は、改めてリリアンヌ王女に向き直る。

「赤ランゴ酒は、ただ飲ませれば良いという訳ではないのです」

 雪乃の口から紡がれた言葉に、リリアンヌ王女の瞳が不安に揺れた。

「患者は意識がありません。普通に飲ませるだけでは、気管を塞いで窒息死させてしまう危険があります」
「そんな……」

 リリアンヌ王女は目を見張って雪乃を見つめる。それから少し視線を下げると、泣き出しそうに顔をゆがめた。
 握り締められた白魚のような手が、いつも以上に色をなくしていて、まるで雪のようだ。

「落ち着いてください。対処法はありますから」

 慌てて付け加えた雪乃の言葉に、静かに息を吐き出す。それでも青ざめた表情が、癒えることはない。

「赤ランゴ酒を患者に飲ませるときは、魔力を込めて、少しずつ飲ませる必要があります。その方法は――」

 廊下の外に出たキャシーは、落ち着かない様子で扉の向こうを見つめていた。
 幼い頃から仕えてきた、大切な王女だ。婚約者のマーク王子を延命させるため、ドューワ国に留まると言い出したときも、迷わず共に滞在することを選んだ。
 不敬と思いつつも、妹か娘のように大切に想ってきた姫君である。
 その姫君が、あの恐ろしい魔法使いと同じ部屋に、護衛もなくいるのだ。心配するなと言うほうが無理であろう。
 『至高にして孤高の魔法使い』などと呼ばれているが、それは彼の機嫌を損なわぬための呼び名。
 本来は、『最強にして最凶の魔法使い』、『動く災厄』などと呼ばれる、世界中から危険視されている存在であると、キャシーは知っていた。
 ユキノという幼い姫君の命令にだけは従うようだが、従者としては、到底認められない態度であった。
 無理を押し通しても、自分だけでも残るのであったと、後悔が胸を焦がす。

「落ち着け、キャシー」
「これが落ち着いていられますか」

 見かねた騎士が宥めるが、キャシーは苛立ちに任せて睨みつける。
 睨まれた騎士は、気の毒そうにキャシーを見つめるが、それ以上は何も言わなかった。

「入っていいわ」

 わずか数分の間であったというのに、キャシーは弾かれるように扉を開けて、リリアンヌ王女の姿を確認する。
 座っている位置に変化はなく、服装も乱れてはいない。退室した時と、変わらぬ姿を保っていた。
 ほっと安堵の息を漏らしかけたが、すぐに違和感に気付き、再度じっくりと確認する。
 よく見れば、リリアンヌ王女の顔が、赤く染まっているではないか。
 何があったのかと、視線を幼い姫君に移すが、変化は見えなかった。というより、全身すっぽりローブに隠れていて、顔さえ見えない。
 次いで、魔法使いに目を向ければ、なぜか身を屈めて震えていた。
 いったいどういう状況だというのか?
 キャシーに続いて入ってきた他の従者達も、眉をひそめて目を見合わせた。

「いやあ、まあ、でも、今回はまだマシなんじゃない? 婚約者だしー? 飛竜のときは流れ弾と見せかけて、ふっ飛ばそうかと思ったけど」
「?!」

 声を上げて笑い出したノムルを、雪乃は驚いて見上げる。

「事前に説明しておくべきでしたか……いえ、あの状況では、そんな余裕はありませんでした。ナルツさんとフレックさんが御無事で良かったです」
「もう一人いたでしょう?」
「っ?! マグレーンさんも、御無事で何よりでした……」

 雪乃は遠くネーデルにいると思われる冒険者達に、思いを馳せた。



 ちょうどそのころ、ルモン大帝国の帝都・ネーデルの駅に、一人の男が降り立っていた。
 周囲より頭半分は高い場所から、燃えるような赤髪がなびき、雑踏の間をすり抜ける。
 駅の外へと向かう者も、ホームへと急ぐ者も、思わず足を止めて揺れる炎を目で追うた。
 再会や別れ、喜びや興奮に溢れて賑々しかった駅構内は、いつの間にか静まり返っている。
 注目を一身に受けている赤髪の男は、人々が譲って現れた道を、まるで皇帝のように泰然と進んで行くのだった。
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