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北国編
147.真紅の鎧と朱のマント
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鍛え上げられた肉体に、真紅の鎧と朱のマントをまとい、腰にはルビーに似た宝石で装飾を施した剣を下げている。切れ長の目には緋色の瞳が埋まり、高く形良い鼻の下には、柔和な微笑が浮かぶ。
男たちからは尊敬と羨望の眼差しが、そして女たちからは熱を持ってとろけるような眼差しが、端整な顔へ注がれていた。
駅から出た男は左手に折れ、メインストリートを真っ直ぐに進む。四階建ての真新しい建物の前で、彼は足を止めた。
「あれ? 改修したのかな?」
わずかに眉を跳ねた男は、扉を開けて中へと入った。からりと乾いた木が打ち合う音が響き、一斉に射るような視線が向けられる。けれどそれは一瞬のこと。
鋭く細められていた目はすぐに丸く広がり、喜色や尊敬の色に変わっていった。
わっと歓声が広がり、男も笑みをこぼす。
「やあ」
軽く右手を挙げれば、人々はすぐに集った。
「お帰りなさい、ムダイさん!」
「今回も楽勝でしたか?」
次々と投げかけられる言葉に、男――ムダイは微笑んで返す。
「ただいま。楽勝って言って良いのか分からないけど、うん、怪我はないよ。留守中、何か変わった事はなかった?」
挨拶程度に聞いてみただけだったが、屋内の空気が翳った。良くないことが起きたのだと、ムダイは素早く察する。
「何があったの?」
探るように周囲を見回した彼の口からは、いつもより幾分か低い声がこぼれ出た。しかし皆、互いに譲り合うばかりで、答えを告げようとはしない。
焦れるムダイの眉間に、皺が寄る。
「よお、帰ったのか」
奥の階段へと視線を向けると、この建物の長、ルッツ・イーグスが笑顔を浮かべていた。ムダイも表情を緩める。
「ただいま帰りました、ギルドマスター」
爽やかな笑顔を振りまき、帰還の報告を済ます。そして、
「何があったんですか?」
と、わずかに眉をひそめて問いかけた。
ルッツは「うーん」と唸り周囲を見回すと、言い難そうに頭を掻く。場所を移動したほうが良いかと足を動かそうとしたところで、声が届いた。
「実はな……」
なんとか口を開いたものの、その口調は重い。
どんな内容でも受け止められるように、ムダイは警戒を強める。しかしルッツの口から次に発せられた言葉は、意外なものだった。
「魔王が降臨した」
「は?」
眉をひそめて周囲を見回せば、集まっていた冒険者達も、仕事中の職員達も、揃って重く項垂れている。
訝しく思いながら、ムダイは確認する。
「魔王が復活したのですか?」
千年前に世界を震撼させたと言われる、伝説の存在。
「いや、そっちじゃなくて、魔王の如き『動く災厄』が……」
「は?」
やはり意味が分からず、間の抜けた声がこぼれた。
しかしルッツは頭を抱えて闇を背負ってしまい、それ以上は答えそうにない。
誰か詳しく教えてくれないかと周囲を見まわせば、虚ろな目で遠くを眺めていたり、顔を覆って打ちひしがれていたり、俯いて何かブツブツと呟いていたりと、尋常ではない有様となっていた。
さっぱり訳が分からず、ムダイは眉間の皺を深めた。
「まあ良い。奥で話そう」
「ええ」
ギルドマスターの執務室に通されたムダイは、緑茶をすすり、カンヨーを頬張る。
「やっぱりネーデルが一番、落ち着きますね」
ルッツは苦笑をこぼす。
最先端技術を存分に取り入れたルモン大帝国の首都・ネーデルに憧れる若者は多い。彼らは皆、ネーデルの発展した町並みに驚き、そこに暮らすことを誇りとする。
目の前の若者のように、田舎に帰ってのんびりとくつろいでいるという態度は取らない。
彼の故郷がネーデルであれば納得もできるが、彼の生まれはネーデルどころかルモン大帝国ですらないのだ。
二年ほど前に現れた彼はネーデルを気に入り、住みついたのだった。
「それで、何がありました?」
「うむ」
一服して落ち着いたムダイは、改めて尋ねた。歯切れの悪いルッツの言葉を、急かすことなくじっくりと待つ。
若いくせに落ち着いていると、ルッツは改めて思った。
「ノムル・クラウは知っているか?」
重い口を開き、その名を音に変換した途端、ムダイは目を輝かせる。
「もちろんですよ。あの人は最高の魔法使いです。何度もパーティを組んでほしいとお願いしているのですが、振られてばかりですよ。『至高にして孤高の魔法使い』の二つ名の通り、誰とも組む気はないみたいで」
時折、表情を渋く歪めながらも、ムダイは子供のように意気揚々と喋る。語り終えた時には、いつも前向きな彼には珍しく、寂しそうにも見えた。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに獲物を狙うような、鋭く強い光が瞳に宿る。
その眼光に、ルッツは本能的に警戒して目を細めるが、ふと思い出して訂正する。
「いや、ノムル・クラウは子連れだったぞ?」
「は?」
ムダイは気の抜けた声を出し、視線を彷徨わせた。
「今、なんて?」
「だから、ノムル・クラウは子連れでここに現れた」
わずかな沈黙、そして、
「はああーー?!」
ムダイの叫び声が上がった。
「ノムルさんが子連れ?! いや、ここに現れた? って、どういうことですか?!」
掴みかからんばかりの勢いで、ムダイは前のめりにルッツに問うた。
珍しく取り乱しているムダイの姿に、ルッツは目を丸くしながらも面白いものが見れたと、口許が弛みそうになるのを引き締める。
「秋の初め頃だ。とつぜんやってきて、半日足らずで嵐のように去っていった。嗚呼、嵐だった」
ルッツは自分の言葉で撃沈した。例えではなく、あれは嵐だった。
「詳しいことは、ナルツたちにでも聞いてくれ。俺は今日はもう休む」
「え? ギルマス?」
戸惑うムダイは放っておいて、ルッツはソファにぐったりと体を預けた。
白目を剥きかけて苦しそうに呻いている姿を見ていると、ムダイもそれ以上は無理強いできない。
一声かけてから、静かに執務室を後にした。
「何があったんだ?」
疑問は尽きないが、あの状態のルッツに、これ以上の話を聞くことは難しいだろう。
落ち着かない気持ちを抱えたまま、ムダイは階段を下り、一階へと向かう。
ノムルほどの冒険者であれば、他の職員や冒険者たちも、覚えているだろう。それに、ギルドマスターはナルツたちに聞けと言った。
彼らが任務中か、そうであるなら、いつ頃になれば戻ってくるのか、確認しておく必要もある。
男たちからは尊敬と羨望の眼差しが、そして女たちからは熱を持ってとろけるような眼差しが、端整な顔へ注がれていた。
駅から出た男は左手に折れ、メインストリートを真っ直ぐに進む。四階建ての真新しい建物の前で、彼は足を止めた。
「あれ? 改修したのかな?」
わずかに眉を跳ねた男は、扉を開けて中へと入った。からりと乾いた木が打ち合う音が響き、一斉に射るような視線が向けられる。けれどそれは一瞬のこと。
鋭く細められていた目はすぐに丸く広がり、喜色や尊敬の色に変わっていった。
わっと歓声が広がり、男も笑みをこぼす。
「やあ」
軽く右手を挙げれば、人々はすぐに集った。
「お帰りなさい、ムダイさん!」
「今回も楽勝でしたか?」
次々と投げかけられる言葉に、男――ムダイは微笑んで返す。
「ただいま。楽勝って言って良いのか分からないけど、うん、怪我はないよ。留守中、何か変わった事はなかった?」
挨拶程度に聞いてみただけだったが、屋内の空気が翳った。良くないことが起きたのだと、ムダイは素早く察する。
「何があったの?」
探るように周囲を見回した彼の口からは、いつもより幾分か低い声がこぼれ出た。しかし皆、互いに譲り合うばかりで、答えを告げようとはしない。
焦れるムダイの眉間に、皺が寄る。
「よお、帰ったのか」
奥の階段へと視線を向けると、この建物の長、ルッツ・イーグスが笑顔を浮かべていた。ムダイも表情を緩める。
「ただいま帰りました、ギルドマスター」
爽やかな笑顔を振りまき、帰還の報告を済ます。そして、
「何があったんですか?」
と、わずかに眉をひそめて問いかけた。
ルッツは「うーん」と唸り周囲を見回すと、言い難そうに頭を掻く。場所を移動したほうが良いかと足を動かそうとしたところで、声が届いた。
「実はな……」
なんとか口を開いたものの、その口調は重い。
どんな内容でも受け止められるように、ムダイは警戒を強める。しかしルッツの口から次に発せられた言葉は、意外なものだった。
「魔王が降臨した」
「は?」
眉をひそめて周囲を見回せば、集まっていた冒険者達も、仕事中の職員達も、揃って重く項垂れている。
訝しく思いながら、ムダイは確認する。
「魔王が復活したのですか?」
千年前に世界を震撼させたと言われる、伝説の存在。
「いや、そっちじゃなくて、魔王の如き『動く災厄』が……」
「は?」
やはり意味が分からず、間の抜けた声がこぼれた。
しかしルッツは頭を抱えて闇を背負ってしまい、それ以上は答えそうにない。
誰か詳しく教えてくれないかと周囲を見まわせば、虚ろな目で遠くを眺めていたり、顔を覆って打ちひしがれていたり、俯いて何かブツブツと呟いていたりと、尋常ではない有様となっていた。
さっぱり訳が分からず、ムダイは眉間の皺を深めた。
「まあ良い。奥で話そう」
「ええ」
ギルドマスターの執務室に通されたムダイは、緑茶をすすり、カンヨーを頬張る。
「やっぱりネーデルが一番、落ち着きますね」
ルッツは苦笑をこぼす。
最先端技術を存分に取り入れたルモン大帝国の首都・ネーデルに憧れる若者は多い。彼らは皆、ネーデルの発展した町並みに驚き、そこに暮らすことを誇りとする。
目の前の若者のように、田舎に帰ってのんびりとくつろいでいるという態度は取らない。
彼の故郷がネーデルであれば納得もできるが、彼の生まれはネーデルどころかルモン大帝国ですらないのだ。
二年ほど前に現れた彼はネーデルを気に入り、住みついたのだった。
「それで、何がありました?」
「うむ」
一服して落ち着いたムダイは、改めて尋ねた。歯切れの悪いルッツの言葉を、急かすことなくじっくりと待つ。
若いくせに落ち着いていると、ルッツは改めて思った。
「ノムル・クラウは知っているか?」
重い口を開き、その名を音に変換した途端、ムダイは目を輝かせる。
「もちろんですよ。あの人は最高の魔法使いです。何度もパーティを組んでほしいとお願いしているのですが、振られてばかりですよ。『至高にして孤高の魔法使い』の二つ名の通り、誰とも組む気はないみたいで」
時折、表情を渋く歪めながらも、ムダイは子供のように意気揚々と喋る。語り終えた時には、いつも前向きな彼には珍しく、寂しそうにも見えた。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに獲物を狙うような、鋭く強い光が瞳に宿る。
その眼光に、ルッツは本能的に警戒して目を細めるが、ふと思い出して訂正する。
「いや、ノムル・クラウは子連れだったぞ?」
「は?」
ムダイは気の抜けた声を出し、視線を彷徨わせた。
「今、なんて?」
「だから、ノムル・クラウは子連れでここに現れた」
わずかな沈黙、そして、
「はああーー?!」
ムダイの叫び声が上がった。
「ノムルさんが子連れ?! いや、ここに現れた? って、どういうことですか?!」
掴みかからんばかりの勢いで、ムダイは前のめりにルッツに問うた。
珍しく取り乱しているムダイの姿に、ルッツは目を丸くしながらも面白いものが見れたと、口許が弛みそうになるのを引き締める。
「秋の初め頃だ。とつぜんやってきて、半日足らずで嵐のように去っていった。嗚呼、嵐だった」
ルッツは自分の言葉で撃沈した。例えではなく、あれは嵐だった。
「詳しいことは、ナルツたちにでも聞いてくれ。俺は今日はもう休む」
「え? ギルマス?」
戸惑うムダイは放っておいて、ルッツはソファにぐったりと体を預けた。
白目を剥きかけて苦しそうに呻いている姿を見ていると、ムダイもそれ以上は無理強いできない。
一声かけてから、静かに執務室を後にした。
「何があったんだ?」
疑問は尽きないが、あの状態のルッツに、これ以上の話を聞くことは難しいだろう。
落ち着かない気持ちを抱えたまま、ムダイは階段を下り、一階へと向かう。
ノムルほどの冒険者であれば、他の職員や冒険者たちも、覚えているだろう。それに、ギルドマスターはナルツたちに聞けと言った。
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