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北国編
149.飲み物はセルフで
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「ムダイだ。いるかい?」
木製の扉を人差し指と中指の背で軽く叩き、声をかける。室内から声が届き、杖が床を突く音がわずかに響いた。
「お久しぶりです、ムダイさん。どうぞ入ってください」
扉が開いて顔を見せたのは、フレックだった。女性には色気を醸し出して籠絡していくのに、ムダイには子犬のように素直な笑顔を見せる。
その笑顔に陥落される女性も多いのだが、二人は気付いていない。
わずかに視線を下げたムダイの眉間に皺が寄る。フレックも苦笑をこぼした。
「立ち話もなんですから」
「ああ、お邪魔するよ」
男二人が戸口の中へと消え、ぱたりと扉が閉まる。
「驚いたでしょう?」
テーブルを囲む椅子の一つに腰を下ろしたフレックは、そう言って笑った。その顔が以前と変わらぬ爽やかなもので、ムダイは逆に違和を感じる。
「あ、飲み物はセルフでお願いできますか? どこかに飲みに行っても良いですけど」
「いや、勝手に入れさせてもらうよ。フレックも飲むだろう?」
キッチンに向かいながら声をかけて、ムダイはしくじったと後悔した。
フレックは両腕が無くなっていた。お茶を用意したところで、一人で飲めるのだろうか?
顔色を悪くしたムダイだが、幸いにも背を向ける格好になっていたため、フレックには見えてないようだ。すぐに表情を繕う。
「じゃあ、お願いしても良いですか? 俺のカップは二段目の棚の、赤いのでお願いします」
「分かった」
幸いにも、フレックは気付かなかったようだ。お茶を勧めることも問題なかったようだと、ほっと胸をなで下ろす。
ムダイは湯を沸かしてお茶を用意する。
お茶を入れたフレックと自分のカップを持ち、ムダイはテーブルに戻った。
「すみません、もう少し近くに置いてもらえますか?」
「ああ、すまない」
何気なく置いたカップを、フレックは近付けるように頼む。手が使えないのだから、直接口を付けて飲むのだろうと、ムダイは言われるままに近づける。
「ありがとうございます」
予想通り、フレックはカップを手に持つことなく、唇を近付けて啜った。
フレックが指定したカップは、木製の下部分が弧を描いているカップだった。不安定な形に見えたが、実際に使っているところを見ると、起き上がりこぼしのように傾けてもすぐに立ち上がることに気付く。
これならば、倒してこぼすこともないだろう。
手足の欠けた姿を見たときは衝撃だったが、案外、無ければないでどうにかなるようだと、ムダイは安堵した。
実際は色々と大変なのかもしれないが。
「最初はきつかったですよ。何で助けたんだって、ナルツやマグレーンたちを怒鳴りつけたかった。ここへは戻らずに、どこかへ消えてしまいたいって、本気で思ったくらいです」
心を読んだかのように紡ぎ出された言葉に、ムダイは目を見開く。
「けど、ある人の話を聞いてたお蔭で、開き直れたんですよ。俺も、他のメンバーも。……まあ、ナルツはまだ、燻ってるみたいですけど」
フレックは困ったように笑う。そして、
「それで、何か用があったんですよね? 見舞いだけじゃないんでしょう?」
と、鋭い眼差しをムダイに向けた。
「ああ」
瞬時に表情を改めたムダイは、フレックの眼差しに頷き、用件を切り出す。
「ノムル・クラウと共に行動したと聞いた。そのとき彼と共にいた、子供について教えてほしい」
いつも素直なフレックの目が、探るようにムダイを刺す。その視線を隠そうとしないのは、それが無駄だと理解しているからだろう。
「なぜですか?」
警戒の濃さに、ムダイは口許に弧を描く。
ノムル・クラウが連れていた子供がただの子供であれば、この反応は異様だ。つまりその子供には、何かがあるということになる。
フレックが信頼できる人間と分類しているはずのムダイに対してまで、ここまであからさまに警戒することを加味すれば、それは秘匿すべきことだと察せられる。
冒険者ギルドで聞いたノムル・クラウの言動も考慮すれば、その秘密はムダイが探していたものに違いないだろう。
可能性は、確信へと変わる。悪い方向で。
笑みを消したムダイは、鋭く切り込む。
「単刀直入に聞く。ノムルさんと一緒にいた子供は、人間ではなかったのではないかい?」
フレックの瞳孔がわずかに揺れたのを、ムダイは見逃さなかった。
「何を言っているんですか? 人間じゃないなんて……。ああ、獣人とかエルフを疑っているんですね?」
いつもの人懐っこい笑顔を浮かべたフレックに、先ほどの動揺は欠片もない。
だがその言葉が偽りであり、何かを誤魔化そうとしていることを、ムダイは見抜いていた。そしてそれは、ムダイが導き出した答えに対して、肯定を意味するということも。
「隠さなくて良い。正直に答えてくれ。そいつの種族は何だ?」
「いやっすねえ、そんなの人間に決まってますよ。確かにフードを被ってましたけど、獣人やエルフなんて、そうそういるわけ」
「フ・レ・ッ・ク?」
威圧のこもった声に、フレックの笑顔が固まる。
にっこりと笑うムダイは、今までフレックが見たことのない、黒い笑顔を浮かべていた。あの魔王のように。
魔王ムダイは、ふうっと息を吐くと、黒いオーラを霧散させた。
「誤解しているようだから、こっちから話すね。君を信じて口にすることだから、決して他言はしないと約束してほしい」
真摯な瞳を向けられて、フレックも表情を引き締めて頷く。
「僕が『プレイヤー』を探していることは知っているね?」
フレックは頷いた。
ネーデルの冒険者ギルドの掲示板に貼られた、数多の依頼。その中に、長く貼り出されたままの依頼があった。
『プレイヤー』という言葉に関する情報を求めるという、それだけの依頼。
凶暴な魔物を相手にする必要も無く、ただその言葉の意味を伝えれば良いだけの、安全で楽な依頼。そう考えた冒険者たちは、その依頼に殺到した。
その結果、全員がボコボコにされて、『手を出してはいけない依頼』と、危険視されるようになった依頼だ。
その謎の言葉に関する情報提供を依頼した者こそ、ムダイだった。
「ノムルさんと一緒にいる子供は、『プレイヤー』である可能性が高いと僕は見ている」
「どういうことですか? そもそも、『プレイヤー』って何なんですか? 仮にそうだとして、あの子をどうするつもりですか?」
木製の扉を人差し指と中指の背で軽く叩き、声をかける。室内から声が届き、杖が床を突く音がわずかに響いた。
「お久しぶりです、ムダイさん。どうぞ入ってください」
扉が開いて顔を見せたのは、フレックだった。女性には色気を醸し出して籠絡していくのに、ムダイには子犬のように素直な笑顔を見せる。
その笑顔に陥落される女性も多いのだが、二人は気付いていない。
わずかに視線を下げたムダイの眉間に皺が寄る。フレックも苦笑をこぼした。
「立ち話もなんですから」
「ああ、お邪魔するよ」
男二人が戸口の中へと消え、ぱたりと扉が閉まる。
「驚いたでしょう?」
テーブルを囲む椅子の一つに腰を下ろしたフレックは、そう言って笑った。その顔が以前と変わらぬ爽やかなもので、ムダイは逆に違和を感じる。
「あ、飲み物はセルフでお願いできますか? どこかに飲みに行っても良いですけど」
「いや、勝手に入れさせてもらうよ。フレックも飲むだろう?」
キッチンに向かいながら声をかけて、ムダイはしくじったと後悔した。
フレックは両腕が無くなっていた。お茶を用意したところで、一人で飲めるのだろうか?
顔色を悪くしたムダイだが、幸いにも背を向ける格好になっていたため、フレックには見えてないようだ。すぐに表情を繕う。
「じゃあ、お願いしても良いですか? 俺のカップは二段目の棚の、赤いのでお願いします」
「分かった」
幸いにも、フレックは気付かなかったようだ。お茶を勧めることも問題なかったようだと、ほっと胸をなで下ろす。
ムダイは湯を沸かしてお茶を用意する。
お茶を入れたフレックと自分のカップを持ち、ムダイはテーブルに戻った。
「すみません、もう少し近くに置いてもらえますか?」
「ああ、すまない」
何気なく置いたカップを、フレックは近付けるように頼む。手が使えないのだから、直接口を付けて飲むのだろうと、ムダイは言われるままに近づける。
「ありがとうございます」
予想通り、フレックはカップを手に持つことなく、唇を近付けて啜った。
フレックが指定したカップは、木製の下部分が弧を描いているカップだった。不安定な形に見えたが、実際に使っているところを見ると、起き上がりこぼしのように傾けてもすぐに立ち上がることに気付く。
これならば、倒してこぼすこともないだろう。
手足の欠けた姿を見たときは衝撃だったが、案外、無ければないでどうにかなるようだと、ムダイは安堵した。
実際は色々と大変なのかもしれないが。
「最初はきつかったですよ。何で助けたんだって、ナルツやマグレーンたちを怒鳴りつけたかった。ここへは戻らずに、どこかへ消えてしまいたいって、本気で思ったくらいです」
心を読んだかのように紡ぎ出された言葉に、ムダイは目を見開く。
「けど、ある人の話を聞いてたお蔭で、開き直れたんですよ。俺も、他のメンバーも。……まあ、ナルツはまだ、燻ってるみたいですけど」
フレックは困ったように笑う。そして、
「それで、何か用があったんですよね? 見舞いだけじゃないんでしょう?」
と、鋭い眼差しをムダイに向けた。
「ああ」
瞬時に表情を改めたムダイは、フレックの眼差しに頷き、用件を切り出す。
「ノムル・クラウと共に行動したと聞いた。そのとき彼と共にいた、子供について教えてほしい」
いつも素直なフレックの目が、探るようにムダイを刺す。その視線を隠そうとしないのは、それが無駄だと理解しているからだろう。
「なぜですか?」
警戒の濃さに、ムダイは口許に弧を描く。
ノムル・クラウが連れていた子供がただの子供であれば、この反応は異様だ。つまりその子供には、何かがあるということになる。
フレックが信頼できる人間と分類しているはずのムダイに対してまで、ここまであからさまに警戒することを加味すれば、それは秘匿すべきことだと察せられる。
冒険者ギルドで聞いたノムル・クラウの言動も考慮すれば、その秘密はムダイが探していたものに違いないだろう。
可能性は、確信へと変わる。悪い方向で。
笑みを消したムダイは、鋭く切り込む。
「単刀直入に聞く。ノムルさんと一緒にいた子供は、人間ではなかったのではないかい?」
フレックの瞳孔がわずかに揺れたのを、ムダイは見逃さなかった。
「何を言っているんですか? 人間じゃないなんて……。ああ、獣人とかエルフを疑っているんですね?」
いつもの人懐っこい笑顔を浮かべたフレックに、先ほどの動揺は欠片もない。
だがその言葉が偽りであり、何かを誤魔化そうとしていることを、ムダイは見抜いていた。そしてそれは、ムダイが導き出した答えに対して、肯定を意味するということも。
「隠さなくて良い。正直に答えてくれ。そいつの種族は何だ?」
「いやっすねえ、そんなの人間に決まってますよ。確かにフードを被ってましたけど、獣人やエルフなんて、そうそういるわけ」
「フ・レ・ッ・ク?」
威圧のこもった声に、フレックの笑顔が固まる。
にっこりと笑うムダイは、今までフレックが見たことのない、黒い笑顔を浮かべていた。あの魔王のように。
魔王ムダイは、ふうっと息を吐くと、黒いオーラを霧散させた。
「誤解しているようだから、こっちから話すね。君を信じて口にすることだから、決して他言はしないと約束してほしい」
真摯な瞳を向けられて、フレックも表情を引き締めて頷く。
「僕が『プレイヤー』を探していることは知っているね?」
フレックは頷いた。
ネーデルの冒険者ギルドの掲示板に貼られた、数多の依頼。その中に、長く貼り出されたままの依頼があった。
『プレイヤー』という言葉に関する情報を求めるという、それだけの依頼。
凶暴な魔物を相手にする必要も無く、ただその言葉の意味を伝えれば良いだけの、安全で楽な依頼。そう考えた冒険者たちは、その依頼に殺到した。
その結果、全員がボコボコにされて、『手を出してはいけない依頼』と、危険視されるようになった依頼だ。
その謎の言葉に関する情報提供を依頼した者こそ、ムダイだった。
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