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北国編
160.気付かず空中を
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「さてと、そろそろ行こうか?」
「はい」
「ぴー」
立ち上がったノムルに続けとばかりに、雪乃もひょいっと立ち上がる。眠っていたぴー助も、動く気配に気付いて起きたようだ。
残念そうにノムルを見送っていたムダイは、ふと、雪乃を呼び止める。
「雪乃ちゃん」
「はい」
振り向いた雪乃に手招きをして、用件を告げようと
「今度は何する気?!」
したのだが、邪魔が入った。
とつぜん持ち上げられた雪乃は、気付かず空中を歩く。
「何もしませんよ。もう一つだけ、確認したいことがあっただけです」
諸手を挙げて降参のポーズを取ったが、ノムルは睨みつけたままだ。
ムダイは一つ息を吐き出すと、内ポケットからカードを取り出した。
「これを確認してほしいだけです」
見慣れたカードに、ノムルの眉間にしわが刻まれる。
「やはり雪乃ちゃんも持ってましたか」
「というより、定期的に空から降ってきてる。なんなの、それ?」
「……」
目元を押さえたムダイは、斜め下を向いて沈黙した。
「定期的に?」
「ああ。もう百枚は見たよ?」
「……さすが樹人」
何がどうさすがなのか分からないが、ムダイの中で樹人は別格らしい。
「見せてもらっても?」
「ないよ」
さらりと返されて、ムダイは訝しげにノムルを見つめ、それから雪乃に視線を落とした。
ノムルに抱えられた雪乃は、ぷらぷら揺れている。
「だって、すぐにユキノちゃんが捨てちゃうんだもん。拾おうにも、どんな魔術が掛かってるのか、煙になって消えちゃうし」
ムダイは立ち上がると、雪乃の前に膝を折った。それから、自分のカードを見せる。
「内容は、これと同じかい?」
書かれている文章を確認した雪乃は、ムダイをまじまじと見つめた。そして、
「ぷふう」
っと、吹き出したのだった。
ムダイの顔が真っ赤になる。
「なになに? なんて書いてあるのー?」
覗きこんだノムルは、雪乃に尋ねた。
魔物文字を雪乃から教えてもらってはいたが、ムダイのカードに書かれた文面は、ノムルにはまだ理解できない文字が使われていたのだ。
「いえ、それは……」
言葉を濁した雪乃だったが、
「やはり、レッドですね」
と、にっこりと笑んだ。
ますますムダイは赤くなる。耳も首も真っ赤だ。
こほりと無理矢理に咳払いをすると、
「僕が望んだわけではありませんよ。勝手に降ってきたんですから。しかしそういう反応をするということは、雪乃ちゃんにはこの手の内容は届いていないみたいですね」
と、平静を装い、内ポケットにカードをしまう。しかし笑顔を貼り付けた顔は、赤いままだ。
ノムルが意地悪くニヤニヤ見ている。
一方、ムダイの指摘を受けた雪乃は、きょとんと瞬いて顔を逸らした。
最強と呼ばれる冒険者二人が、その反応を見逃すはずはない。
「僕のことを笑っておいて、雪乃ちゃんには、どんなカードが届いたのでしょうね?」
にっこりと、女性が見たら失神しそうな爽やかスマイルが放たれた。
「おとーさんに隠し事?! 駄目だよ、ユキノちゃん。おとーさんには何でも話さないと」
お父さんではないはずなのだが、ノムルの中では決定事項らしい。
「……。秘密です」
「えー?」
「おや? 僕のカードは見たのに? しかもあんなに面白がったのに?」
二人に詰め寄られるが、雪乃はぐりんと幹を回して目が合わないように逃げる。
さすがに本物の魔王候補であるとは言えない。
厨二臭は凄まじいし、それを抜きにしても、人間から好まれる存在ではないだろう。
樹人という魔物であるだけでも、正体を隠さなければならないというのに、魔王候補と知られれば、指名手配されかねない。
それに、と雪乃はムダイを窺うように見上げる。
彼のカードに書かれていた文面は、
『勇者になりますか?』
だった。
もしもムダイが『はい』を選んだなら、もしも雪乃が『はい』を選んだなら、その先に待っているのは……。
雪乃はふるふると震えた。
「おい、ムダイ。俺の雪乃ちゃんを怖がらせるなよ!」
「え? ノムルさんも同罪でしょう?」
「お前と一緒にするな!」
ぎゅっと抱きしめられた雪乃は、無意識に枝を伸ばし拒絶する。
ムダイの同行を断わったのは正解だったようだ。ノムルだけでも手一杯なのに、ムダイまで加わったら、雪乃の精神が削られかねない。
ふるりと震えた雪乃は、ノムルをぐいっと押しやって、腕から逃れた。
「さ、ノムルさん、行きましょう! 長居は無用です!」
「りょーかい」
「ぴー!」
ムダイがまだ何か言い募っているが、放っておいて部屋を出る。
眠り病の治療法がドューワ国に届く前に、雪乃はこの国を出なければならないのだ。
そして、と、雪乃はノムルを見上げた。
融筋病に必要な薬草は、揃ってしまった。
雪乃は頭の中で薬草図鑑をめくる。
どたばたしていて言いそびれていたが、レシピは開示されていた。
きゅっとノムルのローブを握り締めた雪乃は、そっと額を摺り寄せる。
「どーしたのー? 怖いおじさんに苛められて、怖かったねー」
すぐに抱き上げられて、頬を摺り寄せられた。枝を突っ張って頬を遠ざけるが、ぐぐぐと押し戻されてしまう。
小さな雪乃が非力なのか、ノムルが意外と力があるのか。
「……早く、行きましょう。素材は揃ったのですから」
ぽつりとこぼれた声に、ノムルは一瞬だけ真顔になった。本当に、一瞬だけ。
「そーだねー。次は俺の本拠地だから、変態に怯えなくてもいいからねー」
へらりと笑ったノムルは、受付からラジン方面の護衛依頼を受注していた。
「あ、じゃあ、俺も」
「……」
いつの間にか隣に立っていたムダイが、自然な様子で割り込んでくる。
「えっと、ムダイさんは、止めておいたほうがいいかと」
止めたのは、ノムルではなくギルド職員だった。
予想外の展開に、ムダイも雪乃もきょとんとして職員を見る。
「ラジンは非魔法使いに対しての偏見が凄いですよ? ムダイさんは魔法は使えませんよね?」
「ああ。でもそんなに気にすることないだろう?」
「……」
「……」
ムダイに対して、職員は気の毒そうに、ノムルは呆れたように視線を投げかけた。
この世界には、強い人種差別が存在している。罪もないのに捕らえられ、奴隷として扱われる獣人やエルフも珍しくはない。
だがムダイは人間だ。
偏見といっても、貴族が平民に対する程度だろうと、ムダイは軽く考えていたのだが。
「はい」
「ぴー」
立ち上がったノムルに続けとばかりに、雪乃もひょいっと立ち上がる。眠っていたぴー助も、動く気配に気付いて起きたようだ。
残念そうにノムルを見送っていたムダイは、ふと、雪乃を呼び止める。
「雪乃ちゃん」
「はい」
振り向いた雪乃に手招きをして、用件を告げようと
「今度は何する気?!」
したのだが、邪魔が入った。
とつぜん持ち上げられた雪乃は、気付かず空中を歩く。
「何もしませんよ。もう一つだけ、確認したいことがあっただけです」
諸手を挙げて降参のポーズを取ったが、ノムルは睨みつけたままだ。
ムダイは一つ息を吐き出すと、内ポケットからカードを取り出した。
「これを確認してほしいだけです」
見慣れたカードに、ノムルの眉間にしわが刻まれる。
「やはり雪乃ちゃんも持ってましたか」
「というより、定期的に空から降ってきてる。なんなの、それ?」
「……」
目元を押さえたムダイは、斜め下を向いて沈黙した。
「定期的に?」
「ああ。もう百枚は見たよ?」
「……さすが樹人」
何がどうさすがなのか分からないが、ムダイの中で樹人は別格らしい。
「見せてもらっても?」
「ないよ」
さらりと返されて、ムダイは訝しげにノムルを見つめ、それから雪乃に視線を落とした。
ノムルに抱えられた雪乃は、ぷらぷら揺れている。
「だって、すぐにユキノちゃんが捨てちゃうんだもん。拾おうにも、どんな魔術が掛かってるのか、煙になって消えちゃうし」
ムダイは立ち上がると、雪乃の前に膝を折った。それから、自分のカードを見せる。
「内容は、これと同じかい?」
書かれている文章を確認した雪乃は、ムダイをまじまじと見つめた。そして、
「ぷふう」
っと、吹き出したのだった。
ムダイの顔が真っ赤になる。
「なになに? なんて書いてあるのー?」
覗きこんだノムルは、雪乃に尋ねた。
魔物文字を雪乃から教えてもらってはいたが、ムダイのカードに書かれた文面は、ノムルにはまだ理解できない文字が使われていたのだ。
「いえ、それは……」
言葉を濁した雪乃だったが、
「やはり、レッドですね」
と、にっこりと笑んだ。
ますますムダイは赤くなる。耳も首も真っ赤だ。
こほりと無理矢理に咳払いをすると、
「僕が望んだわけではありませんよ。勝手に降ってきたんですから。しかしそういう反応をするということは、雪乃ちゃんにはこの手の内容は届いていないみたいですね」
と、平静を装い、内ポケットにカードをしまう。しかし笑顔を貼り付けた顔は、赤いままだ。
ノムルが意地悪くニヤニヤ見ている。
一方、ムダイの指摘を受けた雪乃は、きょとんと瞬いて顔を逸らした。
最強と呼ばれる冒険者二人が、その反応を見逃すはずはない。
「僕のことを笑っておいて、雪乃ちゃんには、どんなカードが届いたのでしょうね?」
にっこりと、女性が見たら失神しそうな爽やかスマイルが放たれた。
「おとーさんに隠し事?! 駄目だよ、ユキノちゃん。おとーさんには何でも話さないと」
お父さんではないはずなのだが、ノムルの中では決定事項らしい。
「……。秘密です」
「えー?」
「おや? 僕のカードは見たのに? しかもあんなに面白がったのに?」
二人に詰め寄られるが、雪乃はぐりんと幹を回して目が合わないように逃げる。
さすがに本物の魔王候補であるとは言えない。
厨二臭は凄まじいし、それを抜きにしても、人間から好まれる存在ではないだろう。
樹人という魔物であるだけでも、正体を隠さなければならないというのに、魔王候補と知られれば、指名手配されかねない。
それに、と雪乃はムダイを窺うように見上げる。
彼のカードに書かれていた文面は、
『勇者になりますか?』
だった。
もしもムダイが『はい』を選んだなら、もしも雪乃が『はい』を選んだなら、その先に待っているのは……。
雪乃はふるふると震えた。
「おい、ムダイ。俺の雪乃ちゃんを怖がらせるなよ!」
「え? ノムルさんも同罪でしょう?」
「お前と一緒にするな!」
ぎゅっと抱きしめられた雪乃は、無意識に枝を伸ばし拒絶する。
ムダイの同行を断わったのは正解だったようだ。ノムルだけでも手一杯なのに、ムダイまで加わったら、雪乃の精神が削られかねない。
ふるりと震えた雪乃は、ノムルをぐいっと押しやって、腕から逃れた。
「さ、ノムルさん、行きましょう! 長居は無用です!」
「りょーかい」
「ぴー!」
ムダイがまだ何か言い募っているが、放っておいて部屋を出る。
眠り病の治療法がドューワ国に届く前に、雪乃はこの国を出なければならないのだ。
そして、と、雪乃はノムルを見上げた。
融筋病に必要な薬草は、揃ってしまった。
雪乃は頭の中で薬草図鑑をめくる。
どたばたしていて言いそびれていたが、レシピは開示されていた。
きゅっとノムルのローブを握り締めた雪乃は、そっと額を摺り寄せる。
「どーしたのー? 怖いおじさんに苛められて、怖かったねー」
すぐに抱き上げられて、頬を摺り寄せられた。枝を突っ張って頬を遠ざけるが、ぐぐぐと押し戻されてしまう。
小さな雪乃が非力なのか、ノムルが意外と力があるのか。
「……早く、行きましょう。素材は揃ったのですから」
ぽつりとこぼれた声に、ノムルは一瞬だけ真顔になった。本当に、一瞬だけ。
「そーだねー。次は俺の本拠地だから、変態に怯えなくてもいいからねー」
へらりと笑ったノムルは、受付からラジン方面の護衛依頼を受注していた。
「あ、じゃあ、俺も」
「……」
いつの間にか隣に立っていたムダイが、自然な様子で割り込んでくる。
「えっと、ムダイさんは、止めておいたほうがいいかと」
止めたのは、ノムルではなくギルド職員だった。
予想外の展開に、ムダイも雪乃もきょとんとして職員を見る。
「ラジンは非魔法使いに対しての偏見が凄いですよ? ムダイさんは魔法は使えませんよね?」
「ああ。でもそんなに気にすることないだろう?」
「……」
「……」
ムダイに対して、職員は気の毒そうに、ノムルは呆れたように視線を投げかけた。
この世界には、強い人種差別が存在している。罪もないのに捕らえられ、奴隷として扱われる獣人やエルフも珍しくはない。
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