上 下
126 / 401
ラジン国編

162.転移装置だよ

しおりを挟む
「こっちだよー」

 ノムルが向かったのは、直径二メートルほどの、円柱の建物だった。四つ並ぶ円柱のうち二つには、それぞれ列ができている。
 少なそうな列に、ノムルと雪乃は並んだ。

「ここはなんですか?」

 建物の中に順番に人が入っていくが、出てくる人はいない。
 逆に、誰も並んでいない二つの建物からは、次々と人が出てくる。あの小さな建物に入りきれるとは思えない人数だ。

「転移装置だよ。ほら、飛竜のところで見ただろう?」

 飛竜から逃げるために、用意していた荷馬車に組み込まれていた術式を、雪乃は思い出す。

「ラジンには主要ポイントに転移装置が設置してあって、瞬間移動できるようになっているんだ。まあ、この新型を使うのは、俺も初めてなんだけどねー。以前は行き先ごとに箱があって、魔力を込めるだけでよかったんだよー。ただそれだと、設置する箱の数が多くてねー」

 へらりと笑うノムルに、雪乃はちょっと不安を覚える。
 話が聞こえていた前に並ぶ若者が、振り向いた。

「使い方を教えようか?」
「大丈夫。仕組みは分かってるから」

 列が進み、雪乃たちの番になる。
 円柱の中に入ると、そこには魔方陣が描かれていた。
 雪乃はノムルに指示されるまま、魔法陣の中央に立つ。

「魔法ギルド本部」

 こつんと、ノムルの杖が床を突く。それを合図に魔方陣から光があふれ出し、雪乃とノムル、ぴー助を包んだ。

「おお!」
「ぴー」

 眩い光に視界が覆われ、少しして光が消えていく。

「ん?」
「ぴ?」

 光が消えて目に映ったのは、先ほどと変わらない光景だった。
 白い円柱状の壁、下には魔方陣。
 雪乃とぴー助は顔を見合わせたが、ノムルは気にせず魔方陣から出て行く。扉を開けた先は、国境の町ではなく、どこかの屋内に繋がっていた。

「ノムルさん、ここは?」
「魔法ギルドだよ。魔法使いはもちろん、魔術師とか、薬師とか、まあ研究好きの集まりみたいなもんだねえ」

 冒険者ギルドと違い、大理石に似た床に白壁という、美術館か大きな病院に来たような、清潔感あふれる内装だった。
 すれ違う人や、喫茶スペースで談話していた人達が、雪乃たちを見ている。ぽかんと口を半開きにする人、なぜか目を輝かせている人、嘲るような笑みを浮かべる人。
 反応は幾種類かに分かれたが、注目を浴びていることは間違いないようだ。
 雪乃はノムルに隠れるように、すぐ脇を歩いた。
 ノムルはロビーを真っ直ぐに進み、受付に向かう。

「俺の部屋って、まだ残っている?」

 冒険者ギルドの認定証とは違う、虹色の金属板を取り出したノムルは、受付の青年に渡した。

「もちろんです! お帰りをお待ちしておりました、ノムル様。すぐにご案内します!」

 椅子から立ち上がり、輝く目でノムルを見つめている。
 青年の張り上げた声がロビーに響くとに、嘲るような笑みを浮かべていた人たちは、罰が悪そうに辺りを見回して身を縮めた。
 居合わせた人々の目は、きらきらと輝いて、まるで教祖様を拝む新興宗教の信者のようだ。
 恐怖を感じた雪乃は、ノムルのローブを握り締める。

「どうしたの? ユキノちゃん。抱っこが御所望かな?」

 ノムルは信者達にも負けない、輝かしい笑顔を雪乃に向けた。
 冷静さを取り戻した雪乃は、ぱっと枝を開いて離れる。
 何事もなかったように澄ます雪乃だが、ノムルはにやにやと見ている。雪乃はぷくりと頬葉を膨らませた。
 
「案内はいいよ。自分の部屋の場所を忘れるほど、耄碌していないから。それより、調合室は空いてる?」

 受付の青年に視線を戻したノムルは、注目を受けていることには気付いていないのか、呑気な声で会話を続ける。

「もちろんです!」
「じゃあ明日から使うから、予約しといて」
「はい! 助手は何名ご入り用でしょうか?」
「いらない」

 ノムルの返答に、青年は目に見えて落胆した。周囲を見回せば、他の見物客達も、肩を落としていた。

「それと、この子の登録しといてくれる?」

 その言葉で、ノムルに注がれていた視線は、一気に雪乃へと向かう。
 受付の青年も、カウンターから身を乗り出して、雪乃を見た。その眉間に皺が寄り、表情は不快に染まっていく。

「失礼ですが、こちらは?」
「うん? ああ、俺の隠し子」

 へらりと笑ったノムルに、青年はがく然として表情を失い、ロビーにはどよめきが広がった。
 いつの間にか、廊下や階段から、人々があふれるように湧いてきて、ノムルたちを窺っていた。

「ノムル様が子供を儲けたという噂は、本当だったのか」
「私は弟子を取ったと聞きましたが?」
「なんにしても、羨ましい」

 嫉妬を超える、殺気にも近い視線が、雪乃に突き刺さる。

「ノムルさん、嘘はいけません。隠されてもいませんし、ノムルさんから生まれた記憶もありません」
「うわ、酷いなあ。というか、俺、男だからね? 産まなくてもお父さんになれるからね?」
「え?」
「え?」

 見詰め合う雪乃とノムル。
 周囲からは安堵の吐息が漏れる。
 だがしかし、爆弾発言の投下は終わらなかった。

「まあいいや。というわけで、養子縁組の手続きしたいんだけど、書類とか集めといてくれる」
「え?」
「「「えええ?!」」」

 突拍子もない流れに、雪乃は混乱した。
 それ以上に、聞いていた人間たちのほうが混乱した。というか、混沌に陥った。

「ノムル様の養子?!」
「お待ちください! 子供を望まれるのでしたら、うちの子供を!」
「いや、私を!」

 遠巻きにしていた人達が、争うようにノムルの前に進み出て、自分や自分の子供をアピールし始めた。
 雪乃はとっさにノムルのローブにしがみ付く。ぴー助は雪乃を守るように、羽を広げた。
 おびえた様子の雪乃を目に映したノムルの眉が、不機嫌そうに寄る。

「あのさあ、ユキノちゃんを怖がらせないでくれる?」

 怒りのこもった低い声に、魔法使いたちは一斉に逃げ出した。防御魔法を使える者は、防御結界を展開し始めている。
 なんとも慣れた様子だ。
 
「駄目ですよ、ノムルさん。暴力は禁止です」
「大丈夫だよ? ちゃんと加減するって」
「ノムルさんの加減は当てになりません」
「ええー。酷いなあ」

 最大出力の防御結界を張り、警戒する者。物陰に逃げ込んだ者。逃げ遅れて床にへばり付いて頭を庇っている者。
 しかし来るべきものが来ず、おそるおそる様子を窺う。彼らの目に飛び込んできたのは、小さな子供に説教される、ノムル・クラウの姿だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界ライフは山あり谷あり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,307pt お気に入り:1,552

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:14

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,245pt お気に入り:3,013

冤罪で異界に流刑されたのでスローライフを目指してみた

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:605

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。