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ラジン国編

171.にゃろ

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「お前さあ、ユキノちゃんの召喚獣だから大目に見てやってるけど、ちゃんとご主人様をうや」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「……にゃろ」

 ノムルの額に、青筋が浮かんだ。
 雪乃は擦り寄ってくるランタを、優しく撫でてやる。

「寂しかったですか? すみません」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「そうですか」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「なんで会話が? いや、なんでこの騒音が平気なの?」

 ノムルは額を押さえて、がくりと肩を落とした。
 と、そこへ第二弾がやってくる。

「ぴーっ?!」

 ライバルが現れたと思ったのか、ぴー助は一直線に飛んでくると、雪乃にひしと抱きついた。

「ぴー! ぴー!」
「寂しかったですか? よくお留守番をしてくれましたね」
「ぴー!」

 褒められたと気付いたぴー助は、嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。

「あ、てめえ、ぴー助! 何どさくさに紛れてやってるんだ! ユキノちゃんとのほっぺすりすりは、おとーさんの特権なんだぞ?!」
「ぴー!」

 ぴー助とは反対側から抱き締めたノムルが、雪乃に頬を摺り寄せてくる。もちろん、雪乃は枝を突っ張って、ノムルの頬から身を守った。

「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「ぴー」
「お前ら、ユキノちゃんから離れろ!」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「ぴー」

 いつもは静かな魔法ギルドの裏手にある森林。今日はとても賑やかだった。いや、騒々しかった。

「……ノムル様? え? どういう状況なんですか?」

 ぴー助をつれてきたディランの脳ミソは、目の前の光景を処理することができず、今にも煙が立ち昇りそうだ。
 そして騒ぎの中心となっている雪乃はと言えば……。
 俯いてふるふると震えていた。

「ノムルさん! ぴー助! ランタ! 落ち着きなさい!」

 一人と二匹は、小さな樹人からのお説教を食らったのだった。

「ユキノちゃん、おとーさんはただ、嫉妬の炎に焼かれていただけなんだよ?」 
「そんな理由、言い訳になりません!」
「えー?」
「ぴー!」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」

 ギルドにいた魔法使い達も、何事かと森の様子を窺う。
 だがそこで展開されていた偉大なる魔法使いの残念な姿に、ある者は硬直し、ある者は目を逸らし、ある者は記憶を抹消した。
 そんな長閑な昼下がりのお話。



「ノムル様……」

 部屋に戻ったノムルと雪乃は、ソファに並んで座っていた。もちろんぴー助も雪乃の隣にいる。
 午前中、一緒にいられなかったことが寂しかったらしく、不機嫌そうに尻尾でソファを叩き続けていた。
 そして対面には、ディランが座っている。
 ディランは笑顔だが、とても怖い。氷点下の笑顔というやつだ。彼の背後には、アイス国で見た吹雪が見える。

「何怒ってるのさ?」
「……。お分かりになりませんか?」
「わかんないから聞いて」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「うん、分かった気がする」
「ご理解いただけましたこと、感謝いたしま」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」

 窓の外から、ランタの声が聞こえる。
 ディランの前で吸収するわけにもいかず、森に残して来たのだが、屋内にいても彼の声はよく届く。

「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「「「……」」」
「えーっと、ごめんなさい」

 とりあえず、雪乃は幹を曲げて謝罪した。
 あれは人里で召喚してはいけない生き物だった。

「いえ、ユキノ様のせいでは」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「「……」」

 ディランは目元を覆って項垂れる。
 雪乃は真っ赤に紅葉した。
 ぴー助は相変わらずソファを叩いているし、ノムルは怒られることに飽きて、後ろ向きに座る。背もたれに乗せた腕にあごを乗せて、まったく聞く耳を持たぬようだ。

「なぜヤギがいるのでしょうか? あれはいったい、どういう」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「えっと、途中で拾いまして」
「今までいませんでしたよね? 空間魔法には生体は入れられないはずで」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「えーっと……」

 雪乃は視線をさ迷わせる。プランタ・タルタリカ・バロメッツだと答えても良いものなのだろうか? 判別しかねた。

「ヤギの一匹や二匹で騒ぐなよ。別に迷惑かけてないだ」
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「「「……」」」

 迷惑はしっかりかけているようだ。
 ノムルは杖を指で弾き、ランタの周囲に防音魔法をかける。

「ご迷惑をおかけしました。あまり大声を出さないように、ランタにはしっかりお願いしておきます」
「そこは躾で良いと思うけど?」
「え?」
「ん?」

 雪乃とノムルは見つめあう。見詰め合う。

「ユキノちゃーん」
「セクハラ禁止です」

 枝を突っ張って、親ばかの頬を何とか遠ざけた。

「そういえば、俺とユキノちゃんの養子縁組の書類、どうなってるのさ? 何でまだ手元に来てないの?」

 雪乃の枝先が頬に食い込みながらも、ノムルはディランに問う。もはや恒例過ぎて、痛みは無いようだ。
 ぎくりとディランの目が泳ぐが、すぐに笑顔を作る。

「申し訳ありません。ユキノ様のご両親が不明ですので、書類の作成に手間取っていまして」
「ユキノちゃんは孤児だって説明しただろう?」

 一応、雪乃は人間ということにしているため、分かりやすい孤児という設定を使うことにしたのだ。

「そう申されましても、ノムル様の養子となられたとなれば、どこから嗅ぎつけたか分からぬ者が、親族として名乗りを挙げる可能性が高いのです。きちんと精査しませんと」
「そんなの蹴散らせばいいじゃん! 全部偽者だから」
「そういうわけには。偽証だと立証するだけの証拠が無ければ、ノムル様に誘拐の冤罪が掛けられる危険もあるのですよ?」

 ディランはなおも説明を続けようとしているが、ノムルは唇を尖らせて不満を募らせる。
 実際の所、雪乃の親族だと名乗る人間が現れても、間違いなく偽者であるのだが、それをディランに説明するには、雪乃の正体を明かす必要がある。

「私の親戚ですか……」

 雪乃は考える。ぽわんぽわんと浮かんできたのは、グレーム森林に棲む、古老の樹人だった。

「いや、あれは無しだから」

 ノムルも同じ相手を想像したらしく、雪乃が口を開く前に却下した。
 彼は樹人である以上に、キャラが濃すぎる。
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