『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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コダイ国編

186.国や世界が変われば常識も

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「えーっと、幾つか確認したいのですが」

 男に掛けられた魔法を解いてもらってから、雪乃はノムルと向き合う。
 ノムルは不満を漏らしたが、これ以上は男が精神的に死にかねない。そこまでの報復を雪乃は望んでいなかった。
 へらりと笑ったノムルも、雪乃を見つめる。

「この国では、従者への暴力は合法なのでしょうか?」

 小さな子供を足蹴にするなど、雪乃としては合法でも許しがたいが、国や世界が変われば常識も変わってくる。だから一応、確認しておく。

「従者っていうか、奴隷だねー。殴っても殺しても問題ないよ? 特にその子は人間じゃないみたいだし」

 微笑を浮かべたまま何でもないことのように言うノムルに、雪乃は戦慄した。虫人の少女も大きな瞳をうるませて、かたかたと震えている。

「ど、奴隷は合法なのでしょうか?」

 答えは聞かなくても予想できたが、念のため聞いた。

「種族や国によるねー。人間はほとんどの国で禁止されているけど、虫人はねー。基本、半魔物扱いだから。むしろ奴隷でもましなほう?」

 困ったようにノムルは頬を掻く。
 魔物の雪乃に対して、言いたくはない台詞だったのだろう。
 雪乃は視線を虫人の少女に向ける。
 怯えた様子が抜けない少女は、雪乃には人と同じに見える。外見が少し違うが、人間だってみんな、少しずつ違う。
 ずっと見続けるのは失礼かと、視線を外した。

 少女を救いたいと思う。虐げられることが当然なんて、絶対にあってはならないことだ。
 だが、救うことがその国の法に反することもある。少女を今の境遇から逃がすことは、罪を犯し裁かれる覚悟が必要だろう。
 それは雪乃だけではなく、ノムルや目の前の少女、そして彼女の家族にまで及ぶかもしれない。

 雪乃は小枝を握り締める。
 見て見ぬふりをして、このまま旅立つことが最も無難な行動だ。

「このままがいいですか? それとも、自由になりたいですか?」

 雪乃は少女に問う。
 幸せも不幸も、人それぞれだ。雪乃には不幸に見えても、相手にはそうでない場合もある。
 少女は目を大きく開き、それから伏せた。

「正直に答えてください。あなたの答えを受け入れます」
「――っ!」

 少女の瞳が揺れ、雪乃を映す。
 震える手が、ゆっくりと伸びてきた。

「たす、け、て」

 小さな小さな声。
 雪乃はふっと、ほほ笑んだ。

「ノムルさん」
「なーにー?」
「これは、私が勝手にすることです。ですから」
「はいはい」

 と、雪乃の頭に大きな手が乗っかる。

「おとーさんに任せなさい」
「っ?! でも!」

 なおも言わんとした雪乃の眼前に、ノムルは人差し指を立てる。にっこりとほほ笑んだノムルの表情は、慈愛にあふれていた。
 それから眉尻を困ったように下げると、雪乃から顔をずらした。

「あのね、ユキノちゃん。周囲を見てごらんよ」
「ん?」

 ぽてんと幹を傾げた雪乃は、言われるまま周囲を見回そうとして、固まった。わずかに視線を動かしただけで、状況を理解してしまった。
 むしろ、なぜ気付かなかったのか、不思議に思うほどだ。

「ノムル様だ」
「あの男、ノムル様に無礼を」
「嗚呼、ノムル様、俺にも鉄槌を」

 周囲は魔法使い達に取り囲まれいた。全員、恍惚とした表情で殺気を滲ませるという、芸達者だった。
 魔法ギルドにも存在したが、尊敬を突き抜けて、危険な思考になっている者も混ざっているようだ。

「その子を逃がしたいなら、好きにするといいよ。どうせ俺が離れたら、ここ、跡形もなく消え去ると思うから」

 ノムルがそう言った途端、周囲を囲む魔法使いたちの殺気が、瞬間的に膨れ上がった。その顔には、「もちろんです」とばかりに、満面の笑みが浮かんでいる。
 ラジン国を出たとはいえ、ここは国境の町。ラジン国は目と鼻の先であり、魔法使いたちも買い出しにやってくる町なのだ。
 ノムルを知っている魔法使いが、あちらこちらにいても不思議ではない。
 あらためて彼の影響力を知った雪乃は、ふるふると身震いした。



「ええっと、私は雪乃と申します。こちらはノムルさん。あなたのお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 場所を変えて、雪乃は虫人の少女にたずねた。
 後方で、なんだか魔法が炸裂し続けているが、振り向いてはいけない。気にしたら負けだ。とても気になるし、止められるなら止めたいが。
 ちらりと幹を右上に向けると、ノムルがへらりと笑った。
 雪乃が何と言おうと、魔法使いたちの暴走を止めるつもりはないらしい。死傷者を出さないように交渉できただけでも、良しとすべきだろう。

「あ、蟻人族の、リア」

 少女はたどたどしく小さな声で名乗った。

「リアちゃんですか。ご家族はどちらにおられるのでしょう?」
「おられる?」

 雪乃の問いかけに、リアはきょとんと見つめる。
 少し考えた雪乃は言い直す。

「ご家族はどこにいますか?」
「姉さんたちは、草原に、いる」

 今度は通じたようだ。
 ほっと胸をなで下ろした雪乃は、確認を続けた。

「草原とは、アトランテ草原でしょうか?」

 こくりと、リアは頷く。どうやら行き先は同じようだ。
 雪乃はノムルを見上げる。

「一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
「いーよー。蟻人の栽培するきのこは美味しいからねー。普通は蟻人を蹴散らして採取するんだけど、子供を連れて行けばお礼にくれるんじゃない?」

 どうやら善意だけではないようだ。というか、聞き捨てならない台詞があった。

「蹴散らして、とは?」
「え? 言葉のままだよ? 採取しようとすると邪魔してくるからね」

 雪乃は拳を握り、ふるふる震えた。

「当然ではないですか! 栽培している食料を強奪にこられたら、誰だって抵抗しますよ。きちんと対価をお支払して、買い取らせてもらわないと駄目です!」
「「「え?」」」
「え? って……」

 ノムルだけでなく、聞き耳を立てていた通りすがりの人達まで、雪乃の言葉に目を丸くしている。
 雪乃は困惑した。
 人間たちの視線に怯えたリアの手が、雪乃のローブをつかむ。震えるリアの手と、不安げな瞳を見て、雪乃は理解した。

「つまり、虫人は人間ではないから、対価を支払う必要などないと? 討伐しても構わないと?」

 地を這うような低い声が、雪乃から発せられる。
 頭の中が、燃え出しそうなほど熱くなっていた。

「まー、そういうことだねー」

 頬をぽりぽりとかきながら、ノムルは答えた。
 周囲の人間の顔も、「何を当然のことを」と言いたげである。
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