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コダイ国編
185.見物人たちは、反応に困っていた
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「え? ユキノちゃん?!」
ノムルが驚きながらも見守っている先で、雪乃の飛び蹴りが男の膝裏に炸裂する。そのまま脹脛を足がかりにすると、雪乃は根に力を込めて真上に飛んだ。
雪乃に蹴られた男は、かくりと膝を落とす。
上に飛んだ雪乃の根と、膝を付いた男の首の高さが等しくなった瞬間、雪乃は男の首筋に対して、直角に蹴りをお見舞いした。
一連の攻撃を終えて地面に下りた雪乃は、男を見下ろすように立つ。
「年端もいかぬ少女を足蹴にするとは、何事ですか!」
年のいったおっさんを足蹴にして、ふんすと鼻息荒く胸を張る雪乃。
しかし彼女の攻撃力は低い。猫パンチにも劣ると称されるほどに。たとえ蹴られたところでダメージはない。
実際、雪乃の根が男を直撃したときは、ほぼ無音だった。ぽふんどころか、すかっでも良いくらいに。
「「「……」」」
見物人たちは、反応に困っていた。
静かに雪乃に近付いたノムルは、彼女の前に倒れて動かなくなった髭面の男を、杖の先でちょんちょんっと突付いてみる。
「……。完全に伸びてるね」
猫パンチ以下の攻撃を受けたはずの髭面の男は、なぜか地面に倒れ付し、伸びていた。
「きちんと急所に決めましたから」
「ユキノちゃんに、そんな才能があったなんて」
ノムルは三秒硬直した後、顔を斜め下へと向ける。
「あ、ちゃんと靴は履いてますから大丈夫ですよ」
「……。そう」
ディランの件で反省した雪乃は、靴を買ってローブの下に隠していたのだ。木製で硬い靴の角を利用して、急所を突いたのだった。
しかし雪乃が小声で告げた言葉に、ノムルはなんだか複雑な気分になる。小さな樹人は、靴の使い方を間違っている。
そんなノムルは放っておいて、雪乃は少女に近付く。少女はまだ男が倒れたことに気付かず、蹲って震えていた。
「大丈夫ですか?」
雪乃が声を掛けると、少女はようやく顔を上げた。その顔を目に映した雪乃は瞠目し、息を飲む。
褐色の肌に埋まる大きな黒い瞳は、涙に潤み輝いている。漆黒に染まる艶やかな髪は、肩より少し長い程度にざっくりと切り揃えられただけだが、それが返って庇護欲をそそる。
気付けば雪乃は、手を差し伸べていた。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫」
澄ました声でたずねる雪乃に、躊躇いながらもそっと少女は手を……
「ユキノちゃん?! そこまで!」
取る前に、ノムルに邪魔された。
抱き上げられた雪乃は、不満気にノムルを見上げる。
「俺が悪いの? いや、ユキノちゃん、今のは駄目でしょう? というか、どういう流れ?」
眉間に皺を寄せて、一人混乱している。
「これほどの美少女と出会ったのです。手を差し伸べるのは当然の義務です」
「ええ?! ユキノちゃんも女の子でしょう? おかしいでしょう?」
雪乃は停止する。しばらくすると、顔をうつむけて沈思し始めた。
「言われてみれば、そうかもしれません」
「いや、言われる前に気付こうね」
疲れたようにノムルはがくりと項垂れる。それから視線を少女へと移した。
「それにしても珍しいね。虫人とは」
「ちゅーじんですか?」
ぽてんと雪乃は幹を傾げる。
あらためて少女を見てみれば、確かに頭に触覚が生えていた。目も人間に比べて大きい。手も細い。指も人間と違い、縦に並んでいる。
「なるほど」
「うん、気付かなかったんだね。ユキノちゃん的には、彼女も人間と同じに見えるんだねー。顔からして違うと思うんだけど」
何かに感心したように、ノムルはしきりに頷いている。視線は明後日の方角に向いているが。
雪乃は不思議そうにノムルを見つめ、少女へと視線を向ける。
確かに目が大きくて白目はないが、他に変わった感じは見当たらなかった。強いてあげるならば、肌の艶がテカテカと良いところか。
ノムルの腕から逃れた雪乃は、あらためて少女の前に立つ。
「怪我はありませんか?」
少女は怯えたままだが、小さく頷いた。
「痛い所があれば、遠慮なく言ってくださいね。こう見えても薬師なので」
「くす、し?」
たどたどしい口調で雪乃の言葉を繰り返し、小首を傾げる。その可愛らしさに、雪乃は身悶えた。
「お薬を作って、怪我や病気を治す人のことですよ」
そう説明すると、少女の瞳が輝いた。しかしそれもわずかな間のことで、すぐに翳ってしまう。
「おくすり、たかい」
胸元でぎゅっと手を握り締める少女の顔は、どこか切実に見えた。
「薬によりますよ。高いお薬もありますけど、お金の掛からないお薬もあります」
「そうなの?」
少女の瞳が輝いて、雪乃を映す。
「はい。どこか痛いのですか? それとも病気でしょうか?」
優しく話しかける雪乃に、少女の表情が緩んでいく。しかし、その目が恐怖におののいた。
「このガキ! いきなり何しやがる?!」
意識の戻った髭面のムキムキマッチョが起き上がったようだ。顔は憤怒で茹蛸のように赤く染まり、額には青筋が浮かんでいる。
血管が現れた目は雪乃を捉え、持ち上げた拳を振り下ろそうとしていた。
雪乃の幹よりも太い腕で殴られれば、小さな樹人は折れてしまうだろう。
異変に気付き雪乃が振り向くより早く、男の拳が雪乃の顔に……入るはずがなかった。
「俺の娘に何しようとしてるの? 顔に傷が付いて、お嫁にいけなくなったらどうしてくれるのさ? いや、お嫁にやる気なんてないけどね? ユキノちゃんはずーっと、おとーさんと一緒に暮らすんだから」
せっかくの見せ場も台詞も、最後の言葉で台無しである。
振り返った雪乃は、無表情にその光景を眺めた。
いつものことなので、動揺はない。しかし、
「完全に親子設定が確立してしまっています」
と、冷え切った声がこぼれ出る。
実際に、戸籍上は実の親子となったのだが。
意識を目の前に戻せば、髭面のムキムキマッチョは、口から泡を吹いて膝を突いていた。何かブツブツと呟き、目が白目を剥きかけているが、特に外傷は無いようだ。
「何をしたんですか?」
視覚的に異常は見当たらないので、ノムル本人に確認する。
「んー? ああ、精神に介入してね、今までに感じたことのある、気持ち悪かった記憶を再生させてるんだよー」
「……」
人によっては竜巻よりきついかもしれないと、雪乃はふるふると震えた。
ノムルが驚きながらも見守っている先で、雪乃の飛び蹴りが男の膝裏に炸裂する。そのまま脹脛を足がかりにすると、雪乃は根に力を込めて真上に飛んだ。
雪乃に蹴られた男は、かくりと膝を落とす。
上に飛んだ雪乃の根と、膝を付いた男の首の高さが等しくなった瞬間、雪乃は男の首筋に対して、直角に蹴りをお見舞いした。
一連の攻撃を終えて地面に下りた雪乃は、男を見下ろすように立つ。
「年端もいかぬ少女を足蹴にするとは、何事ですか!」
年のいったおっさんを足蹴にして、ふんすと鼻息荒く胸を張る雪乃。
しかし彼女の攻撃力は低い。猫パンチにも劣ると称されるほどに。たとえ蹴られたところでダメージはない。
実際、雪乃の根が男を直撃したときは、ほぼ無音だった。ぽふんどころか、すかっでも良いくらいに。
「「「……」」」
見物人たちは、反応に困っていた。
静かに雪乃に近付いたノムルは、彼女の前に倒れて動かなくなった髭面の男を、杖の先でちょんちょんっと突付いてみる。
「……。完全に伸びてるね」
猫パンチ以下の攻撃を受けたはずの髭面の男は、なぜか地面に倒れ付し、伸びていた。
「きちんと急所に決めましたから」
「ユキノちゃんに、そんな才能があったなんて」
ノムルは三秒硬直した後、顔を斜め下へと向ける。
「あ、ちゃんと靴は履いてますから大丈夫ですよ」
「……。そう」
ディランの件で反省した雪乃は、靴を買ってローブの下に隠していたのだ。木製で硬い靴の角を利用して、急所を突いたのだった。
しかし雪乃が小声で告げた言葉に、ノムルはなんだか複雑な気分になる。小さな樹人は、靴の使い方を間違っている。
そんなノムルは放っておいて、雪乃は少女に近付く。少女はまだ男が倒れたことに気付かず、蹲って震えていた。
「大丈夫ですか?」
雪乃が声を掛けると、少女はようやく顔を上げた。その顔を目に映した雪乃は瞠目し、息を飲む。
褐色の肌に埋まる大きな黒い瞳は、涙に潤み輝いている。漆黒に染まる艶やかな髪は、肩より少し長い程度にざっくりと切り揃えられただけだが、それが返って庇護欲をそそる。
気付けば雪乃は、手を差し伸べていた。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫」
澄ました声でたずねる雪乃に、躊躇いながらもそっと少女は手を……
「ユキノちゃん?! そこまで!」
取る前に、ノムルに邪魔された。
抱き上げられた雪乃は、不満気にノムルを見上げる。
「俺が悪いの? いや、ユキノちゃん、今のは駄目でしょう? というか、どういう流れ?」
眉間に皺を寄せて、一人混乱している。
「これほどの美少女と出会ったのです。手を差し伸べるのは当然の義務です」
「ええ?! ユキノちゃんも女の子でしょう? おかしいでしょう?」
雪乃は停止する。しばらくすると、顔をうつむけて沈思し始めた。
「言われてみれば、そうかもしれません」
「いや、言われる前に気付こうね」
疲れたようにノムルはがくりと項垂れる。それから視線を少女へと移した。
「それにしても珍しいね。虫人とは」
「ちゅーじんですか?」
ぽてんと雪乃は幹を傾げる。
あらためて少女を見てみれば、確かに頭に触覚が生えていた。目も人間に比べて大きい。手も細い。指も人間と違い、縦に並んでいる。
「なるほど」
「うん、気付かなかったんだね。ユキノちゃん的には、彼女も人間と同じに見えるんだねー。顔からして違うと思うんだけど」
何かに感心したように、ノムルはしきりに頷いている。視線は明後日の方角に向いているが。
雪乃は不思議そうにノムルを見つめ、少女へと視線を向ける。
確かに目が大きくて白目はないが、他に変わった感じは見当たらなかった。強いてあげるならば、肌の艶がテカテカと良いところか。
ノムルの腕から逃れた雪乃は、あらためて少女の前に立つ。
「怪我はありませんか?」
少女は怯えたままだが、小さく頷いた。
「痛い所があれば、遠慮なく言ってくださいね。こう見えても薬師なので」
「くす、し?」
たどたどしい口調で雪乃の言葉を繰り返し、小首を傾げる。その可愛らしさに、雪乃は身悶えた。
「お薬を作って、怪我や病気を治す人のことですよ」
そう説明すると、少女の瞳が輝いた。しかしそれもわずかな間のことで、すぐに翳ってしまう。
「おくすり、たかい」
胸元でぎゅっと手を握り締める少女の顔は、どこか切実に見えた。
「薬によりますよ。高いお薬もありますけど、お金の掛からないお薬もあります」
「そうなの?」
少女の瞳が輝いて、雪乃を映す。
「はい。どこか痛いのですか? それとも病気でしょうか?」
優しく話しかける雪乃に、少女の表情が緩んでいく。しかし、その目が恐怖におののいた。
「このガキ! いきなり何しやがる?!」
意識の戻った髭面のムキムキマッチョが起き上がったようだ。顔は憤怒で茹蛸のように赤く染まり、額には青筋が浮かんでいる。
血管が現れた目は雪乃を捉え、持ち上げた拳を振り下ろそうとしていた。
雪乃の幹よりも太い腕で殴られれば、小さな樹人は折れてしまうだろう。
異変に気付き雪乃が振り向くより早く、男の拳が雪乃の顔に……入るはずがなかった。
「俺の娘に何しようとしてるの? 顔に傷が付いて、お嫁にいけなくなったらどうしてくれるのさ? いや、お嫁にやる気なんてないけどね? ユキノちゃんはずーっと、おとーさんと一緒に暮らすんだから」
せっかくの見せ場も台詞も、最後の言葉で台無しである。
振り返った雪乃は、無表情にその光景を眺めた。
いつものことなので、動揺はない。しかし、
「完全に親子設定が確立してしまっています」
と、冷え切った声がこぼれ出る。
実際に、戸籍上は実の親子となったのだが。
意識を目の前に戻せば、髭面のムキムキマッチョは、口から泡を吹いて膝を突いていた。何かブツブツと呟き、目が白目を剥きかけているが、特に外傷は無いようだ。
「何をしたんですか?」
視覚的に異常は見当たらないので、ノムル本人に確認する。
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