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コダイ国編

193.ごめんなさい、ぴー助

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「うう……。ごめんなさい、ぴー助……」

 萎れる雪乃に気付いたノムルが、きのこを投げ捨てて飛びついてきた。

「ユキノちゃんっ?! どうしたの? 何かされたの?」

 ぎろりと、殺気混じりの視線を周囲に向ける。

「私は大丈夫です。でも、ぴー助が……」
「ピースケ? なんだ、じゃあいいや」
「よくありません!」

 ノムルはさっさと殺気を収めて、へらりと笑う。その態度に、雪乃は萎れていた葉を逆立てた。

「ぴー助のピンチです。助けないと」
「えー? いいよ別に。あいつがいなくなっても」
「ノムルさん!」

 口を尖らせるノムルに、雪乃の雷が落ちる。まったくダメージを与えられて無いようだが。

「それにさー、ユキノちゃんが連れ込まれたなら、水蒸気一つ残さず消滅決定だけど、あいつは雄だよ? しかも竜種だよ? 気にすることないって」
「今、恐ろしい台詞が聞こえたような……。いえ、それは置いておいて、男の子でも、襲われたらトラウマになるんですよ?」
「いやいや、大丈夫だよ? 竜種だもん。しかも相手は女でしょう? 全然問題ないって」

 本当に平気な様子のノムルに、雪乃は頭痛を覚えた。
 これは人の気持ちが分からないゆえの発言なのか、それとも……とノムルの過去を想像しかけた雪乃は、ぶるりと震えて思考回路を切断した。

 雪乃はノムルを広場の端に引っ張っていき、耳を貸してもらう。
 薬湯や粥は、すでに蟻人達が配ってくれているので、放っておいても大丈夫だろう。

「蟻人の方々って、蟻の習性もお持ちなのでしょうか?」

 差別的な発言かもしれないので、こっそりと確認してみる。

「ん? そうだね。蟻人がどうかは知らないけど、虫人の多くは、基本は人間だけど、特徴的な部分はその虫の習性を引き継いでいるって聞くねー」

 雪乃は血の気が引いた。

「あ、蟻の習性としまして、交尾をした雄を、雌たちが食べてしまうというものがあるのですが……」
「……」

 声を潜めた雪乃の言葉に、ノムルがピシリと固まった。
 眼球がゆっくりと、右へと流れていく。

「ピースケを、食べる?」

 表情の抜け落ちたノムルの顔を見て、彼も心配していたのだと、雪乃はわずかに安心した。
 のも束の間だった。

「おのれ! 子竜の肉は希少な珍味だぞ?! 俺の許しもなく、勝手に食べるとは!」
「違あーうっ!! そこじゃありません!」

 激昂し始めたノムルに、雪乃はツッコミを入れる。

「大丈夫だよ、ユキノちゃん。ちゃんと回収してきて、ユキノちゃんに食レポしてあげるからね」
「だからそこじゃありません! というか、ぴー助を食べないでください! 何の拷問ですか?!」

 雪乃の肩をがっしとつかんで、ノムルはきりっとした顔で宣言する。
 そしてどこかへ駆けていった。たぶん、ぴー助を回収に行ったのだろう。

「……ぴー助、逃げてください……」

 右の枝を突き出したまま固まった雪乃は、可愛い子竜の幻影に、無事を祈ることしかできなかった。
 そして数十秒後。さっそうとノムルは帰ってきた。

「大丈夫だったよ? まだ成長途中だから、食う気はないって。成獣になってから、することしてから食べるってさ」
「食べることは決定なんですね」

 半目になりながら、雪乃はどこか遠くを見つめた。
 蟻人はやっぱり、蟻の性質を受け継いでいるようだ。

「じゃあ、そういうことで、あいつは置いていこう」

 ひょいっと雪乃を抱き上げたノムルは、ぴー助を置き去りにして、蟻塚から出て行こうとする。

「え? ちょっと、ノムルさん?!」

 慌てて振り向くと、ノムルの笑顔が輝いていた。

「ぴー助ええーっ!」

 雪乃は叫びながら枝や根を動かすが、ノムルの腕からは逃れられない。

「ふんぬー!」

 枝を突っ張り、必死に抜け出そうとするが、ノムルの腕はびくともしなかった。

「大丈夫だよ、ユキノちゃん。あいつはちょっと調子に乗ってたから、ここらでいなくなったほうが良いんだって。食べる時は連絡するように伝えといたから、食べ損ねることもないよ?」
「そういう問題ではありません! そして食べることを前提にしないでください!」
「えー?」

 蟻人たちがノムルを引きとめようとしていたが、それを難なくかわし、ノムルは蟻塚の外に出る。

「うわー、まぶしいねー」
「ぴー助ええーっ!」

 雪乃は必死に蟻塚に向かって、子竜の名前を叫び続けた。

「大丈夫だよ? すぐに忘れられるって」

 ノムルはへらりと笑い、雪乃を抱き寄せる。そして、

「ノムルさんの、ばかあああーーっ!」

 雪乃の拳が、あご下にクリーンヒットした。
 一拍遅れて幹を固定していた腕の力が緩むなり、雪乃はノムルの胸を蹴って、地面へと着地する。そのまま蟻塚へと取って返した。

「ユキノちゃん?! 駄目だっ……って、力ないくせにピンポイントで急所を突くとか、どこで学んだのさ?」

 目眩ですぐに追いかけられなかったノムルは、そんなことに感心していた。
 首筋に手を当て、まぶたを落とす。ぐっと力を入れて目眩を取り除くと、ノムルは雪乃を追いかける。

「まったく、本当に予想外のことばかりしてくれるんだから」

 どこか嬉しそうにへらりと笑むノムルの目は、凶暴な光を湛えていた。


 一方、蟻塚に戻った雪乃は、壁際に追い込まれていた。
 昨日の優しそうなお姉さんたちの姿は、そこにはない。赤く光った目が、雪乃を追い詰める。

「男をどこへやったの?」
「独り占めなんて、駄目よ?」

 雪乃は壁に背中がぴったりと引っ付いているのに、さらに後退ろうと根を踏ん張る。とうぜん、それ以上はさがることはない。

「あ、あのう、落ち着いてください」

 震える声で宥めてみるが、効果はなさそうだ。

「やっと手に入れた男を、どこに隠したの?」
「早く出しなさい」

 蟻人の娘たちは、雪乃に迫ってくる。

「ひいっ?!」

 咽の奥から込み上げてきた悲鳴と同時に、凄まじい爆音が蟻塚に響き、地震が起こった。もうもうと砂塵が吹き荒れ、視界が閉ざされる。

「もう。だから出発しようとしたのに。ユキノちゃんってば、自分から修羅場に突っ込んでどうするのさ?」

 雪乃の隣には、ほんの少し不機嫌そうな、いつものおっさん魔法使いが立っていた。

「の、ノムルさん……」

 涙声で、雪乃は彼の名前を呼ぶ。

「違うでしょう? ノムルさんじゃなくて、」
「おとーさん」

 言われるより先に、雪乃の口からこぼれ落ちる。

「っ?!」

 息を飲んだおっさん魔法使いは、次の瞬間、

「ユキノちゃんっ!」

 当然のように、小さな樹人を抱きしめて、頬を摺り寄せた。頬というより、顔を摺り寄せたというべきだろうか。
 首を左右にめいっぱい振って、雪乃の頬に擦り付けている。
 その奇行のおかげで、雪乃は冷静さを取り戻した。

「ぐぬぬぬ……。正気に戻ってください!」

 枝を突っ張り、親ばか魔法使いの顔を遠ざける。
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