『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

文字の大きさ
142 / 385
コダイ国編

194.正気に戻ったらしい蟻人たちは

しおりを挟む
「申し訳ありませんでした」

 太陽が燦燦と注ぎ込んでいる蟻塚で、正気に戻ったらしい蟻人たちは、整然と並んで土下座していた。
 この世界にも土下座があったのかと、雪乃は霞がかった思考で考える。
 現実を直視する気力はない。

 ノムルは蟻人たちよりも一段高い場所に座っていた。その状況は、江戸時代の将軍謁見の場面に酷似している。
 そして雪乃が現在座っているのは、ノムル将軍の膝の上である。
 上様の膝の上に乗せられる子供とか、現実では羞恥プレイでしかない。

「ふぬぬぬぬー」

 両枝をつっぱり、雪乃はノムルの腕から抜け出そうと、何度も枝に力を込める。しかしノムルの腕はぴくりとも動かない。

「ふんぬうううー」

 幹をよじったり、伸びたりしてみるが、変化はない。

「ユキノちゃん、恥ずかしがらなくてもいいんだよー?」
「無茶言わないでください」
「照れ屋なんだからー」

 なんだか嬉しそうに笑み崩れている。
 雪乃のどんな態度も言葉も、この親ばか魔法使いには、プラスに変換されるようだ。

「さ、反省したなら、ピースケも返しなよ。俺たちはもう出るからさ」
「そんなっ!」

 蟻人たちは、悲鳴を上げた。

「せ、せめて今宵だけでも!」
「全員とは言いません、私だけでいいのです」
「抜け駆けですわ! どうか私に!」

 蟻人の姫たちが、ノムルを争って口論を始めた。
 雪乃はちらりとノムルを見上げた。

「それだけじゃ済まないだろ? その後で俺を食う気だろ? 消化吸収の意味で」
「まさか?!」

 と、蟻人たちはどよめいた。
 偏見だったかと雪乃が罪悪感を覚えかけたのも束の間、

「最中です」

 と、頭を抱えたくなる答えが返ってきた。
 隠す気は無いようだ。
 むしろ清々しいと、雪乃は感心さえ覚える。

「何がご不満なのでしょう? 男とは、そういう生き物でしょう?」

 心底不思議そうに、一人の姫が首を傾げた。
 蟻に限らずカマキリなども、交配を終えた雄は雌に食われることがある。虫人たちにとっては、当たり前のことなのだろう。
 蛇足だが、深海魚の中には、食われるのではなく雌の体と同化する種類もいる。
 という現実逃避は程々にして、

「俺は人間なの。人間は雄を食べたりしない。消化吸収的な意味では」

 と、ノムルは呆れと苛立ちの滲む声で言い放つ。
 蟻人たちはきょとんとして固まった。ゆっくり十秒ほど経過して、

「「「ええ?!」」」

 と、蟻塚から飛び出す勢いの声が響いた。

「そ、それで子を生せるのですか?!」
「まさか。手足をもいでやらないと、男は子種を渡さないわ!」

 蟻人たちは、混乱しているようだ。

「いやむしろ手足をもがれながらなんて、絶世の美女相手でも萎えるだろう……」

 呆れたように、ノムルは天を見上げた。
 そんな中、水色のドレスを着ていた姫が、あごに指を添え、しきりに首を捻っている。

「幾つかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「どーぞー」
「男を巣に連れ帰っても、なぜか死に物狂いで逃げてしまうのですが、もしかして食すことが原因なのでしょうか?」

 姫の言葉に、

「まさか?!」

 と、蟻人たちは顔を突き合せてざわめく。

「当然だろう? 食われたい男がどこにいるのさ?」

 ノムルは座っているのも面倒になったのか、寝そべってしまった。それでも雪乃を放そうとはしない。

「ふんぬーっ!」

 雪乃は蟻人たちの会話に混じることなく、必死に抜け出そうともがいていた。
 どエスな会話を聞かせないようにとの、ノムルの気遣いなのかもしれない。たぶん違うだろうが。

「では男を食さなければ、繁殖行為を受け入れる男も現れるでしょうか?」
「まー、中にはいるんじゃない? 種族問わずなやつも。というか、食わなくても手足もいだら逃げるからね」

 水色の姫の目が、妖しく輝く。

「試してみる価値はありますわね。一族が減少の一途を辿っているのは、繁殖の機会が激減していることが何より大きいのですから」
「しかし真にそれで事が成るのでしょうか……」

 侍女らしき蟻人が、疑問に首を捻っている。だが水色姫は引く気はないようだ。

「ノムル様、どうかお情けを!」

 ずいっとノムルに向かって膝を進めた。
 しかしノムルは、

「無理」

 と、にべも無く断わった。

「なぜです? 食べぬと言うております。旅に出るというのなら、止めぬとも約束いたしましょう」

 必死の形相で訴える水色姫に、ノムルの表情に剣呑な色が浮かんでくる。

「別に相手するのは構わないんだけどさー、子供は無理だから」
「なぜですか?」

 ぼりぼりと頭を掻くノムルの眉間には、皺が寄っていた。

「俺の子供なんてできたら、人間が黙っていないよ? 魔法使いたちは王家を立ち上げるとか言って、祭り上げるのが目に見えてる。非魔法使いたちは、それを防ぐためにあらゆる手段を使って、子供の抹殺を計るだろうね。ぶっちゃけ、この程度の蟻塚なんて、跡形も無く消されると思うよ? 蟻人ごと」

 蟻人たちから、さーっと血の気が引いた。
 ノムルの腕から逃れようと頑張っていた雪乃も、固まった。ゆっくりと首を回し、ノムルを見る。

「待ってください。そんな話は聞いていません」

 これから自分の身に降りかかるかもしれない災いに、雪乃は真っ青だ。

「大丈夫だよ? ユキノちゃんはちゃーんと、おとーさんが守ってあげるからねー」

 ノムルはへらりと笑うが、笑っていられる状況ではない。
 知らぬ間に、雪乃は世界中から狙われる存在になっていたようだ。魔物であることを隠すつもりが、余計に危機を招いている。
 雪乃は恐怖にふるふると震えた。

「だから大丈夫だって。俺のことを知っていながら敵に回そうなんて人間、いないから」
「矛盾しています」

 先ほどは、ノムルの子供だから狙われると彼は言ったのだ。

「してないよ? 俺の血を継いでるだけの子供がいたら、魔法使いにさらわれるか、非魔法使いに命を狙われるだろうけど、ユキノちゃんは俺の大切な娘だもの」
「つまり、子供をつくっても愛情を注ぐ気はないと?」
「もちろんだよー」

 悪びれる素振りなど毛ほども見せず、ノムルはいつもどおり、へらへらと笑っている。
 視界を閉じた雪乃は、ゆっくりと呼吸する。内から湧き出てくる怒りを、静かに抑え……

「られるかー!」

 雪乃は切れた。
 ノムルの肘を枝で弾くと、痺れて緩んだ隙に腕から逃れる。

「子供を何だと思っているんですか?! 最低です! 最悪です! おとーさんなどと、認めません!」
「誤解だって! ユキノちゃんのことはちゃんと愛してるよ? 大好きだよ?」
「私のことは良いんです! 実の子供に愛情を注ぎなさい!」
「いや、実の子供なんていないから。つくる気もないから」

 しばし見つめあう、雪乃とノムル。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...