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コダイ国編
196.子供はいません
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「そちらにいるだろう? 母上を放せ!」
「「ん?」」
どう見ても、少年の目は雪乃に向けられている。
「私、ですか?」
「他に誰がいるというのですか? 母上」
本気で雪乃を母親だと思っているらしい。
顎に小枝を添えた雪乃は、沈思する。とはいえ、思考は停止してあまり動いてくれないが。
「私に子供はいません」
「っ?! 何を仰るのです? ダルクです! 母上がお生まれになる日を、ずっと待ちわびておりました」
ダルクと名乗る少年は、そう言って一筋の涙を流した。
だがその言葉に、雪乃とノムルは怪訝な顔をするしかない。
子は母親から生まれる。したがって、母親が先に生まれ、子は後から生まれる。子が母親が生まれる日を待ちわびるなど、ありえない。
「ユキノちゃん、このダークエルフ、危なくない?」
「そうですね。何か非常に衝撃的なことでも起こり、錯乱しているのでしょうか?」
二人はひそひそと話し合う。
その間も、ダルクの攻撃は続いていた。
「人間め、母上を返せ!」
十分ほど休まず攻撃を続けていたダルクだったが、突然に間合いを取った。
「へえ? さすがはエルフ。大した魔力だねえ。だけど……」
ノムルは面白そうにダルクの手元を見つめる。
黒い稲妻が、火花を散らしている。稲妻も火花も光を発するものだが、ダルクのそれは確かに黒く、光を持たなかった。それなのに、稲妻と火花だと認識できた。
徐々に大きくなっていくそれは、ダルクの頭上で直径二メートルほどの大きさにまで成長していく。
「今お助けします、母上!」
投げつけられる黒い稲妻玉を見ながら、雪乃は思った。
(これ、私ごと抹殺しようとしていませんか?)
本気で助ける気があるのか、疑うレベルである。
ノムルの障壁に黒い稲妻が当たり、辺りは真っ黒に染まった。何も見えない、聞こえない、闇の空間だ。
「ユキノちゃん、怖かったら遠慮なく、おとーさんに抱きつくんだよ?」
「大丈夫です。無闇に動かなければ不都合はありませんから」
「ちぇー」
つまらなそうに、ノムルは火の玉を出して灯りを取る。
結界の向こう側は、真っ黒に塗りつぶされていて何も見えない。
「自爆? 蟻人さんたちは大丈夫でしょうか?」
「さあ?」
技を放ったはずのダルクさえ、姿が見えない。いったい何が起こっているのか、さっぱりだ。
「ちょっと移動するねー」
「お願いします」
ノムルは杖を握り、軽く揺らす。直後、雪乃とノムルは蟻塚の外にいた。
暗闇から日光の下に移動したため、眩しさに目がくらむ。
「もう面倒だし、薬草探しに行こうか?」
「その前に、蟻人さんたちの無事を確認して、ぴー助を取り戻します」
「ちっ。憶えてたか」
「ノムルさん?」
舌打ち混じりにこぼれた呟きに、雪乃は冷たい目を向ける。
何だかんだ言いつつも、ぴー助もノムルの転移魔法で回収してもらい、蟻塚に開いた大きな穴から中を覗き込む。
騒ぎにはなっているが、みんな無事のようだ。
というより、
「キャー! ダルク様!」
「私に会いに来てくださるなんて、感激ですわ!」
「一夜といわず、いつまでも滞在してくださいませ!」
違う意味で大騒ぎになっていた。
ぴー助を軟禁していた姫たちも、いつの間にか広場に集合してダルクに夢中だ。
「では、行きましょうか」
「おー。行こー行こー」
「ぴー」
こうして雪乃たちは、蟻塚を後にしたのだった。
蟻塚に大きな穴が二つ開き、一部がブラックホールに飲み込まれたように黒い空間になっている。
放ったまま出発するのは心苦しい気もしたが、蟻人たちは楽しそうなので、問題ないのだろう。
「しかし、なんだったんでしょうね?」
「本当にねー。まあ、触らぬ神に祟り無しって言うから、必要最低限の薬草を見つけたら、さっさと次に行こうか?」
「そうですね」
雪乃はいつものとおり、マンドラゴラを生やす。
魔力が漏れ出さないように、ノムルが結界を張ってくれていた。
あの謎の少年に気付かれないようにするためだそうだ。
「わー」
「わー」
「わー」
走り去っていくマンドラゴラたち。
アトランテ草原のみに生息する薬草は、それほど多くはない。あっさりと回収した雪乃は早々に立ち去ろうとしたのだが、
「あれ? 一匹足りません」
「わー?」
「わー?」
「わー」
戻ってきたマンドラゴラの数が、何度数えても不足している。
「何かあったのでしょうか? 助けに行かなければ」
おろおろと慌てふためく雪乃の根元を、マンドラゴラたちが取り囲む。
「わー」
「わー」
「わー!」
どうやら雪乃を足止めしようとしているようだ。
「えーっと、迎えに行かなくて良いということでしょうか?」
「わー」
幹を傾げてたずねれば、一斉に頷く。どうやら正解のようだ。
雪乃の肩に、一匹のマンドラゴラが登ってきた。雪乃の顔をわっさわっさと葉で叩くと、自分の葉と雪乃の葉を触れさせる。そして、
「わー!」
と、飛び降りた。なんだか自慢げだ。
雪乃は真顔で無言になっている。
「どしたのー?」
「ぴー?」
マンドラゴラの言葉が分からぬノムルとぴー助は、雪乃に問いかける。
滅多に喋らぬマンドラゴラだが、彼らのほうから望めば、雪乃に意思を伝えることも可能なのだ。滅多に伝えようとはしてこないし、雪乃が聞いてもスルーされる確立が激高なのだが。
「えっと、あのダルク少年に、捕獲されたそうです」
「……」
ノムルは肩を震わせながら、額に手を添え俯いた。
「わー?」
「わー?」
「わー」
「ぴー?」
小さな種族たちは元気だ。ぴー助は雪乃よりもでかいが。
「ユキノちゃん」
ノムルは重々しく口を開く。
「残念だけど、これは運命だ。そのマンドラゴラは諦めよう」
あれにはもう関わりたくは無いという気持ちが、前面に押し出ている。
「いえ、実は続きがありまして……」
と、雪乃は視線を逸らす。
なんだか残念な空気を感じ取ったノムルの眉間に、しわが刻まれる。
「捕獲されたマンドラゴラを、ダルク少年は『母上』と呼んで、大切に扱っているそうです。マンドラゴラのほうも満更ではないようで、このまま残るとの伝言が……」
ノムルはがくりと地面に膝と手を突いて、四つん這いになった。体が小刻みに震えている。
「「ん?」」
どう見ても、少年の目は雪乃に向けられている。
「私、ですか?」
「他に誰がいるというのですか? 母上」
本気で雪乃を母親だと思っているらしい。
顎に小枝を添えた雪乃は、沈思する。とはいえ、思考は停止してあまり動いてくれないが。
「私に子供はいません」
「っ?! 何を仰るのです? ダルクです! 母上がお生まれになる日を、ずっと待ちわびておりました」
ダルクと名乗る少年は、そう言って一筋の涙を流した。
だがその言葉に、雪乃とノムルは怪訝な顔をするしかない。
子は母親から生まれる。したがって、母親が先に生まれ、子は後から生まれる。子が母親が生まれる日を待ちわびるなど、ありえない。
「ユキノちゃん、このダークエルフ、危なくない?」
「そうですね。何か非常に衝撃的なことでも起こり、錯乱しているのでしょうか?」
二人はひそひそと話し合う。
その間も、ダルクの攻撃は続いていた。
「人間め、母上を返せ!」
十分ほど休まず攻撃を続けていたダルクだったが、突然に間合いを取った。
「へえ? さすがはエルフ。大した魔力だねえ。だけど……」
ノムルは面白そうにダルクの手元を見つめる。
黒い稲妻が、火花を散らしている。稲妻も火花も光を発するものだが、ダルクのそれは確かに黒く、光を持たなかった。それなのに、稲妻と火花だと認識できた。
徐々に大きくなっていくそれは、ダルクの頭上で直径二メートルほどの大きさにまで成長していく。
「今お助けします、母上!」
投げつけられる黒い稲妻玉を見ながら、雪乃は思った。
(これ、私ごと抹殺しようとしていませんか?)
本気で助ける気があるのか、疑うレベルである。
ノムルの障壁に黒い稲妻が当たり、辺りは真っ黒に染まった。何も見えない、聞こえない、闇の空間だ。
「ユキノちゃん、怖かったら遠慮なく、おとーさんに抱きつくんだよ?」
「大丈夫です。無闇に動かなければ不都合はありませんから」
「ちぇー」
つまらなそうに、ノムルは火の玉を出して灯りを取る。
結界の向こう側は、真っ黒に塗りつぶされていて何も見えない。
「自爆? 蟻人さんたちは大丈夫でしょうか?」
「さあ?」
技を放ったはずのダルクさえ、姿が見えない。いったい何が起こっているのか、さっぱりだ。
「ちょっと移動するねー」
「お願いします」
ノムルは杖を握り、軽く揺らす。直後、雪乃とノムルは蟻塚の外にいた。
暗闇から日光の下に移動したため、眩しさに目がくらむ。
「もう面倒だし、薬草探しに行こうか?」
「その前に、蟻人さんたちの無事を確認して、ぴー助を取り戻します」
「ちっ。憶えてたか」
「ノムルさん?」
舌打ち混じりにこぼれた呟きに、雪乃は冷たい目を向ける。
何だかんだ言いつつも、ぴー助もノムルの転移魔法で回収してもらい、蟻塚に開いた大きな穴から中を覗き込む。
騒ぎにはなっているが、みんな無事のようだ。
というより、
「キャー! ダルク様!」
「私に会いに来てくださるなんて、感激ですわ!」
「一夜といわず、いつまでも滞在してくださいませ!」
違う意味で大騒ぎになっていた。
ぴー助を軟禁していた姫たちも、いつの間にか広場に集合してダルクに夢中だ。
「では、行きましょうか」
「おー。行こー行こー」
「ぴー」
こうして雪乃たちは、蟻塚を後にしたのだった。
蟻塚に大きな穴が二つ開き、一部がブラックホールに飲み込まれたように黒い空間になっている。
放ったまま出発するのは心苦しい気もしたが、蟻人たちは楽しそうなので、問題ないのだろう。
「しかし、なんだったんでしょうね?」
「本当にねー。まあ、触らぬ神に祟り無しって言うから、必要最低限の薬草を見つけたら、さっさと次に行こうか?」
「そうですね」
雪乃はいつものとおり、マンドラゴラを生やす。
魔力が漏れ出さないように、ノムルが結界を張ってくれていた。
あの謎の少年に気付かれないようにするためだそうだ。
「わー」
「わー」
「わー」
走り去っていくマンドラゴラたち。
アトランテ草原のみに生息する薬草は、それほど多くはない。あっさりと回収した雪乃は早々に立ち去ろうとしたのだが、
「あれ? 一匹足りません」
「わー?」
「わー?」
「わー」
戻ってきたマンドラゴラの数が、何度数えても不足している。
「何かあったのでしょうか? 助けに行かなければ」
おろおろと慌てふためく雪乃の根元を、マンドラゴラたちが取り囲む。
「わー」
「わー」
「わー!」
どうやら雪乃を足止めしようとしているようだ。
「えーっと、迎えに行かなくて良いということでしょうか?」
「わー」
幹を傾げてたずねれば、一斉に頷く。どうやら正解のようだ。
雪乃の肩に、一匹のマンドラゴラが登ってきた。雪乃の顔をわっさわっさと葉で叩くと、自分の葉と雪乃の葉を触れさせる。そして、
「わー!」
と、飛び降りた。なんだか自慢げだ。
雪乃は真顔で無言になっている。
「どしたのー?」
「ぴー?」
マンドラゴラの言葉が分からぬノムルとぴー助は、雪乃に問いかける。
滅多に喋らぬマンドラゴラだが、彼らのほうから望めば、雪乃に意思を伝えることも可能なのだ。滅多に伝えようとはしてこないし、雪乃が聞いてもスルーされる確立が激高なのだが。
「えっと、あのダルク少年に、捕獲されたそうです」
「……」
ノムルは肩を震わせながら、額に手を添え俯いた。
「わー?」
「わー?」
「わー」
「ぴー?」
小さな種族たちは元気だ。ぴー助は雪乃よりもでかいが。
「ユキノちゃん」
ノムルは重々しく口を開く。
「残念だけど、これは運命だ。そのマンドラゴラは諦めよう」
あれにはもう関わりたくは無いという気持ちが、前面に押し出ている。
「いえ、実は続きがありまして……」
と、雪乃は視線を逸らす。
なんだか残念な空気を感じ取ったノムルの眉間に、しわが刻まれる。
「捕獲されたマンドラゴラを、ダルク少年は『母上』と呼んで、大切に扱っているそうです。マンドラゴラのほうも満更ではないようで、このまま残るとの伝言が……」
ノムルはがくりと地面に膝と手を突いて、四つん這いになった。体が小刻みに震えている。
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