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ゴリン国編

206.大切に思うなら

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「もしかして、あの方がノムルさんの『大切な人』ですか?」

 ノムルと車椅子の男のやり取りは、いつものノムルとはまったく違っている。気心知れた相手だということは、すぐに分かる。
 それにノムルの大切な人は、融筋病という病に侵されて、体の自由を失いつつあるのだ。 
 そう推察した雪乃だったが、

「何言ってるのかなー? ユキノちゃん。こんなおっさんが、俺の大切な人なわけないだろー?」

 と、即座にノムルに否定された。
 車椅子の男も、苦い顔で雪乃とノムルを見ている。

「それだけは無いな。大切に思うなら、もう少しおとなしくして、俺の仕事を増やさないだろう?」
「何言ってるのさ? 何もしてないだろう?」
「ギルド三件も破壊したそうだな?」
「すぐに直したんだから問題ないだろう?」
「あるわ! 大有りだ!」

 言い争っている内容が、常識を超えている。聞いていた人々は、ぽかーんと口を開けて、耳に届いた言葉を疑った。

「雪乃、本当にあの人は大丈夫なのか?」
「ええっと、まあ、なんとか?」

 大丈夫だと答えてカイを安心させたいが、どうしても言いきれない雪乃だった。

「まあいい。さっさと直せ。それから俺の執務室に来い。こんな所で騒いだら、他のやつらの迷惑だ」
「騒いだのおっさんじゃん」
「お前が先に騒いでたんだろうが!」

 ぶーぶー言いながら、ノムルは壊した壁を直していく。と言っても、かるく杖を指で撫でただけで、一瞬だったが。

「さすがはドイン副会長。あのノムルさんを指導できるとは」

 雪乃のすぐ脇に来ていたムダイが呟く。

「偉い人なのですか?」
「ああ。冒険者ギルドのナンバー二だよ」
「ほう」

 頷きながらも、雪乃はその名前に、どこかで聞き覚えがあるような気がした。

「なるほど、そんなお偉いさんとお知り合いだから、今までの暴走が大目に見られていたのですね」
「それにしても、ルモンの件はやりすぎだと思うけど? みんな軽いトラウマになってたし」
「……」

 次からはしっかり止めなければと、雪乃は心に誓った。必ず止められるという自信はないのだが。
 修理を終えた一行は、ドインについて彼の執務室へと案内された。
 三人掛けのソファに座る面々。

「なんでお前まで来てるんだよ?!」
「僕とノムルさんの仲じゃないですか」
「どんな仲だ?! 気持ち悪いこと言うな!」

 ソファから赤い勇者を押し出そうとする魔王様。そして意地でも座り続けようとする赤い勇者。
 喧嘩するほど仲が良いと言うが、本当に仲が良さそうだと、雪乃はカイの膝の上で思うのだった。

「騒ぐな。余ってる椅子でも引っ張ってくればいいだろうが? お前らならコップを運ぶのと変わらんだろう?」

 ドインは面倒くさそうに言ったが、部屋に置かれた椅子は、どれも重厚な作りのソファや、布張り椅子だ。
 雪乃には運ぶどころか、押して動かすこともできないだろう。

「それで、今度はどんな厄介ごとを持ってきたんだ?」

 深い、それは深い溜め息を吐きながら、ドインは気だるげにノムルを睨む。

「なんだよ? その言い方! せっかく会いに来てやったのに」
「お前が来る時は、確実に面倒かつありえない厄介ごととセットだろうが? しかも今回は竜殺しまで上乗せとか、厄介ごと以外の臭いがせんわ!」

 雪乃はドインの苦労を何となく察し、勝手に仲間意識を芽生えさせていた。

「酷っ! こんな可愛い娘を連れてきただけでも、感謝するところだろ?」
「そもそも、お前に娘ってどういうことだ?」
「それは僕も気になっていました。娘設定は以前も聞きましたけど、どういうことです?」

 ムダイも質問に加わった。
 視線は雪乃へと集中し、ノムルへと戻る。
 二人の疑問に対し、ふふんっと得意げに胸を張るノムル。

「ユキノちゃんは、俺の実子として届け出た」
「「「はあ?!」」」

 男三人から、素っ頓狂な声が飛び出る。

「ちょっと待て! 実子って、本当に実の子なのか?」
「そんなわけありませんよ。そもそも戸籍登録できるんですか?」
「雪乃、本当か?」

 男たちは三者三様の戸惑いを見せる。
 雪乃は紅葉して俯いた。

「ふふん。お前達凡人と一緒にしてくれるな! 魔法ギルドの力を使えば、このノムルおとーさんに出来ないことは無い!」

 ふんぞり返る、ネコ耳フードの魔法使いのおっさん。

「お前、権力の使い方を間違っているぞ? というか、お前誰だ? 本当にノムルか? 偽者じゃないのか?」
「親ばか怖っ! キモっ!」

 ドインとムダイが騒ぐ中、カイはこれ以上関わることは不毛と判断し、静かに雪乃の頭を撫でている。

「お前が何かを大切に思えるようになったことは、喜ばしいことだが。しかし極端すぎるだろう? 下で会った時から気になってたが、完全に別人だぞ?」
「それは同意見です。雪乃ちゃんと関わってからのノムルさんは、完全に別人格です。僕も初めは、そっくりさんかと思いましたから」
「だよな? 誰が見ても別人だよな?」

 かつてのノムルを知るドインとムダイは、しきりにノムル別人説を唱えているが、今のノムルしか知らない雪乃には、よく分からない。
 確かに最初に会った当初とは、イメージが大きく変わっているが。
 初めは陰のある、危険な人だと警戒していたのだ。親しくなると、面倒見が良く、その十倍は面倒を掛けられる、困った人だと気付いたが。
 しかしこのまま放っておくと、いつまで経っても本題に入りそうにない。
 雪乃は自ら促がすことにした。

「それよりもノムルさん、副会長さんに、お渡しする物があるのでしょう?」

 雪乃の台詞に、ドインが硬直した。
 顔を強張らせて、ゆっくりとノムルに視線を向ける。

「やっぱり厄介ごとを持ってきたか?」
「はあ? その口の悪さ、少しは直せないわけ?」
「お前には言われたくないわ!」

 押しが弱いようだ。
 雪乃はもう一度、言葉を重ねる。

「ノムルさん、あれを出してください」

 いつもよりも厳しい声を出しながら、雪乃はぎんっとノムルを睨む。
 わずかにたじろいだノムルだが、すぐにでれりと頬を緩めた。

「怒ったユキノちゃんも可愛いー」
「……ノムルさん? いい加減にしないと二度と『おとーさん』って呼びませんよ?」

 雪乃から黒いオーラが放たれる。
 ピシリっと固まったノムルは、すぐさま杖を弾き、空間魔法から大人も入れそうな、大きな銀の樽を五樽取り出した。
 そのうち三樽には、なぜか魔カマーフラワーが描かれている。
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