『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ゴリン国編

208.ソファや机が吹き飛んでいるが

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 言い争うおっさん二人を改めて目に移した雪乃は、二人の絆を想う。
 激しい喧嘩を繰り広げているが、彼らにとってはじゃれあいなのだろう。ソファや机が吹き飛んでいるが。

「……。副会長さんは、体が動かないんですよね?」
「はい。融筋病が進行しまして、今では手の指と首から上しか動かすことができない状態です」

 雪乃の問い掛けと執事の答えに、カイとムダイも表情が固まる。
 病状の深刻さも然ることながら、目の前の光景と耳に入ってきた情報が、矛盾している。

「副会長さんは、魔法が使えるのでしょうか?」
「いいえ。まったく使えません」

 雪乃もカイもムダイも、おっさん二人の喧嘩をぼんやりと視界に映す。

「なぜソファや机が吹き飛んでいるのだ?」
「これノムルさんだけじゃないよね? ドイン副会長、どうやって攻撃してるの?」

 高ランク冒険者二人にも、謎の現象であったようだ。

「いい加減、人間社会の常識を理解しろ!」
「してるだろ? どこからも指名手配されてないじゃん!」
「それは最低限の話だ! というか、お前の所業はどれも、国際指名手配されてもおかしくないからな?!」
「はあ? 何言ってるのさ?」

 ドインの指が視界の中でぶれるたび、ノムルの背後の壁に、次々と銃弾がめり込んだような穴が開いていく。
 人間社会の常識以前に、人間としての常識を知ってほしいと、三人はそっと思った。


「そういえば雪乃ちゃん、僕に何か話があるんじゃなかった?」

 現実から逃げるようにムダイが口にした言葉に、雪乃はうん? っと首を傾げる。雪乃もまた、目の前の理解できない光景から、意識をそらした。
 何の話だったかと幹を捻る雪乃は、カイの狼さんローブを見て思い出す。

「そうでした。ナルツさんのことを、お聞きしようと思ったのです」
「ナルツ?」

 今度はムダイのほうが首を傾げる。

「ナルツさんって、ルモン大帝国のご出身なのですか?」

 ローズマリナの恋人と、『元騎士のナルツ』という所は一致しているのだが、ルモン大帝国の騎士であれば、別人と確定する。
 念のため、確かめておきたかったのだ。

「いいや? 違うよ。どこの出身かは、聞いても教えてくれなかったけど」

 雪乃とカイは目を見合す。その反応に、ムダイも何かを感じ取ったようだ。

「何でもいいんです。何か聞いていませんか? ナルツさんが冒険者になる以前のお話を」

 切迫した様子の雪乃に、ムダイは少し考えてから、口を開く。

「具体的に、どういうことが知りたいの? 本人の許可なく言いふらすのは、僕も気が進まない」

 もっともだと、雪乃は頷く。
 騎士の座を失ったことも、国を追放されたことも、簡単に話せることではない、デリケートな話題だ。

「恋人、の話なんかは?」

 意外な切り口に、ムダイは驚きと怪訝な思いで眉をひそめる。

「それは、好奇心?」
「いえ。もしかしたら、ナルツさんを探している人がいるかもしれないのです」
「へえ?」

 眉を跳ねたムダイは、ふむと一人頷いてから、ナルツのかつての想い人について話し始めた。

「僕も詳しくは聞いていないんだけどね。なんでも昔愛した女性を、今も忘れられないらしい。女神かと見まがうほどに美しくて、純粋無垢で天使のように愛らしくて。その上、身分を問わず優しくて、料理は美味くて、手芸も上手くて、お淑やかで……。どこの二次元だよ? って思うんだけど、本当にいるなら見てみたいよね」

 砂糖を吐き出しそうなムダイは、死んだ魚のように目を白く曇らせていた。
 とりあえず放置して、雪乃はカイと相談する。

「どう思いますか?」
「美しく愛らしいという褒め言葉は聞いたな。手芸の才能も間違いなく一致している。贈られた物を確認してみてはどうだ?」
「そうですね」

 相談を終えた雪乃は、再びムダイと向かい合う。

「ちなみに、その女性から何か贈り物を頂いたという話は?」
「刺繍入りのハンカチとマフラーを貰ったと言っていたな。マフラーは嬉しくてヘビロテしてたら縮んでしまったそうだけど、まだ持っているらしいよ? ハンカチはお守り代わりに持ってたね。ナルツの剣と、女性の名前を模したという、バラが刺繍されていた」

 雪乃は再びカイとささやきかわす。

「刺繍入りのハンカチとマフラーは、一致します」
「ローズマリナなら、バラもだな」
「思い切って、騎士を辞めた理由を聞いてみましょうか?」
「それは俺ならば、他言はしないな。相手の女性の身分はどうだ? 公爵家は限られる」
「なるほど」

 作戦タイムを終了させ、カイのアドバイスを基に質問を再開する。

「相手の女性の身分などは、聞いていませんか?」
「あー。はっきりとは言わなかったけど、本当なら声を掛けることさえはばかれるとか、酔ったときに言ってたな。やっぱり二次元の嫁だろう」

 ここまでほぼ一致している。
 だが、決定打が無い。

「やはりローズマリナさんに聞いてみたほうが良いですね。でももし違ったら……」

 ローズマリナが傷付き、落ち込んでしまう姿が容易に想像できてしまう。
 悩む雪乃に、カイが提案する。

「ララクールという騎士のほうに聞いてみたらどうだ? まだ店にいるかもしれない。俺が行って、時間が空いたから手合わせをしないかと誘えば、店主にも疑われないだろう?」

 雪乃は葉をきらめかせ、カイを見上げる。

「さすがカイさんです! お願いします」
「分かった。騎士団の詰め所に戻られたら面倒だから、すぐに行ってくる。ギルドの中で待っていていくれ」
「はい!」

 頼れる獣人カイは、すぐに部屋を出て行った。
 一方のおっさん二人組は、未だ喧嘩という名の破壊活動を続けている。部屋は無残な有り様だ。

「あれはいつ終わるのでしょうか?」
「最長記録は、昼夜続けての十日間でございます」

 ぽつりとこぼした呟きに、優秀な執事の答えが返って来た。
 呆気に取られた雪乃とムダイは、執事を凝視したあと、ノムルとドインへと目を移した。

「十日も不眠不休だと、命に関わると思うのですが?」
「食事は喧嘩なさりながら取っておられました。睡眠も喧嘩しながら取っておられました」

 雪乃とムダイは沈黙する。
 ノムルだけでなく、ドインも人間の域を超えてしまっているようだ。

「さすが異世界」
「ああ。あちらの常識は通じないね」

 二人は揃って頷いた。
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