『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ゴリン国編

216.ちゃんと憶えていましたよ?

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「それにしても、何かを忘れているような」

 咽に小骨が刺さったような感覚が、ずっとわだかまっているのだが、それがなんなのか、雪乃は思い出せない。
 うーんっと考えながら冒険者ギルドに戻った雪乃は、ようやく思い出す。

「おお、帰ったか。てっきりもう旅立ったのかと思ったぞ?」
「あ。」

 車椅子に乗って現れたドインを見て、雪乃は思い出す。
 そう、ここに来た目的は、ナルツとローズマリナの縁を結びなおすことではなく、ドインの融筋病を治すことだったのだ。

「……。ちゃんと憶えていましたよ?」
「ん? 何の話だ?」

 顔を見た途端、言い訳するように口にした雪乃に、ドインはきょとんと目を瞬いた。


 そんなわけで、雪乃による融筋病の治療が始まった。
 用意された一室には、雪乃の他にノムル、カイ、そして患者であるドインと彼の執事ヒツジーがいた。
 執事の名前に悶えたユキノだが、どうやら誰も気にしていないようだ。おそらくこの世界の言葉では、執事は「しつじ」とは発音していないのだろう。

「くっ! ムダイさんをお連れするべきでした。いえ、彼はすでに知っているのでしょうか?」

 ムダイが戻ってきたらしっかり話し合おうと、雪乃は心のスケジュール帳に書きとめた。
 生温かい視線にさらされながら、雪乃は治療法について説明を始めようとしたのだが、廊下に通じる扉の外で、なにやら騒がしい足音が聞こえる。
 近付いてきた足音は、キュキューっと音を立てたかと思えば、バンっと地響きと共に扉を破壊した。
 とっさにノムルが雪乃を護るように障壁を張り、カイが雪乃を抱きかかえて壁際に避難したのは、さすが上級冒険者たちといったところか。

「おい、ナイオネル。扉を壊すな」

 乱入者に呆れた眼差しを向けるドインは、視線でノムルに扉の修復を命じる。

「えー? 何で俺が?」

 文句を言いながらも、ノムルは杖を弾いて扉を直した。

「ドイン! なぜ私を呼ばない?! 闇死病を制圧し、薬への魔力付与を成功させ、眠り病まで解決したという、稀代の天才名医が来ているというではないか! 今すぐ紹介しろ! さっさと紹介しろ! そっちの黒い御仁がそうか? いやあ、お会いできて光栄だ。私はナイオネル。冒険者ギルドに雇われたしがない医者の端くれだ。ぜひとも君の講義を聴きたい。今度は何の治療をするつもりかな? おおっと、言わなくてもいい。予想は付いているのだ。なにせこの部屋にはドイ」

 ナイオネルの言葉は、そこで途切れた。
 口は動いている。身振り手振りを交え、口は忙しく動き続けている。だが、彼は一言も声を出さない。
 雪乃はそっとノムルへと視線を移す。
 予想通り、青筋を立てたノムルが杖を握り締めていた。

 なぜ魔力付与や眠り病のことまで知っているのだろうかと気にはなったが、聞くと大変な目に会いそうだったので、雪乃は飲み込んだ。
 カイは雪乃を抱きしめたまま、移動する。口をぱくぱく動かすナイオネルもまた、付いてきた。

「おい、落ち着け、ナイオネル。お前にも同席を許すから、静かにしていろ」

 見かねたドインが声を掛け、ようやくナイオネルの視線はカイから離れた。
 目を輝かせ、ドインを見る。何か言っているようだが、聞こえない。

「わかったから、そこに座れ」

 何も聞こえないのだが、ドインにはナイオネルの言っていることが分かったようだ。読唇術でも習得しているのだろう。
 手を組み、天井を見上げて祈るようなポーズを取るナイオネルを、一同は半目で眺めた。

「面倒」

 ノムルのその一言で、ナイオネルは空中を飛ぶようにして椅子に座り、そのまま立ち上がれなくなった。
 もがいたり口を動かし続けているが、どうやら椅子に固定されたようだ。

「えーっと、では、続けます」

 戸惑いながらも、雪乃はカイから下ろしてもらった。

「今回用意した薬は、二種類です。一つは本来の製法で作った、こちらのデンゴラコン漬けです。治癒には時間が掛かると思います。そしてもう一つが、こちらの魔力を込めた薬草で作った、魔デンゴラコン漬けです。おそらく回復は早くなると思います」

 雪乃の説明を聞いているドインは渋い顔だ。
 後ろの椅子に拘束されているナイオネルは、目を血走らせている。精一杯に身を乗り出し、目玉も飛び出しそうだ。
 拘束を解こうと、水から揚がったエビのようにびっちびっちと動いているが、ノムルの魔法が解けるはずもなく、椅子の角に腕をぶつけて悶えている。

「安全性を考えますと、本来の薬から試すことをお勧めします。魔デンゴラコン漬けの方は、上手くいけば短期治療が可能でしょうが、どこまで効能がアップしているのか分からないため、副作用などを考えると、一般人に使用して良いのか私には判断ができません」

 と、雪乃は正直に述べ、ノムルを見た。
 魔力などに関しては、彼が最も詳しいはずだ。
 雪乃に頼られたと感じたノムルは、恍惚とした表情で胸を張る。

「大丈夫だよ、ユキノちゃん。精々、効き過ぎて逆の症状が出るとか、魔力暴走が起きるとか、その程度だろうから」

 にこにこ笑顔で答えられたが、雪乃はふるふると震えた。
 他の面々も、ゆっくりと首を回してあ然とした眼差しをノムルに送る。

「いや、お前それ、大丈夫じゃないだろ?」
「え? 俺にもユキノちゃんにも害は無いよ?」

 言っていることはもっともだが、まったく答えになっていなかった。

「つまり、効果の高い薬はその分、厄介ごとも抱えているってことか?」

 ノムルに任せていては話が進まないと、ドインは雪乃に視線を向ける。

「危険性は低いと思います。ただ、薬草に魔力を込める、ということが、今まで行われていなかったと聞きました。なので前例が無いようです。他の効能の低い薬草で安全性を確かめるまでは、使わないほうが良いかもしれません」

 とはいえ、目の前に特効薬になるかもしれない薬がぶら下がっているのだ。今は使うな、と言うのはためらわれた。

「それなら、データが来てるよ?」
「ん?」

 雪乃は幹を回し、ノムルを見つめる。そんな報告は、雪乃は聞いていない。

「えーっとね、ああ、あったあった」

 と、ノムルは空間魔法から紙の束を取り出した。

「カマーフラワー(咳止め)。摂取させたところ、一分以内に停止。その後は症状無し」

 カマーフラワーもきちんと役に立ったようだ。効能もばっちりといったところか。
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