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ゴリン国編2
240.あの子がいれば
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「気付いてるか? ヤナの町に姿を見せてから今日まで、お前、一人も消してない。建物崩壊や怪我人の報告はあるが、それもすぐに回復させている。パーパスのギルドマスターが唯一の例外だが、あれはヤツの自業自得だろう。それでも生きている」
雪乃に危害を加えようとして、ノムルに成敗されたパーパスの冒険者ギルドのマスターは、ギルドを私物化していたことが発覚し、すでに正式な処分が下されていた。
他の地域でも騒動を起こしてはいたが、死者は出していない。怪我人は出したが、騒動が収まると治していた。
とはいえ、心の傷までは治せていないようだが。
「これまでで最長記録だ」
感慨深そうに、ドインはしみじみと言葉にした。
死者を出さないでいた日数が長いだけではない。人里に現れた期間、関わった人間の数。どれも今までにない結果が出ている。
「あの子がいれば、お前は人の中で生きられるかもしれんな」
和らいだ視線から逃げるように、ノムルはごろりと転がって背を向ける。
「はっ、今さら」
「いつでも生き方は変えられる。お前が本気で望みさえすればな。お前はもう、奴隷じゃないんだ。大切な者を守る力も持っている」
ノムルは答えない。小さな子供のようにふてくされた。
そっぽを向いたままのノムルを見つめていたドインは、ふっと柔らかな笑みをこぼした。
「まあいい。体が動くようになった礼と、お前に娘ができた祝いだ。今日は特別に、俺が美味い飯を食わせてやろう」
ぴたりと、ノムルを包む時が止まる。
「病み上がりなんだ。無理する必要はないと思うぞ?」
「遠慮すんな」
ぎこちなく言ったノムルに、ドインはかかと笑い飛ばす。ノムルの顔が引きつっているが、ドインが気付くことは無い。
「そうと決まれば、厨房を借りてくるか」
「ゆっくりと頼む」
書類を束ねて机の端に重ねたドインは、執務室から出て行った。
じいっと、ノムルは耳を澄ませて、気配を探る。しっかり遠ざかったことを確認すると、がばりと立ち上がった。
素早く窓を開けて飛び出ると、身体強化の魔法を使い、一気に駆けていく。目指す先は、愛しい娘の元。
「ユキノちゃん!」
声に雪乃たちが顔を向ける。視界に映るのは、砂塵を巻き上げて猛スピードで近付いてくる、おっさん魔法使い。
雪乃は青ざめ、叫ぶ。
「ふみゃあああーっ?!」
急ブレーキを掛けていたようだが、ノムル車は急には止まれない。
カイが手を伸ばしたのも間に合わず、雪乃はノムルに抱きあげられて、そのまま土煙を上げて進む。
「し、心臓に悪いです……」
どっきんどっきんと、幹の中で鼓動が脈打つ。心臓は無いのだが、樹木も脈はあるのだ。
「緊急事態だ。すぐにここを発つよ」
「なぜでしょう?」
鬼気迫るノムルの言葉に、雪乃はぽてりと幹を傾げる。
何かあったのかと、ムダイとカイは表情を引き締めて、ノムルの言葉を待つ。
注目の中、ノムルはぎりりと歯軋りすると、呻くように告げた。
「ドインのおっさんが、料理を始めた」
それはもう、深刻な表情で、重々しい口調だった。まるで世界の終わりを告げるかのように。
沈黙が走る。
「ん?」
雪乃もマンドラゴラも、ムダイやカイまでも、揃って首を傾げた。その後ろで、どさりと音がする。
意味が分からない三人とマンドラゴラたちは、体を捻って音の発生源を見た。
視線の先では、ナイオネルが腰を抜かして座り込んでいた。体ががくがくと震え、歯はかちかちと鳴り、瞳孔が危ないくらい開いている。
雪乃はノムルの腕から身を乗り出して、ナイオネルの症状を凝視した。
「何かの発作でしょうか? お薬を用意し」
「そんな場合じゃないの! 早く出立するよ」
急かすノムルに、雪乃は慌てる。
「ま、待ってください。マンドラゴラたちを回収しなくては」
「急いで!」
訳が分からないままに、雪乃はマンドラゴラたちに帰還命令を下す。戻ってきたマンドラゴラたちは、次々と雪乃のローブの裾や袖に潜っていった。
「くっ! まだか? 後何匹だ?!」
苛立ちを隠しきれないノムルの様子に、雪乃もカイもムダイも、状況が理解できず、顔を見合わせては不思議がる。
ナイオネルは震えながらも、四つん這いになってどこかへ逃げようとしている。
そんな中、カイの耳がぴくりと動き、本部の方向へと顔を向けた。
「騒がしいな。ドイン副会長が料理を用意したと、騒いでいるようだ」
人間の耳には届かない声を拾ったカイの言葉に、ノムルの表情が抜け落ちる。
「ユキノちゃん、残念だけど、まだ戻っていないマンドラゴラたちは、ここに置いていこう。大丈夫、ナイオネルが大切にしてくれるはずだ」
「え? ノムルさん? って、ふみゃあああーっ!」
「雪乃?!」
雪乃を抱っこしていたノムルは、一気に駆け出した。
「わー」
吸収され損ねたマンドラゴラが、必死にノムルのローブにしがみ付いて、なびいている。
「ま、マンドラごふっ?」
大声を上げようとした雪乃の口を、ノムルが塞ぐ。
「静かに」
よく分からないながらも、雪乃は頷く。
「安心しろ、雪乃。マンドラゴラのことは、ムダイ殿に頼んでおいた」
冷静な声に、雪乃とノムルは揃って首を向けた。
しっかりとカイが付いてきていた。
「なんでお前まで付いてきてるんだ?」
小声ながらも、ノムルは苦言を忘れなかった。
訳が分からないままの雪乃を抱えたノムルは、冒険者ギルド本部の敷地を出て、どんどん遠ざかっていく。
「え? このまま発つんですか? ぴー助は?」
状況に付いていけないながらも、雪乃は慌てて確認する。
「回収している暇は無い。残念だけど、諦めるんだ」
「却下します」
「くっ! 戻るわけにはいかないんだ」
苦悶の表情を浮かべるノムル。
「本当に、どういう状況なのでしょう? 説明を要求します」
雪乃は不満を顕わに、眉葉をひそめた。
一方、取り残されるはめになったムダイはというと、
「なんだ? あいつ。人がせっかく飯の用意をしてやったっていうのに、また勝手に消えたのか。しょうがないヤツだ」
と、愚痴るドインと共に、食堂のテーブルの一つに着いていた。
目の前のテーブルには、豪華な料理が並んでいる。繊細な飾り付けが施された魚料理、肉汁が輝く分厚いステーキ、色鮮やかなサラダ、琥珀色のスープ……。
美食の国、日本に住んでいたムダイも、思わず感嘆の声を上げる。
雪乃に危害を加えようとして、ノムルに成敗されたパーパスの冒険者ギルドのマスターは、ギルドを私物化していたことが発覚し、すでに正式な処分が下されていた。
他の地域でも騒動を起こしてはいたが、死者は出していない。怪我人は出したが、騒動が収まると治していた。
とはいえ、心の傷までは治せていないようだが。
「これまでで最長記録だ」
感慨深そうに、ドインはしみじみと言葉にした。
死者を出さないでいた日数が長いだけではない。人里に現れた期間、関わった人間の数。どれも今までにない結果が出ている。
「あの子がいれば、お前は人の中で生きられるかもしれんな」
和らいだ視線から逃げるように、ノムルはごろりと転がって背を向ける。
「はっ、今さら」
「いつでも生き方は変えられる。お前が本気で望みさえすればな。お前はもう、奴隷じゃないんだ。大切な者を守る力も持っている」
ノムルは答えない。小さな子供のようにふてくされた。
そっぽを向いたままのノムルを見つめていたドインは、ふっと柔らかな笑みをこぼした。
「まあいい。体が動くようになった礼と、お前に娘ができた祝いだ。今日は特別に、俺が美味い飯を食わせてやろう」
ぴたりと、ノムルを包む時が止まる。
「病み上がりなんだ。無理する必要はないと思うぞ?」
「遠慮すんな」
ぎこちなく言ったノムルに、ドインはかかと笑い飛ばす。ノムルの顔が引きつっているが、ドインが気付くことは無い。
「そうと決まれば、厨房を借りてくるか」
「ゆっくりと頼む」
書類を束ねて机の端に重ねたドインは、執務室から出て行った。
じいっと、ノムルは耳を澄ませて、気配を探る。しっかり遠ざかったことを確認すると、がばりと立ち上がった。
素早く窓を開けて飛び出ると、身体強化の魔法を使い、一気に駆けていく。目指す先は、愛しい娘の元。
「ユキノちゃん!」
声に雪乃たちが顔を向ける。視界に映るのは、砂塵を巻き上げて猛スピードで近付いてくる、おっさん魔法使い。
雪乃は青ざめ、叫ぶ。
「ふみゃあああーっ?!」
急ブレーキを掛けていたようだが、ノムル車は急には止まれない。
カイが手を伸ばしたのも間に合わず、雪乃はノムルに抱きあげられて、そのまま土煙を上げて進む。
「し、心臓に悪いです……」
どっきんどっきんと、幹の中で鼓動が脈打つ。心臓は無いのだが、樹木も脈はあるのだ。
「緊急事態だ。すぐにここを発つよ」
「なぜでしょう?」
鬼気迫るノムルの言葉に、雪乃はぽてりと幹を傾げる。
何かあったのかと、ムダイとカイは表情を引き締めて、ノムルの言葉を待つ。
注目の中、ノムルはぎりりと歯軋りすると、呻くように告げた。
「ドインのおっさんが、料理を始めた」
それはもう、深刻な表情で、重々しい口調だった。まるで世界の終わりを告げるかのように。
沈黙が走る。
「ん?」
雪乃もマンドラゴラも、ムダイやカイまでも、揃って首を傾げた。その後ろで、どさりと音がする。
意味が分からない三人とマンドラゴラたちは、体を捻って音の発生源を見た。
視線の先では、ナイオネルが腰を抜かして座り込んでいた。体ががくがくと震え、歯はかちかちと鳴り、瞳孔が危ないくらい開いている。
雪乃はノムルの腕から身を乗り出して、ナイオネルの症状を凝視した。
「何かの発作でしょうか? お薬を用意し」
「そんな場合じゃないの! 早く出立するよ」
急かすノムルに、雪乃は慌てる。
「ま、待ってください。マンドラゴラたちを回収しなくては」
「急いで!」
訳が分からないままに、雪乃はマンドラゴラたちに帰還命令を下す。戻ってきたマンドラゴラたちは、次々と雪乃のローブの裾や袖に潜っていった。
「くっ! まだか? 後何匹だ?!」
苛立ちを隠しきれないノムルの様子に、雪乃もカイもムダイも、状況が理解できず、顔を見合わせては不思議がる。
ナイオネルは震えながらも、四つん這いになってどこかへ逃げようとしている。
そんな中、カイの耳がぴくりと動き、本部の方向へと顔を向けた。
「騒がしいな。ドイン副会長が料理を用意したと、騒いでいるようだ」
人間の耳には届かない声を拾ったカイの言葉に、ノムルの表情が抜け落ちる。
「ユキノちゃん、残念だけど、まだ戻っていないマンドラゴラたちは、ここに置いていこう。大丈夫、ナイオネルが大切にしてくれるはずだ」
「え? ノムルさん? って、ふみゃあああーっ!」
「雪乃?!」
雪乃を抱っこしていたノムルは、一気に駆け出した。
「わー」
吸収され損ねたマンドラゴラが、必死にノムルのローブにしがみ付いて、なびいている。
「ま、マンドラごふっ?」
大声を上げようとした雪乃の口を、ノムルが塞ぐ。
「静かに」
よく分からないながらも、雪乃は頷く。
「安心しろ、雪乃。マンドラゴラのことは、ムダイ殿に頼んでおいた」
冷静な声に、雪乃とノムルは揃って首を向けた。
しっかりとカイが付いてきていた。
「なんでお前まで付いてきてるんだ?」
小声ながらも、ノムルは苦言を忘れなかった。
訳が分からないままの雪乃を抱えたノムルは、冒険者ギルド本部の敷地を出て、どんどん遠ざかっていく。
「え? このまま発つんですか? ぴー助は?」
状況に付いていけないながらも、雪乃は慌てて確認する。
「回収している暇は無い。残念だけど、諦めるんだ」
「却下します」
「くっ! 戻るわけにはいかないんだ」
苦悶の表情を浮かべるノムル。
「本当に、どういう状況なのでしょう? 説明を要求します」
雪乃は不満を顕わに、眉葉をひそめた。
一方、取り残されるはめになったムダイはというと、
「なんだ? あいつ。人がせっかく飯の用意をしてやったっていうのに、また勝手に消えたのか。しょうがないヤツだ」
と、愚痴るドインと共に、食堂のテーブルの一つに着いていた。
目の前のテーブルには、豪華な料理が並んでいる。繊細な飾り付けが施された魚料理、肉汁が輝く分厚いステーキ、色鮮やかなサラダ、琥珀色のスープ……。
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