上 下
205 / 401
ゴリン国編2

241.遠慮せず、食え食え

しおりを挟む
「凄いですね。ドイン副会長に、こんな才能があったとは」

 居合わせた冒険者たちも、豪華で美味しそうな料理に、目が釘付けになっている。食堂に入ろうとして、すぐに踵を返して逃げ去った冒険者もいたが。
 いつもならば大勢いるはずのギルド職員が、なぜか一人も姿が見えないが。
 多少の違和感を覚えつつも、ムダイはカラトリーに手を伸ばす。

「お前らも食べていいぞ」

 ドインは気さくに、居合わせた冒険者たちに声を掛けた。
 とたんにわっと歓声が上がり、料理の並ぶテーブルに集まってくる。それぞれが目当ての料理を手に取り、口へと運ぶ。

 ムダイもナイフで一口サイズに切ったステーキを、フォークで口の中へ入れた。洗練された所作は、さながら貴族のようだ。
 微笑を浮かべ、ムダイはステーキを噛みしめる。笑顔が固まった。
 無意識に目を閉じて、そのまま動けなくなっていた。

「なんだ、そんなに美味いか? 遠慮せず、食え食え」

 愉快そうに、ドインは満面に笑顔を浮かべている。
 ムダイのみならず、他の冒険者たちも、口に入れた順番に固まっていく。そして次に気付いた時は、朝だったという。



「それで、そろそろ説明してくれないでしょうか?」

 魔デンゴラコンもずいぶんと遠ざかって、小さくなったところで、雪乃はノムルに改めて問うた。

「ドインのおっさんが作る料理は、食い物じゃない」

 深刻な表情だが、内容はシンプルだ。

「つまり、料理がお下手。激不味なのですね?」

 それだけのことで逃げ出すのかと、雪乃は幹を傾げる。

「そんな言葉で言い表せるものじゃないんだよ。あれは毒以上だ。見た目に騙されて口に入れようものなら……」

 と、ノムルはぶるぶると震えだした。顔は真っ青だ。
 雪乃はふと思い出す。
 初めてカレーを作った際に、ノムルが口にした言葉を。

「もしや、『心を蝕まれてしまうこともある』ほどに不味い食べ物というのは……」

 そっと顔を上げると、無表情のノムルがこくりと頷いた。
 どうやら当たっていたようだ。
 いったいどんな料理かと気にはなったが、食べることのできない雪乃が、ノムルやカイに強要することは罪悪感を伴う。
 巨大な魔デンゴラコンがどんどん遠ざかっていくのを、雪乃はノムルの背中越しに、じいっと眺め続けた。

(きっと残ったマンドラゴラが、ムダイさんの感想を伝えてくれるでしょう)

「わー」

 心を読んだように、マンドラゴラが声を上げる。
 猛スピードで走っているのに、振り落とされることなくノムルのローブにしがみ付き続けていたマンドラゴラを、雪乃は思わず凝視した。
 手も無いのに、驚くべき耐久力である。
 その夜は適当な森で、雪乃たちは夜を越した。


「で、なんでお前がまだいるのさ?」

 空がすっかり明るくなってから目覚めたノムルは、雪乃と仲良く話しているカイを目に映すなり、指を突きつけて怒鳴った。
 鼻先に浮かぶ指をちらりと見たカイは、視線をノムルの顔へ移す。

「しばらく共に行動しようと思っている」
「断わる! そしてユキノちゃんを放せ!」

 地団駄を踏むノムルを、雪乃は呆れた目で眺める。胡坐を組んだカイの膝の上で。

「ノムルさん、落ち着いてください」

 雪乃は宥めるが、ノムルは苛立ちを隠さず、ローブの裾を食いちぎる勢いだ。
 ノムルの奇行を見物していたカイだったが、顔を上げて空を見上げた。

「ぴー」

 パタパタと羽を動かす、小さな飛竜が飛んでくる。

「ぴー」
「わー」
「わー」
「わー」

 着地もそこそこに、ぴー助はひしっと雪乃に抱きついた。その背中には、回収できなかったマンドラゴラたちが乗っている。 

「ぴー助、残してきてごめんなさい。戻ってきてくれてありがとう」
「ぴー!」

 雪乃が抱きしめ返すと、ぴー助も顔を摺り寄せた。

「ピースケまで? くうっ! ユキノちゃんはおとーさんのなのにいーっ!」

 食いしばられて引っ張られているノムルのローブは、今だ頑張っているようだ。
 いったいどれだけの強化魔法が掛けられているのだろうと、雪乃とカイは無意識に凝視する。
 そんな騒ぎの中、カイはぴー助の背中に括りつけられている荷物を、さり気無く解く。
 風呂敷のような布に包まれていたのは、木箱と手紙だった。

「ノムル殿」
「何だ?!」

 ノムルは怒り眼でカイを睨みつける。びりびりと、電気なのか威圧なのかが、雪乃の葉を揺らした。

「ドイン副会長からだ」
「ん? おっさんから?」

 受け取ったノムルは木箱の蓋を開けて、固まった。見事に石化している。
 いったい何が入っていたのかと、雪乃はノムルに近付く。
 ノムルの手にある木箱を覗きこもうと根を伸ばすと、カイが抱き上げてくれた。

「ありがとうございます」

 覗き込んだ雪乃とカイは、その木箱の中身を目に映す。

「お見事です」
「ああ、ドイン副会長に、こんな才能がおありだったとは」

 木箱の中には、豪華なお弁当が詰まっていた。
 脂の乗った謎の肉が、キラキラと輝いている。飾包丁の入った色鮮やかな野菜のつけ合わせも、目を楽しませてくれる。
 見た目も美しくありながら、男の胃袋を掴む、肉多めのがっつり弁当だった。

「はて? ノムルさんはドインさんの料理を酷評していましたが、これはどう見ても、素晴らしい腕前だと思うのですが?」

 ぽてりと、雪乃は不思議そうに幹を傾げた。

「ぴー?」

 雪乃とカイの行動に興味を抱いたぴー助も、ノムルの持つ弁当を覗き込む。それが食べ物だと気付いたぴー助は、目を輝かせて、ぱくりと謎の肉を咥えた。

「ぴー!」
「あ、駄目ですよ、ぴー助! ノムルさんに許可を貰ってから……え?」

 慌てて雪乃は止めようとしたが、間に合わなかった。
 ノムルが弁当の代わりに、ぴー助を食べようとするのではないかと心配した雪乃だったが、それは杞憂に終わる。
 なぜなら目を輝かせたまま、ぴー助は固まっている。そして数秒後、肉を咥えた姿勢のまま、ぱたりと地面に落ちて倒れたのだった。

「ええ?!」

 雪乃は目を剥いて驚いた。目はないのだが、視界が広がった。

「な、何があったのでしょう?」

 ぴー助とノムルの持つ弁当を交互に見るが、まったく理解できない。
 お弁当は、どう見ても美味しそうだ。

「美味しすぎて気絶したのでしょうか?」

 幹を捻って考えている間に、ノムルの意識が戻ったようだ。

「はっ?!」

 と、息を吹き返したように声を上げて動き出したのだが、その目は焦点が合っていない。
 見開かれた目と口は、幽霊と対面してしまったかのような、驚愕と恐怖に染まっている。
 数分経って、ようやく落ち着いてきたと思ったノムルは、今度は口角を吊り上げて口元に弧を描いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

契約結婚~彼には愛する人がいる~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:4,263

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:2,615

愛してもいないのに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:1,433

【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:673

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:664

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。