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ヒイヅル編

302.マンドラゴラたちは四方八方へと

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 さて、巧く店に侵入したノムルのドレスから床へと下り、そのまま店内を探索し始めたマンドラゴラたち。彼らには念のため、ノムルに認識阻害の魔法を掛けてもらっている。
 これで少し見られた程度では、気付かれる心配は無い。マンドラゴラたちが悪戯心さえ起こさなければ。

 マンドラゴラたちは四方八方へと散っていく。
 一階を隅々まで探検するマンドラゴラ。階段を上る店員のズボンにしがみ付き、上階へと上るマンドラゴラ。目に付いた店員のズボンにぶら下がって遊んでいるマンドラゴラ。
 それぞれが、人魚を探すために店の中を徘徊した。
 しかし人魚は中々見つからない。
 店内を一通り確認したところで、マンドラゴラたちは葉を萎らせる。

「わー……」
「わー?」
「わー!」

 一所に集まったマンドラゴラたちは、なにやら会議をした後、揃って動き出した。

「わー」
「わー?」
「わー」

 じいっと見つめる先には、一人の男。燕尾服を着た、雪乃たちが最初に見た店員だ。

「わー!」

 一匹の合図を皮切りに、マンドラゴラたちは駆け出す。

「うん? 何だ? マンドラゴラ?!」

 認識阻害の魔法は、あくまで認識し辛くするだけで、完全に姿を消すわけではない。声を出したり激しい動きをしたりすれば、気付かれることもある。
 とはいえ、ノムルほどの魔法使いだ。一般人にはよほどのことがなければ気付かれることはない。裏を返せば、この男がただの一般人では無いということか。
 否。目の前で騒がれれば、誰でも気付く。

 マンドラゴラの姿を見止めた男の口元に、弧が描かれる。
 動く薬草マンドラゴラ。未だに人工繁殖の成功例はなく、魔力回復薬として高額で取引される薬草である。それがなぜか店に迷い込んできた。
 こんな幸運に遭遇した人間が、どのような行動に出るか。考えるまでも無いだろう。
 男の手がマンドラゴラに伸びる。

「わー……」

 一匹のマンドラゴラが男の手に捕まり、静かになった。
 さらに男の手が伸びる。

「わー……」

 然して早くもない足で逃げるマンドラゴラを捕まえるのは、難しくも無い。しかも手の中に収まるなり、抵抗することもなくおとなしくなる。
 男は目に映ったマンドラゴラ三匹を握り締め、しげしげと観察する。すでに動かなくなっているが、鮮度も色艶や形も、素人が見ても上物と判断できた。
 これは高く売れるだろうと、男はほくほくと笑みこぼれる。

 その油断しきった男の表情を見たマンドラゴラたちの根が、きらりーんっと光る。一斉に根を上げて男のほうを向くと、

「「「わわわわ~」」」

 と、歌うような声を上げた。
 とたんに、男の目がとろりと緩む。そして、

「こちらです」

 と、案内するようにふらふらと歩きだした。
 男は三階へと上がり、廊下を奥へと進んで行く。扉を開けて部屋に入ると、鍵を掛けた。
 本棚に近付き、青、赤、青、黄、青、紫、青と見せかけて黄の背表紙の本を引っこ抜く。すると、すうっと本棚が動き、隠し通路が現れた。
 男はその通路に入ると、階段を下っていく。後ろの本棚は、勝手に戻って出口は閉じた。

 マンドラゴラたちは予想以上の冒険に、わくわくが止まらない。
 根をきらめかせて、階段の下を覗きこんでいる。

「わー!」
「わー!」
「わー!」

 階段を下り切ると、男は先ほどの黄色い本を開き、中の詩を朗読し始めた。 

「嗚呼、あなたはポポテプ。この世の何よりも美しき女神」
「「「……」」」

 マンドラゴラたちは振り返り、男を凝視した。

「わー?」
「わぁー?」
「わー……」

 互いの顔を見やり、ありえないとばかりに葉を左右に振る。
 男の嗜好にどん引きのマンドラゴラたちを連れて、男は開いた扉の先へと入っていく。ぱしゃりと、水を弾く音が響いた。

「わー!」
「わー!」
「わー」

 マンドラゴラたちの前には、捜し求めていた人魚がいた。
 さっそくマンドラゴラたちは、雪乃へと言伝を送るのだった。



「わー!」
「人魚を見つけたようです」

 連絡を受けた雪乃は、カイに伝える。
 カイの目がぎろりと光り、窓の外を睨む。

「雪乃はここにいろ」
「だめです。一人では行かせません」

 立ち上がったカイに続いて雪乃も立ち上がるが、カイは苦い顔だ。事前のノムルを交えた作戦会議では、ノムルが戻ってくるまでは二人とも部屋で待っておくように言われていた。
 けれどカイは居ても立ってもいられないようで、雪乃を置いて出て行こうとする。

「カイさん」

 呼び止める雪乃に、カイは振り向き片膝を突く。雪乃の頭に優しく手を乗せると、顔を覗きこんだ。

「雪乃に見せられる状態ではないかもしれない。ここで待っていてくれ」
「でもっ!」
「すぐに戻ってくる」

 微笑んで頭を撫でると、カイは立ち上がり、扉を開けようと手を掛けた。

「カイさん……」

 雪乃はカイの背中を切なげに見つめる。
 見つめる。見つめた。

「カイさん?」

 肩をふるふると震わせていたカイは、踵を返して窓へと向かう。そして開けようとしたのだが、

「……。閉じ込められた……」

 がくりと窓に手を当てて、項垂れてしまった。
 どうやらノムルが出かけ際に魔法を掛けてから行ったのだと気付いた雪乃は、彼のファインプレーに感謝しつつ、項垂れるカイを気の毒そうに見つめた。




「ふうん。見つかったんだー」

 美しい貴婦人に鼻の下を伸ばしながら接待をしていた若い男の店員は、ふいに彼女が漏らした言葉に、訝しげに眉根を寄せた。

「なんでもありませんわ。ふふ」

 淑やかに微笑む貴婦人に、店員は頬を染める。

「ですから」

 と、貴婦人は女性にしては少し太い指で店員の顎を上げ、顔を近づける。美しい貴婦人に迫られて、店員の表情がによによとだらしなく崩れた。

「やれ」
「え?」

 微笑を浮かべたまま貴婦人が口にした言葉に、店員が真顔に戻ったのは一瞬のことだった。

「わわわわ~」

 歌うようなマンドラゴラの声を聞き、店員はとろりと目を虚ろにする。
 声を発したのは、仲間が人魚を見つけたためノムルの下に戻ってきたマンドラゴラだ。

「いやあ、便利便利。さ、そのままそいつに先導させろ」
「わー」

 ノムルが命じると、マンドラゴラの声に従って店員が動き出す。
 店員に先を歩かせたノムルは、案内されている風を装って移動を開始した。
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