『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

301.誰でしょう?

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「問題はどうやって忍び込ませるかですね」

 すでにノムル一行は警戒されているだろう。気付かれずに中に入る必要がある。

「窓から投入するか?」
「それが一番ですね」

 ポーカンの町は初夏にも関わらず、すでに暑い。多くの家々は、窓を開けて空調を良くしていた。

「よし、これでどうだ!」

 コスプレ衣装とにらみ合っていたノムルがごそごそと動いていたのだが、何かが終わったようだ。
 雪乃とカイは固まった。
 振り向きたくない。見てしまったら、彼との関係が終わってしまいそうだ。
 二人はぎゅっと、目をつぶる。

「窓なら開いてなかったよ? 氷魔法で店の中を冷やしていたからねー」
「そうなんですか?」

 と、雪乃はつい振り向いてしまった。そして、

「……誰でしょう?」

 がく然として固まった。
 雪乃の呟きに、カイも顔を上げてしまい硬直する。
 二人の視界に映るのは、情熱的な赤いドレスを着た貴婦人だった。

 体に沿ったラインの簡易ドレスは、肩から腕は素肌が出て涼しげなデザインである。色は暑そうだが。
 薄く好けるショールを肩に羽織り、白くてつば広の日よけ帽子を被っている。
 筋肉質だったはずの体は柔らかく丸みを帯び、出るところは無駄に出て、引っ込むところは引っ込んでいる、多くの男が理想とするであろう体型へと変わっていた。
 帽子のつばで隠れ気味の顔は、小さな雪乃と座っていたカイからは、ばっちり見えた。
 赤い口紅の引かれた、艶やかなマダムがそこにいた。

「え?」

 雪乃は見上げたまま、素っ頓狂な声を出す。
 それから視線を斜め下へと向け、

「え?」

 と、戸惑いの声を漏らす。もう一度顔を上げると、

「ええー?!」

 と、混乱して叫んだ。
 隣のカイも、目を丸くして絶句している。

「ふふん。どう? ユキノちゃん。おかーさんだよー?」

 両手を広げて待ち構えているが、そこに飛び込んでいく勇気など、雪乃は持ち合わせていない。
 おとーさんがおかーさんになったショックよりも、無精ひげのぼさぼさ頭のよれよれローブのおっさんが、社交界でも評判を呼びそうな妖艶な貴婦人に変化したという状況に、頭が付いていかなかった。

「ま、魔法ですか? ……いえ、性別変えただけでこのような変化が?」

 収拾の付かない思考で、雪乃は必死に考える。

「ん? 単に化粧をしただけだよ? 胸は詰め物を入れてるだけ。触ってみるー?」
「遠慮します」

 腰が引き気味の雪乃は、即答でお断りした。妖艶な貴婦人が残念そうに唇を尖らせているが、知ったことではない。
 これ以上の理解不能事項は、許容できそうになかった。

「これで店に入って、幹部を誘惑すればいいよー。ユキノちゃんもお洒落する?」
「謹んでご遠慮します」

 何かぶーぶー言っているが、耳を貸してはいけない。うっかり巻き込まれてしまったら、どんな目に遭うか分からない。

「まあいっか。ユキノちゃんが危険な目にあったらいけないからね。ユキノちゃんはここでお留守番。狼は連れていくねー」

 と、今だ石化しているカイに近付いたノムルは、彼の首に手を伸ばした。
 本能的に飛び退ろうとしたカイだったが、一足遅く、彼の首には鉄の首輪が装着されていた。
 銀色に光る鎖の一方は、ノムルの手にある。

「ノムルさん?! 何をするつもりですか?」

 慌てて雪乃は咎めた。

「ん? 撒き餌だよ。正面から行ったって、隠そうとするに決まってるからね。こっちも同じ穴の狢だと思わせて、油断させるんだよ」
「なるほど」

 理屈は理解した。しかし、この作戦ではカイが犠牲になってしまう。獣人であることを晒さなければならないのだから。

「作戦は理解しましたが、それは最終手段にしませんか?」
「大丈夫だよ? 狼のことなんて気にしなくていいって」

 ノムルは相変わらずのようだ。どう説得するべきか、雪乃は考える。

「気にしなくて良い、雪乃。俺のことより、人魚を救い出すことが優先される」
「でも」

 カイの言葉に雪乃はうつむく。
 人魚は助けたいが、カイだって傷付けたくはない。それにこの場所で顔が知られてしまったら、カイは今後、ヒイヅルから出入国することが難しくなるだろう。
 うーんっと幹を捻っていた雪乃を心配するように、小さな種族たちが覗き込む。

「わー?」
「わー?」
「わー」

 彼らの姿を目に映した雪乃は、ぴんときた。

「せっかく私も作戦を考えたのですが……。やっぱり子供では、役立たずですよね?」

 しょんぼりと萎れてみせる。

「わー……」
「わー……」
「わー……」
 
 マンドラゴラたちも、雪乃にならって萎れる。

「ゆ、ユキノちゃん? そんなことないよ? ユキノちゃんはおとーさんの自慢の娘だよ?」
「でも……」
「よし! ユキノちゃんの作戦で行こう! おとーさんがあのお店に侵入して、マンドラゴラたちを置いてこよう。狼なんかいなくても、おとーさん一人で充分さ」

 巧くノムルの意識を誘導できたようだ。
 雪乃はカイが助かったことと、作戦が巧くいったことに喜び、葉をきらめかせる。

「ありがとうございます。おとー……おかーさん?」

 どちらの呼称を使えば良いのか分からず、幹を傾げた。



 そんなわけで、貴婦人ノムルはドレスの内側にマンドラゴラたちをぶら下げて、再び町へと繰り出していった。
 雪乃とカイは、近くのホテルで待機している。ぴー助はホテルに入れてもらえなかったため、ホテルの屋上で寝ている。
 ノムルの様子はマンドラゴラたちが伝えてくれるため、何かあればすぐに雪乃たちも駆けつける手筈だ。

 もっとも、ノムルの身に関しては心配していない。彼の身に危険が降りかかるとしたら、それは雪乃やカイの手に負えることではない。
 一国の軍を引き連れてきても救い出せるかどうか、分からないほどの状況だろう。
 動くのは、ノムルが暴走してしまったときと、人魚を見つけだしたときだ。
 雪乃とカイは、静かに動きがあるのを待つ。
 マンドラゴラたちは、なんだか楽しそうに葉を揺らしている。

「わー」
「どうやらお店に侵入したようです」

 マンドラゴラから伝えられる情報を、カイに伝える。

「わー」
「適当に商品を見せてもらっている間に、マンドラゴラたちは移動を開始したようです」
「わー……!」
「そんな情報は要りません」

 なぜか雪乃は紅葉した。

「何をしているのでしょう? ノムルさんは」

 しょげながら呟く雪乃の姿に、カイは何かを察したようで、追求はしなかった。その代わり、気の毒そうに雪乃の頭を撫でてなぐさめた。

「ノムルさんのことは放っておいていいです。お店の中の探索をお願いします」
「わー」
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