『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

304.爆発現場から出てきた美女

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「なんだ、人魚って陸は動けないのか」

 足を止めて振り返ったノムルは、小さく息を漏らすと踵を返し、人魚を肩に担いだ。

「わっ?!」

 驚きの声を上げた少年だが、そのままおとなしくノムルに担がれている。なぜだか顔が赤い。

「わー?」

 覗きこんだマンドラゴラが、不思議そうに根を傾げた。
 地上へと出たノムルを、野次馬達が囲む。爆発現場から出てきた美女に、男たちは息を飲んだり頬を染めたりと、急がしそうだ。
 中には殺気を向けている者もいるが、ノムルは気にしない。

「うーん。このまま海に放り投げたほうが楽なんだけど、ちゃんと証拠を見せないと、ユキノちゃんが安心できないよなー」

 ぶつくさと言いながら、ノムルは雪乃たちのいるホテルに向かって歩く。

「あ、忘れるところだった」

 唇の下に人差し指を当てて、小首を傾げる美女。微笑んで振り返った貴婦人に、でれーんっと男たちは鼻の下を伸ばした。

「この中に、そこの店の人いるかしら?」

 女性にしてはわずかに低い気もするが、ハスキーな声が響く。ノムルの言葉を受けて、何人かが前に出てきた。
 町の人たちの目があるためか、刃物などは出していないが、いつでも攻撃できるように身構えている。服の中で杖らしきものを握っている者もいるようだ。

「ああ、良かった。また店に入るの、面倒だったからさー」

 にっこりと笑みを浮かべた美女の目が、鋭い光りを湛え始める。敵対心を向けている男たちは、警戒を強めた。

「この人魚はもらっていくから。地下に閉じ込めて鱗剥ぐとか、良い趣味してるよね。たしか人魚族は、仲間意識が強いんだっけ? 内陸ならともかく、海沿いの町で人魚を虐待するとか、この町ごと滅ぼされても知らないよ?」

 ざわりと、野次馬達がどよめく。
 驚きやためらいに彩られた目が、ノムルからその肩に担がれる葉っぱに覆われた人魚の少年に向き、それからノムルの前に進み出た男達へと向かう。
 そしてノムルたちが出てきた穴の上に立つ、ひびだらけの劣化した建物――貴族や豪商しか相手にしない、高級宝石店へと向かう。

「なんてことを」
「ガラが悪いとは思ってたが、そんなことまでしてたのか」
「人魚はこの町にとって、大事な観光資源なんだぞ? 人魚が来なくなったらどうしてくれるんだ?」

 地元の人間たちから、怒りの眼差しが店へと向かう。

「まだ子供じゃないか。それを虐待していたなんて」
「人魚さん、可愛そう」
「この町は人魚が見られるって聞いてきたけど、そんな非道なことをしていたのか」

 観光客からも非難の声が上がり始める。
 一部の人間は、「何が問題なのか?」とでも言いたげに眉をひそめて、貴婦人ノムルや非難している者のほうを睨んでいるが。

「人魚の涙や鱗を取り扱っているのは、当店だけではありません。この町を訪れる方の多くが、人魚の商品を望んでおられます。品質の良い商品を、より安く、安定してお届けするために、人魚を飼っていただけでございます。当店だけを責めるのはお門違いというものでは?」

 しわがれた声に、人々の注目が集まる。
 その多くが咎めるような色を持っていたが、白髭を蓄えた小柄な老人は、眉一つ動かさない。

 地球でも、真珠は貝から採取する。絹は虫から、毛皮は哺乳類から、命を奪って装飾品を得る。
 それらの品を忌諱する人も存在するが、多くの人は毛皮や絹、真珠といった高級品を喜ぶ。それなのに、傷付けられる姿を目にしたとたんに加工している人を非難するなど、身勝手であろう。

 腰を曲げて杖を突く、枯れ枝のような細い体でありながら、老人は厳しい眼差しをひたと貴婦人ノムルに向けている。

「確かにな。ルモンにおいて人魚は、『人間』には分類されない。奴隷も合法だ」

 貴婦人ノムルの返答に、肩に担がれている少年人魚は青ざめ震えだす。小柄な老人は、にやりと口角を上げた。

「ご理解頂き感謝いたします。では、その素材をお返しください。それと、店に穴を開けた修繕費も請求させていただきますよ?」

 じりじりと動いていた店の男達が、すっかりノムルを囲っている。
 少年人魚は震えながら、必死にノムルのドレスにしがみ付いていた。

「悪いけど、返すのは御免だ。うちの娘がこの人魚を海に返して欲しいってお願いしたからねえ。娘の願いは叶えないと」
「そうですか。それでは仕方ありませんね」

 老人が右手を上げると、囲んでいた男達が貴婦人ノムルに向かって一斉に飛び掛った。
 野次馬達が悲鳴を上げて逃げ惑う。しかしそれは一瞬のこと。人々はすぐに足を止め、成り行きを再び見物しはじめた。

「修繕費ねえ……」

 顎に人差し指を当てて、小首を傾げる妖艶な美女。その周囲には、燕尾服を着た男達が倒れて山になっていた。山からは、ぷすぷすと煙が出ている。

「そうは言うけどさ、そんなおんぼろの建物に払う修繕費なんて、必要あるの? むしろ早く潰したほうが良いと思うんだけど?」
「何を……」

 と、貴婦人ノムルの言葉に対し、訝しそうに眉をひそめた老人の目が、ちらりと店を一瞥し、二秒置いてもう一度、今度は腰からぐるんっと回って凝視した。
 目が丸く見開いて、顎が落ちかけている。

「な、な、な、な、どういうことだ?」
「いやいや、今まで気付いてなかったとか、そっちのほうが驚きだよ」

 野次馬たちも一斉に首肯して、貴婦人ノムルの意見に同意した。

「ばかな。私の店が、なぜ? どうしてこんなボロ邸に?」

 困惑する老人を見ていたノムルの目が、海へと動く。わずかに口角が上がった。

「そう言えば、海の近くって風化しやすいんだって? 人魚を捕えて虐待してたから、仲間の怒りでも買ったんじゃないの?」
「そんな話は聞いたことが」

 と、反論しかけた老人の言葉が止まる。
 海のほうから、地鳴りのような音が聞こえてくる。
 老人はもちろん、その場にいた者たち全員の目が、海へと向かった。目に映るのは、町を覆い尽くさんばかりの高波。

「に、逃げろ!」
「きゃー!」
「わー!」
「わー?」

 人々の叫び声に、仲間と勘違いしたのか、マンドラゴラがドレスの谷間から顔を出す。

「なんだ? お前らも騒ぎたいのか?」
「わー?」
「わー!」
「わー!」

 ノムルの誘いに、喜びの声を上げるマンドラゴラたち。彼らは楽しいことが大好きだ。
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